巡る世界の物語
いつかこの世界から
あなたが消えてしまっても
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「お前が竜殺しか」
そう呼ばれて振り返ったユーリの目に、見覚えのある姿が飛び込んできた。
歳の頃は十七、八。
凛として整った顔立ちに、宝石のような翠の瞳。
絹のような黄金の髪。
その少女は、どこからどう見ても竜狩り姫アーデレードだった。
ただ、その後ろで子供のような笑いを浮かべている老女も、間違いなくアーデレードだ。
いや、こちらは本物と言った方が適切だろう。
オスタリカ皇国を背負って立つ大皇。
それが彼女の今の肩書きだ。
「どうだ、驚いたか」
笑いながらそう言うアーデに対し、溜息をこぼしながらユーリは答える。
「なんの冗談だ、あんたの孫か?」
いやいや、とアーデは軽く首を振る。
「随分と歳は離れているが、私の姪だよ。前大皇だった兄が残した子さ」
実際のところ彼女が否定するまでもなく、現オスターク皇は独身で世継ぎが無いというのは、あまりにも有名な話なのだが。
それでもここまで似ていれば、実は隠し子ではないかというような与太話ですら、危うく信じてしまいそうになる。
リゼリア=フェル=オスターク。
そう紹介された少女は、にこりとも笑わずに「以後見知り置け」とだけ言い放つ。
なるほど、似ているのは外見だけで、中身はまったくの別物だとユーリは思う。
リゼリアの全身から放たれる雰囲気は、かつてアーデが纏っていたものとは全く異質で、硬く冷たい刃物のようだ。
言葉を返さないユーリに、リゼリアは射るような視線を向ける。
その一瞬、彼女の瞳の奥に、赤く燃える炎のような熱をユーリは感じ取った。
「おい、こいつは――」
その言葉の先を察したアーデは、ほんの少しだけ悲しげな表情で、頷く。
「そうだ、お前と同じだよ」
同じ、とはつまり。
この少女もまた、竜の力を振るうことができる、数少ない人間の一人ということだ。
もっとも、彼女のは後天的なものだが、とアーデは付け加える。
竜の力を奪うため、人類が練り上げた技術。
何千、何万という竜核の中から、奇跡的な確率で適合するものを身体に埋め込まれた人間。
例え適合する竜核が見つかっても、失敗すれば拒絶反応で死に至ることもあるという危険な技術を、なぜ皇族の姫君に施す必要があったのか。
それはユーリの知る所ではないのだが。
「こいつ、とはご大層な言い草だな、竜殺し」
と、相変わらず敵意にも似た視線を真っ直ぐに投げかけながら、リゼリアが言う。
「十年前ならいざ知らず、今となってはお前の手を借りずとも、私とクラウソラスだけで充分に竜どもを狩り尽くせる」
ともすれば、慢心とも呼べる台詞だが。
実際、無敵とまで謳われた皇竜騎クラウソラスに竜の力が加わったなら、並の竜などもはや相手にもならないだろう。
それに、強くなったのは操縦者だけではない。
より確実に、より迅速に敵を殺すためだけに改良が続けられる武器。
そして、竜核の強制的な活性化により、飛躍的に性能が向上した竜騎兵。
ひとたび矛先が変われば、自分たちをも滅ぼしかねない兵器が、次々に生まれている。
人間はまるで、何十年という時間をかけて竜を殺すためだけに進化しているようだ。
まるで戦争だな、とユーリは思う。
片方が強力な兵器を生みだせば、もう片方もそれに対抗するためにより強力な兵器を生みだす。
そんな際限のない進化を続けるうちに、人も竜も、やがては互いに互いを殺し尽くすだけの存在に成り果てるのだろうか。
そうではないと信じたいが。
「それがどうした」
ユーリはリゼリアの眼を真っ直ぐに見返しながら、そう答える。
「俺の仕事は竜を殺すことだ。お姫様のエスコートでも、子供の御守りでもない」
一人で勝てると言うのなら、そうすればいい。
俺も、そうするだけだ。
「言っておくがな、竜殺し」
さすがに気に障ったのか、語気を荒くしてリゼリアが返す。
「この一帯の竜は私の獲物だ、横取りするなよ」
その言葉を聞いた瞬間、ユーリは思わず、軽い笑いをこぼしてしまった。
「な、何が可笑しい!」
理由のわからないリゼリアは、少しうろたえた様子でアーデに視線を送る。
だが、そのアーデも必死に笑いをこらえているようだった。
「アーデ陛下まで! 一体何だというのですか!」
顔を真っ赤にして怒りを露わにするリゼリアは、少しだけ年相応の少女に見えた。
「いやすまない、何でもないんだ。本当に何でも――」
そう、何でもない。
少し、昔のことを思い出した、それだけのことだ。
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いつかこの世界から
あなたが消えてしまっても
きっと世界のどこかで
あなたが残した何かを見つけられるだろう




