第11話「贈り物は二人の物」
一悶着あった場所からセラータの露店には然程時間を掛けずに行けた。
彼女はルスティアを拠点としている旅人の様で、彼方此方に出歩いては各地の特産品を買って時折市場に出品しているらしい。
衣類もその一環で、幾つかストックがあるようだ。エルに合う子供向けのサイズを揃えている辺り、幅広い年齢層相手に商売をしている事が伺える。
「へぇ……結構良い物を揃えている。商売人として優秀なのかな、彼女は」
ヨハンは露店に陳列された商品を見て、素直に称賛を送った。
今、彼が見ているのは小物系の品だ。どれを取っても実に精巧な造りの物ばかりで、思わずヨハン自身が購入欲に駆られてしまうような品々だった。
「……それにしても遅いな」
小さく呟くも当然返答はない。現在彼は一人で露店の前に立たされていた。
セラータの露店は彼女の家の目の前らしく、商品から幾つかエルに似合いそうな物を持っていくと、少し待ってて、と言われ放置された。
かれこれ十分程。リアの時も待たされたなあ、なんて事を思っていると、
「待たせたね!」
セラータが喜々として後ろの家から現れた。
その背後には引っ付く形でエルがいる、ようにも見える。ヨハンの位置からではセラータが大き過ぎて判別か付きにくかった。
「おかえり。結構掛かりましたね」
「女は男と違って時間が掛かるもんなんだよ。ほら、エル。出ておいで」
「は、はい……」
おずおず、と言った形で出てきたエル。その変わった姿に、流石のヨハンも驚きを隠せなかった。
最初に来ていた灰色のワンピースらしき布は何処へやら。上は白を基調としたボタン付きの服装だ。手首と襟、そしてその襟を繋ぐリボンのみが黒で染められており、実に良いアクセントとなっている。
下は逆に黒を基調としたスカートだ。シンプルな造りだが、裾の部分に幾何学的な模様が編み込まれおり、作った職人の拘りを感じる。
そして最後は肩に備えられた青の羽織物。前で留める形の物で、肩を隠す様に使う物なのだが、エルの体には少し大きいのか、肘辺りまで覆っていた。
しかしこれがまた綺麗な青色なのだ。上半身の白と相俟って実に清楚な印象を持たせる。
「……ど、どうですか? 変、ではないでしょうか」
エルは少し不安げに尋ねるも、ヨハンがそれを見て悪い印象を抱く筈もなく。
「うん、変じゃない。むしろとても似合っているよ。素敵だね」
「……!」
ぱあぁっ、とエルの顔に花が咲く。
彼女の場合は異性に言われたから嬉しい、というわけではない。ヨハンに、彼にそう言われた事が嬉しかったのだ。
ヨハンはその表情を見て微笑を浮かべると、視線をエルからセラータに移す。
「ありがとうございます。こんなに素敵な服を頂いて」
「気になさんな! アタシも素材が良いと商売人だからね、ついやる気が出ちまってもんなのさ! ……まあ、靴だけボロいのは勘弁しておくれ」
そう言われヨハンは再び視線をエルへ。
服装ばかりに目が言って気付かなかったが、確かに茶色の靴だけが使い古されている感がある。下脚まで長さがある為多少目立つが、物的に気に掛ける程でもないレベルだ。
しかし疑問を抱いた彼は、視線を向ける事で回答を求めた。
「実はね、これは娘のお下がりなんだよ」
「娘さん、ですか」
「ああ」
セラータは誇らしげで、だけれど少し悲しそうな。そんな返答をした。
「丁度エルぐらいの歳かね。置手紙を残して急に居なくなっちまったんだ。……〝旅をしてきます。心配しないでください〟……ってね。んな事言われて心配しない親がいるか! って話さ」
「……」
気丈に話すセラータだったが、当時は相当な葛藤に苛まれていた事だろう。親が娘を失う悲しみは、言葉で語る程気楽なものではない。子こそいないヨハンだが、それぐらいは理解出来た。
それと同時に、ここには居ない娘の気持ちも理解出来てしまった。
彼女が旅に出た理由。それは間違いなくセラータの影響だろう。
短い時間だが、彼女が豪快で懐の深い人物というのは一連のやりとりで分かった。それ故、その背中を見て育った娘にとっては、セラータを尊敬しその背中に追いつきたい――そういう気持ちになってしまったのだろう。
「まっ、元気にやってるなら良いんだけどねえ。手紙一つ寄こしやしない。全く……困った娘だよ」
「便りが無いのは良い便り、と言いますし。貴女の娘さんならきっと元気にやっていると思いますよ」
「お、言うねえアンタ! だけど実はアタシもそう思ってるんだよ。昔っからアタシにて活発な子だったからねえ。今も何処かで友達作って馬鹿やってるんじゃないか、ってね」
「……はい」
良い親子関係だ。正直羨ましくある、とヨハンは思う。そして、唐突に離れても尚、こう思えるセラータは良い母親だとも思った。
「けど良いんですか? そんな大切な娘さんの靴を頂いてしまって」
「良い良い! しまっておいても勿体ないだろう? 靴ってのは使われてなんぼさ。アンタ達が娘の事を考えてくれるってんなら、しっかり使ってやっておくれ」
そう言ってセラータはエルを見て、屈託のない笑みを浮かべた。
エルも何度か首を縦に振り、自分の意思を示した。
「……さて、引き留めちまって悪かったね。時間は大丈夫かい?」
「ああ、それは全然。元から服をメインに買う予定だったので、大まかの目的は達成されたと言いますか。……でも折角来たので、もう少し見て回ってきます」
「それが良い。此処は見る物沢山あるからねえ! 楽しんでおいでよ!」
「はい。ありがとうございます。……それじゃあエル、行こ……」
言葉を続けようとしたヨハンだったが、咄嗟に口を噤む。
その理由は勿論、
「何を見てるんだい?」
エルだ。彼女がセラータの露店に陳列された商品をじっと見つめていた。
正確にはその中の一つ。綺麗な赤色をした耳飾りを、だ。幾重に重なったチェーンの先に菱形をした鉱石が付いている。
形状的に耳に穴を開ける類の物ではなく、挟む形の耳飾りだった。
「これが欲しいのかな?」
「あっ……いえ、そういうわけでは、なくて……」
エルは言い淀み、下を向いてしまう。
ヨハンは脳内でこれを付けた彼女の姿を想像する。
(……うん、似合うな)
そう考えると善は急げ、とヨハンはエルの横から手を伸ばし、失礼、と添えては耳飾りを取った。
「セラータさん、これお願いします。今回はお金払いますから」
「おお? なんだい毎度! プレゼントたあ、アンタも男じゃないか! ええと……五千ベルだね」
「五千ベルですね……はい」
懐から革の布を取り出し丁度の金額を支払う。
エルが隣であわあわとその様子を見ていたが、ヨハンはそれに気付かずに取引を進めた。
「はいよ、丁度頂いた。どうもありがとうねえ!」
「いえ、此方こそ」
ヨハンはセラータに礼を言うとエルに体ごと向ける。
すると、エルは少しだけ困った様に彼の顔を見つめた。
それを見て彼はしまった、と自分の行動が早とちりの可能性に気付いた。
「……もしかして、欲しくなかった……かな?」
彼にしては珍しく、顔に不安を滲ませ問い掛ける。
エルはそれに対し勢い良く首を振るも、いまだ表情は晴れない。
本質的には違うことを言いたいのか、とヨハンは考え彼女の言葉を待った。
そして、
「そうでは、なくて。すごく綺麗な物ですから、頂けたら嬉しい、です。……でもわたしが見ていたのは、その……」
下を向きながら、小さな声で、
「貴方に似合うと思ったから、で……」
彼女は呟いた。
エルは思う。――ああ、これが恥ずかしいという感覚なのかと。
彼女は言葉の知識だけはあった。笑う、が何を意味するか。泣く、が何を意味するか。そういう言葉だけは理解できるよう〝造られて〟いた。
しかし、それは全て経験した事のないものだ。意味は分かるが経験はない。それ故の表情、それ故の語調。
彼女は、初めて〝羞恥心〟を経験した。
「……」
そんなエルの姿は、ヨハンに取って中々に驚くもので。
彼女が〝外〟に対しての好奇心を強く抱いている事は知っていた。ここまでの道のりでも、品物や景色を見てとても興味深そうに好奇心を示していたのだから、それは分かる。
しかし自分に対してはもっと無関心、いや、感情を出すのが苦手な子だと、ヨハンは思っていた。
第一印象の所為だろう。エルは自分に諦めているような雰囲気を醸し出していた。
それが今はどうだ。この短期間で、正確にはセラータとのやりとりを得て、ここまで自分を出せている。
(……いや、元からこういう子だったのかもしれない。ただ〝出せなかった〟だけで)
もっと言えば出す必要がなかった。彼女には気持ちを、感情を。それらをぶつける相手すらいなかったのだから。
ヨハンは無言でエルの手を掴み、そっと彼女の掌に〝一つ〟の耳飾りを渡した。
「……ありがとう。似合うなんて言われたらちょっと照れるけど、気持ちは凄く嬉しい。……でもね、エル。君が僕にそう思ってくれたのと同じくらい……僕もこれが、君に似合うと思ったんだ」
その言葉に、エルの顔が持ち上がる。
「だから二人で一つずつ付けるのはどうだろう? これならお互いの気持ちを汲んだ、良い結果になると思うんだけど」
「……!」
エルは思わぬ提案に、了承すると言わんばかりに何度も頷いた。
ヨハンはそれを見ると、自分も首を縦に振り耳飾りを左耳に付ける。しゃらん、と小気味良い音が彼の鼓膜に響いた。
エルもヨハンの真似をして付けようとするが、どうにも上手くいかず。慌てて手を動かすも、余計に震えてしまうという悪循環。
その様子が少しおかしくて。ヨハンは口元を綻ばせる。そして、エルの手から優しく耳飾りを取った。
「僕が付けよう。じっとしていて」
「あ……す、すみません」
エルの謝罪を受け、彼は緩く首を振る。
かなり長い黒髪を指先で掻き分け、右耳の朶にそれを付ける。ヨハンの時と同じく、しゃらん、と小気味良い音を鳴らし、彼女に耳に収まった。
ヨハンは髪を抑えたまま、少しだけ距離を取り全体的に彼女を見る。
「……うん、やっぱりとても似合っているよ。僕の目に間違いはなかった」
満足げに頷き、称賛を送る。
彼女の黒髪には赤色が良く映えた。一つだけアクセントがあるだけで、また違った印象を与えるものだ、と彼は思う。
エルもそれを受け、
「ヨ、ヨハンさんも、とても似合っています……!」
彼に対して、称賛を口にした。
ヨハンは口元を緩めたまま髪に手を添え、ゆっくりと滑らす。そして、それが頭に到着すると、慣れた手付きで撫で、
「ありがとう」
感謝を告げた。
二人の顔に笑顔が満ちる。その様子を見ていたセラータは、
「ほら、用が済んだからさっさと行った! 何時までもその調子で店の前で居座られちゃ迷惑だからね!」
何処か顔に喜色を滲ませ、しっしっ、と人払いをした。
その意味合いもあるのだろうが、気を遣っての発言だという事も見て取れて。
「ああ、すみません」
「す、すみません」
二人は軽く頭を下げると、露店の前から一歩引く。
そして、特に目的もなく歩き始めようとした――その瞬間、
「エル」
セラータの声が二人の耳に届いた。
エルは咄嗟に振り向き、ヨハンは半身で視線のみを向ける。
「またきなよ」
商売人にとって当たり前のような台詞。大半の者が社交辞令と思い流すであろう言葉。
しかし、一般のそれとは込められた想いが違う。客と商人の間柄ではなく、人と人――その関係性の上で、セラータは言葉を放った。
エルも、僅かながらその意図を読み取る事が出来、
「はい。また、来ます」
少しだけ成長した表情で見せ、返答を送ったのだった。




