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第14話「最初の魔法」

「……――で、世に広まった魔法の中で一番使用されているのが創造(クラフト)だ。物さえ揃えば用途は多岐に渡るからな、利便性が高いんだ」


 魔法談義も終盤に差し掛かっていた。

 第一魔法と第二魔法。その違いを説明した後は再度第一魔法の用途について話を戻していた。


 これはエルの要望である。彼女は第二魔法にはあまり興味を示している様子がなかった。第一魔法の、それも創造(クラフト)についてやけに知りたがっていた。


 リアとしても自分の研究をしている魔法に好奇心を持たれる事は喜び以外何ものでもなく。一時間の内、大半の時間を使って説明をしていた。


「そこまで説明してようやくこの場所に繋がっていく。此処は庭園(ガーデン)と呼ばれる場所でね。主に創造(クラフト)の材料を貯蔵しておく場所なんだ。鉱石や土砂はともかく、植物は枯れる可能性もある。しっかりと保存をしておかないと使えなくなってしまうからな」


庭園(ガーデン)……」


 庭園(ガーデン)。第一魔法・創造(クラフト)を扱う者――つまりはこの世に存在する全ての人間が家宅に備えているであろう場所だ。


 とはいえ、全ての人間がリアの家並みかと問われると否である。大抵の者は小さな花壇を幾つか並べ、そこに素材を保存しておく事が多い。彼女程大規模な庭園(ガーデン)を個人で持つのは稀な部類に入るだろう。


「……まあ、庭園(ガーデン)についての説明はこのくらいだ。何か聞きたい事は?」


「大丈夫です。ありがとう、ございました」


 そういうエルの視線は、リアに向けられていなかった。彼女は庭園(ガーデン)の中を隈なく見詰めていたのだ。

 基本的に礼儀正しい彼女が珍しい、とリアは思ったが、この反応は自分にも覚えがあるのでそっと見守る事を選択する。

 が、そこで。


「あの」


 ふと、エルがリアに声を掛けた。

 思わぬタイミングだった為、少しだけ驚きながらも、リアは聞き返す。


「なんだ?」


「その。わたしも、わたしにも……出来るでしょうか」


 背中越しだったエルが反転し、リアに向き直り、


「魔法」


 抑えきれない好奇心を、言葉にした。

 その表情は、魔法という興味の対象に今すぐ触れたいと言わんばかりのものであり、普段の少し遠慮がちな彼女からは想像出来ない顔だった。

 リアはふと、初心を思い出す。――嗚呼、自分も最初はこんな顔で魔法に触れたな、と。


「……おいで」


 リアはエルにそう返答すると、庭園(ガーデン)の隅の一角、何もない更地の場所を指す。


「この場所をお前に上げよう。小さくて植物や鉱石も数個程しか置けないが、最初にしては悪くないだろう。……此処に好きな素材を置け。そして自分の思う様に、創造(クラフト)してみるんだ」


「……!」


「最初は型通りにやる必要はない。この石が綺麗だ、この植物が可愛い、感応させたらもっと素敵な物や事が出来るんじゃないか。……そんな小さな好奇心で組み合わせてみろ」


 この場にヨハンがいたら卒倒していた事だろう。

 創造(クラフト)を主に研究しているリアが、自分の庭園(ガーデン)の一角を譲渡するなど、彼からしたら考えられないからだ。


 しかし、それは本人であるリアも同じだった。何故エルに譲渡したかはわからない。気が合うだけで己の大切な空間を上げる程、彼女は優しくない。


 ただ、不思議な事に。エルという少女が魔法に携わる所を見たい――そんな〝好奇心〟が、リアの中に生まれていた。

 そして、当人であるエルは歓喜に震え、目を輝かせながら頷いた。


「此処にある素材なら何を使っても良い。自分が思うままに、選んでみるんだ」


「……はい」


 エルは庭園(ガーデン)を歩き始め、素材となる物を探し始めた。

 リアはその様子を見ながら、庭園(ガーデン)に備え付けられたガーデンチェアに腰を掛ける。


 少しだけ、彼女は楽しみにしていた。エルが何の素材を選び、何を創造(クラフト)するのか。魔法どころかこの世界の〝初心者〟である彼女が、どんな物に好奇心を抱いているのか。


 庭園(ガーデン)の素材に集中し、しかし笑顔は崩さずに見つめるエルの姿は、リアの口元をほんの僅かに緩ませた。



 ――そして、数分後。



「この二つを、頂いても良いでしょうか」


 エルは無事素材を選び終わり、リアの元へ戻ってきた。


「どれ……。……ピリアの葉と星の砂か。ああ、これは面白い物を選んできたものだ」


 エルの小さな掌に乗せられた二つの素材を見て、リアはそんなことを呟く。


 一つはピリアの葉。これはルスティアで取れる植物――ピリアに付いている葉で、形状的には披針形と至ってベーシックなものである。色も緑色と普通で、特筆すべきところはない植物の葉と言えるだろう。


 そしてもう一つは星の砂。ルスティアのあるイーストアリア大陸ではなく、更に遠く離れたウェーリタース大陸、その中のエテルネル島と呼ばれる所にのみ存在する貴重な砂だ。色も普通の黄色掛かる色合いや、鼠色の様なものではなく、混じり気のない純粋な青色をしている。


 この異なる二つが合わさる事で何が起きるか。正直な話、リアは知っていた。

 だからこそ思う。この反応を見た時のエルが見たい、と。


「よし、良いだろう。その二つを使ってやってみるといい」


「は、はい。……ええ、と。しかしどうすればいいのでしょうか……?」


 エルは手の素材とリアの顔を交互に見遣った。

 それでリアは失念していた、と内心呟く。彼女にしては珍しく、気が逸ってしまっていた。


「そうだったな、すまない。……まず片方ずつ素材を掌に乗せろ。そしてイメージをするんだ。物体に魔力を通すイメージを」


「イメージ……」


「なんでもいい。白い靄が覆うような、細い糸が絡みつくような。人によってその感覚は変わる。お前が一番思いやすいように、心象を形にしてみるんだ」


 その言葉を聞き、エルは瞼を閉じた。

 ――暗闇の中で、想起する。わたしが一番思い浮かべる物、形――色を。自分の少ない経験を探り、無理矢理脳の奥から引き出す。


 嗚呼、これしかない。唯一自分の脳内で鮮明に思い浮かべる事が出来るのは、〝アオ〟で満ちたあの世界しかなかった。〝彼〟と出逢う切っ掛けとなった、苦しかったけど大切な――あの場所を。


 色は青。形は粒子。

 それらが物体へ纏い、張り付くような。そんなイメージを、掌に込めよう。

 己の心象を模る為に――。


「……成功、だな。綺麗に自然魔力(マナ)が収着している。見事な魔力通しだよ」


「はぁ、はぁ……」


 二つの素材が淡い青色で輝く。本来なら、エルの性格を考えればその光景に感動し、笑顔を見せる事だろう。

 しかし彼女は今、自分が魔法の片鱗を使った、その事について把握するのが精一杯だった。

 脳の奥から身体全体に痺れるような刺激が伝わり、気が抜ければ倒れそうな脱力感が彼女を襲っていた。


「最初に魔力を操作した際の弊害だ。心配はいらない、すぐに慣れ……」


 そこでふと、リアの頭に違和感が過る。

 最初に魔力を操作した際、誰でも倦怠感とも呼べる感覚が身体全体を包む。それは至って普通の事で特に問題はないのだが、〝エル〟という少女がそれを体験する事は意味が違ってくる。


 なぜなら、彼女は神造遺物(アーティファクト)を造る際に魔力を使っている筈だからだ。第二魔法で、それも神造遺物(アーティファクト)レベルの物を造るとなれば、その疲労は計り知れない。

 第一魔法で自然魔力(マナ)を操るのとはわけが違う。自らの体魔力(オド)を使うのは、当然身体への負担が大きい。

 ならばこそ、この程度の弊害は既に経験していなければおかしいのだ。


(……昨夜の考察は何かが違う? 私達は何か重大な事を見落としていたのか? この子の第二魔法は神造遺物(アーティファクト)を造る事だと思っていたが、それすら……)


「あ、あの……この後はどうすれば?」


 思考の渦に飲まれる直前に、エルの声がリアの耳に届いた。

 リアはハッ、と意識を回復させ、頭を緩く振るとエルに声を掛ける。


「……ああ。その後は片方の素材をもう片方の素材に触れさせるんだ。今の素材だと、星の砂をピリアの葉に振りかけるような形で良い」


「はい」


 エルは片手を傾けて、掌から星の砂を零していく。

 魔力と相俟って綺麗な青の軌跡が尾を引き、緑葉へと到達する。

 そして次の瞬間、星の砂が青の光と変わり、ピリアの葉を包む。〝感応〟が、起きたのだ。


 見た目的にはさして変わりがない。だが先程と明らかに違う――それは、魔法の素人であるエルにも理解出来た。


「後は何が起きたか、好きに試して確かめてみるといい」


 こくっ、とエルは頷くと、一先ずピリアの葉を隅々まで見てみた。

 表に裏、そして横。しかし特に変わったところはなかった。首を傾げながらもう一度ひっくり返そうとした、その時。


「……?」


 不意に、エルは気付く。葉に触れている指先が、僅かに発光している事に。

 未だ現象の不可解さに疑問符を浮かべるも、段々と紐解かれていくこの感覚は彼女にとって楽しいもので。


 エルは人差し指をピリアの葉に付け、軽くなぞってみた。

 すると、先程より強く指先が発光を始めた。


「! これ……」


 エルは短く呟きリアの方を見る。

 そして、リアが首を縦に振ったのを確認しては、何気なく。本当に何気なく、宙に指を走らせてみた。


「わ……!」


 綺麗な軌跡が、宙へと描かれる。

 それは消える事なく空中に残り続け、形を成していた。もっと、と彼女の中にある好奇心が指先を突き動かす。


 直線、曲線、そして点といったものまで彼女は描き続ける。

 これが魔法、これが魔法の起こす奇跡の御業。

 ――言葉にならない。身体が自然に動き、指先が己の跡を宙に刻み続ける。

 ――嗚呼。わたしは今、すごく楽しい。


「これが、魔法……!」


 エルは未だに残り続ける軌跡を見て、少しだけ胸を上下させながら告げた。

 はしゃぎ過ぎたのだろう、とリアは優しく双眸を細めた。


「ああ、これが魔法だ。叡智の塊、奇跡の所業。世界の根幹を成す神々が授けた〝ヒト〟の機構。……どうだ? 魔法はすごいだろう?」


「はい、すごい……です」


「そうかそうか、そうだろうとも」


 くしゃっ、とリアはエルの髪を撫でる。

 彼女は今更ながら、ヨハンの気持ちが少しだけ理解出来た。エルの頭は何故か撫でたくなる。

 と、そこで。


「……ん、もうこんな時間か」


 ぽーん、と。庭園に設置された古びた時計の鐘が鳴った。

 時計の針は丁度三を示している。魔法談義に時間を割いていたとはいえ、ここまで経っているのは予想外だった。


 このままエルに魔法に教えるのも吝かではない、とリアも思い始めていたが、生憎彼女にもやる事がある。


 今日の分の研究は勿論。先日の神造遺物(アーティファクト)の要件についての報告書や、足りなくなった素材の買い出しと、手に付けなければいけない事は沢山あった。

 少し申し訳なさそうに、リアは口を開く。


「悪いな、魔法の指導はこの辺りで終わりだ。私にもやらなければいけない事があってな。報告書も書かなければいけないし、庭園(ガーデン)の素材も補充しないといけない。面倒だが買い出しを怠っては研究も進まないからな」


「そう、ですか……」


 しゅん、とあからさまにエルの表情が落ち込む。

 が、すぐにそれは一転することになった。


「リ、リアさん。買い出しはカルーア市場でも出来るのでしょうか?」


 エルの問いに、リアは首肯する。


「まあ出来なくもないな。あそこは基本的に何でも売っているからね。素材も豊富だろう」


「……なら、わたしが行ってきます」


 その返答は流石のリアも想定外だったのか、きょとんと数秒程呆けてしまう。

 確かにエルが行ってくれればその分の時間を研究や報告書に回せる。


 だが、彼女は〝この世界〟に来たばかりだ。カルーア市場についても先日ヨハンと言っただけで、そこまで勝手がわかる、というわけではない。

 仮にもヨハンから任されている以上、無責任な事は出来ない、とリアは考えた。


「しかし、お前はこの世界に来たばかりだろう? 市場にも疎い、迷子になんてなられても逆に困るだけだ」


「大丈夫です。行った場所と物は全て〝記憶〟しています。迷うこともありません」


「……」


 記憶している、と告げるエルの目に嘘偽りは感じられない。そもそも、そういった類の事が言える性格じゃないか、とリアは思った。

 それに。先日のヨハンの話で、彼女が非常に物覚えが良いという事はリアも頭に入っていて。


(……任せてみるか)


「文字は読めるか?」


「文字は、まだ少ししか……」


「なら実物を見せる。それを記憶してその形の物を探せ。もし見つからない場合は人の良さそうな奴に尋ねるんだ。間違っても変な奴には聞くなよ」


「は、はい!」


 リアはハルの葉を含めた三種類の素材を用意する。

 数こそ少ないが、エルの記憶力を信じていない訳ではない。ただ単純に、彼女の小さな体格では持てる量がそれほど多くないだろう、と配慮した結果だ。


「ハルの葉、ウルヘント鉱石、プルケルの砂。この三種類を買ってくるんだ。数量は全て十ずつ。大きさはそこまででもないから、お前でも持てるはずだ」


「わかりました」


「それと……これが金だ。大事な物だからな、失くすなよ」


「は、はい」


 エルは金貨の入った小さな麻袋を受け取ると、大事そうに懐へ仕舞い込んだ。

 準備は万端。彼女にとって最初のお使いだ。それが自分の興味と対象となれば嫌でも意気込むというもので。

 密かにやる気を見せながら、エルはリアに声を掛ける。


「それでは、行ってきます」


「ああ。……と、待て」


 エルが足を進める直前で、リアが静止を促す。

 しかし、当の本人であるリアは何処か歯切れ悪く頬を掻いていて。あー、んー、と数秒程短く声を上げると、漸く意を決したのか、エルに向き直り口を開く。


「……その中には素材の金より少し多めに入れてある。もし全部買う事が出来たなら、あー……お前が欲しい素材を買ってきてもいい」


「……!」


 掌で顔の赤さを隠すように覆うリアの姿。ヨハンが居たら微笑ましい瞳で笑っていた事だろう。

 そして、その言葉は今のエルには何よりも嬉しい言葉で。


「あ、ありがとうございます……!」


 エルはぺこり、と頭を下げ礼を告げた。

 それがまた気恥ずかしく、リアはさっさといけ、と言いつつ手を払った。


「はい、行ってきます」


 また律儀に頭を下げ、小走りで去っていくエルを見送りながら、昨夜のヨハンとのやり取りもこんな感じの終わりだったな、とリアは思った。

 一人いなくなっただけで静けさを増す庭園の中心で、リアは小さく口を開く。


「いってらっしゃい」


 そして、柔らかい笑みを浮かべながら、彼女に言葉を送ったのだった。

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