第13話「相性〇」
翌日。天候も快晴と実に研究日和な昼下がり。
何時もなら意気揚々と自室に籠り、魔法の研鑽に更けるリアなのだが、今日ばかりは難しい顔をで困り果てていた。
リアはメインの机に向かい頬杖を突くと、視線の先を原因である〝彼女〟に向ける。
扉付近の部屋隅。そんなじめじめとした場所で彼女――エルは蹲る形でそこに居た。
リアはあからさまに溜息を漏らす。あの様な態勢で一々視界に入られては集中も出来ないというものだ。折角の研究日和だというのに、と文句を言いたくなるが、エル自体に悪気はない。
「……元はと言えばあの馬鹿がこんな事をするからだ」
リアは此処には居ない青年に向けて、忌々しげに愚痴を零した。
――時は遡り。朝方の事になる。
時刻は九時。正しい生活を送っている者ならば既に起床し、一日の準備も終えている頃だろう。
しかしリアは違った。彼女にとってこの時間帯は、未だ夢の中を彷徨っている時間だ。
そんな時を狙いすましたかのように、青年――ヨハンは告げた。
「今日は少しやる事があるから、その間エルをよろしく頼むよ。夕方には戻るから。ああ、神造遺物の本は少し借りていくから、よろしく」
と、言い去っていった。
微睡んでいたリアにまともな思考が出来る筈もなく。とりあえず首を縦に振り、了承をしてしまった。
――そして今に至る。これがこの事態を生んだ原因だった。
「……」
死んでいるんじゃないか、と思うくらいぴくりとも動かないエルを見て、リアは訝しげに目を細める。
だが、よく見ると時々視線がリアに向けられ、目が合う前に逸らす――という器用な事をしていた。
それを見て、リアは益々肩を落とした。
エルの方もヨハンから『今日は一日中リアについていて』と伝言を受けたらしい。
彼女はそれを律儀に守り、リアが起きてからはひたすら後をついていった。
「悪い子じゃないのはわかるが、どうにも調子が狂う」
リアは基本的に優秀だ。ある程度の事は平均以上に難なく熟せる。
しかし彼女はその性格が災いし、興味のない事にはとことんやる気を示さない。中でも一番顕著なのが対人関係だ。
相手の頭が悪いと判断すれば適当に流し、多少なりとも嫌悪を感じれば会話を成立させる気すらなくす。そんなリアが、今更エルの様な子供に何を出来ると言うのであろう。
頭を抱える二十代半ばの独身女性。その図は中々に痛々しいものだった。
そして、
「……よし、無視しよう」
彼女は現実から目を背ける事を選択した。つまりは逃げたのである。
しかしそうと決まればリアの行動は早い。黙々と必要な素材を組み込まれた〝命令式〟で用意し、実験用の長机に並べる。
彼女が今行おうとしているのは、第一魔法の分類される〝創造〟。植物や鉱石、あるいは土砂等を魔力によって感応させ、新たな物体を創り出す魔法である。
第一魔法の中では一般人にも流通しており、大抵の者ならば使える基礎的な魔法だ。しかしそれは、本などに書かれ、予め何が創造出来るかわかっている場合の使用に限る。
リアが試みているのは、誰も知らない様な素材から如何に有用性が高い物を創造出来るか、である。
世に判明している植物だけでも数十万に及び、未知なものを数えればその倍は下らないだろう。そして、その何十万とある組み合わせを、また何十万とある鉱石等と感応させるのだ。しかもその中の組み合わせには全く有用性もなく、無価値なものが無くもない。
故にこの作業には根気が必要だ。普段は短気なリアが愚痴も言わず熱心に取り組んでいる辺り、創造〟は彼女の探求心がいかに魔法に向いているかわかるものの一つであると言えるだろう。
「……しまった。ハルの葉がない。この部屋にも幾つかストックがあったはずだが……もう使い切ってしまったか」
作業を続ける最中。リアはふと、今日使うはずだった素材がない事に気付く。
「仕方ない、庭園に取りに行くか」
リアは指先で一時的に命令式の中断を促すと、その足で部屋を出る。必然的にその後をエルが追っていたが、特に言葉を交わす事なく無視をした。
階段を降り、一階へ。そして、目的の場所へ続く扉を開くと、中に入った。
中庭改め。庭園は何時も通り、自然とこの場所へ馴染みに存在をしていた。
「ハルの葉は、と……」
庭園の澄み渡る空気を感じながら、目的の物を探す。
リアは素材となる物の近くには名札を置いている。見れば見分けが付くとはいえ、探す際にはやはり数がそこそこそあるので、時間が掛かってしまうからだ。
そうしておけば最初の手間は掛かるが、探す際の時間ロスは避けられる。
「……ああ、あった。良かった、まだ残っていたか」
無事目的の素材であるハルの葉を見付け、リアは安堵する。
すぐなくなるから、と多めに収穫を。部屋内のストックに余裕を持たせる為だったのだが、今度は当然庭園の方が少なくなり、心許ない数になってしまった。
後で買い出しを考えつつ、部屋の戻る事を思案した――その時だった。
「……あの子」
エルが興味深そうに庭園を見回していた。
植物を、鉱石を、土砂を。そして小さな川に手を伸ばし、水に触れていた。
その目は、リアも良く知るものだった。何時も自分がこれらの物に対して向き合っている時の瞳。奥底に垣間見える輝きは、紛れもなく自分と同じものだと、彼女は感じた。
リアはそっとエルに近づき、
「興味があるのか? 此処に」
試しに、と声を掛けてみた。
びくっ、とエルの肩が揺れる。無断で触れてしまった為、罪悪感を持ってしまっていたのだ。
即座に手を引き、エルは頭を下げる。
「す、すみません。勝手に触って……」
「そんな事はどうでもいい。興味があるのかないのか、どっちだ?」
謝罪をバッサリと切るリア。
しかし、口調こそ乱暴だが、掛けた声色はかなり穏やかなもので。
エルもそれを察したのだろう。ぱちり、と瞼を瞬かせると、
「あります、すごく」
間髪置かず返答をした。
それに対しリアは微かに口角を吊り上げる。彼女とってそれは満足のいく答えであり、唯一とってい良いコミュニケーションの材料だったからだ。
「そうか」
リアは短く言葉を切ると、片膝を付く。
そして先程エルが触れようとした水に手を付け、掌で少量のみ掬った。
「魔法についてはどれくらい知っている?」
「その、全然知らない……です。すみません」
「謝る必要はない。誰も最初は無知から始まる。そこから知識を深め追及していくのが楽しい……と、私は思っているしね。……見る限り、お前もそうだろう?」
「は、はい。……知らない事を覚えていくのは楽しくて、幸せで。もっと、もっと色んな事を知りたいと、そんな事を思っています」
直感的に、リアは思った。
――嗚呼、彼女とはきっと相性がいい、と。
「なら魔法はうってつけだよ。……見ていろ」
リアは手に持つハルの葉に一滴だけ水を零す。すると、そこから一瞬だけ赤い光が発せられる。
エルは咄嗟に双眸を細めるも、次の現象にはすぐに目を見開く事となった。
「これはハルの葉とアトラスの泉で取れた水を感応される事で出来る魔法でね。こうすると……ほら、宙に浮き光源となってくれるんだ」
ハルの葉が何にもない宙に浮かび、眩いばかりの光を放っていた。現時点では昼間なのでそこまでではないが、夜ならば十分にその役割を果たしてくれるだろう。そして何より、宙に浮かび輝きを放つ――その現象はとても綺麗で神秘的なものだった。
そしてそれは当然、初めて見るエルの心にも同様に刻まれることとなって。
「……! わ、ぁ……すごい、です……!」
「そ、そうだろう? すごいだろう? 変哲のないただの葉っぱと水で、こんな事まで起こせるんだ。魔法は神秘的だとは思わないか?」
「はい。すごく綺麗で、素敵で……不思議ですけど、神秘的だと思います」
「……! そ、そうか! そう思うか! よ……よし、もうちょっとレクチャーしてやろうか?」
「お、お願いします!」
その返答に益々リアは気分を良くし、自分の研究をほったらかしに説明を始めた。
「そうだな……まずは魔法とは何か、についてから話そうと思うんだが、長くても平気か?」
「平気です! 沢山お話を聞かせてください!」
「し、仕方ないな。良く聞いておけ。わからなかったら何でも質問していいからな。……それじゃあ、魔法とは……――」
これから先、約一時間。
好奇心の塊である二人が、魔法談義について盛り上がりをみせたのは言う迄もなかった。




