開戦の狼煙
我らが王よ
無敵の剣を振るうがいい
我らが英雄よ
勝利の槍を掲げるがいい
我らが勇士よ
栄光の矢を天へと放つがいい
いずれそれらが
自らの心臓を貫くことになろうとも
*****
冷たい夜気を切り裂いて、無数の流星が地上を走る。
それらは嬌声を上げて飛び行く、赤熱した殺意そのものだ。
砲口を上げ、対象を正面に捉え、トリガーを引く。
たったそれだけ。
たったそれだけのことで、鋼鉄と炸薬が唸りを上げ、眼前の敵に躍りかかる。
撃鉄が雷管を叩き、シリンダー内で起こった爆風が弾頭を押し出す。
バレル内に刻まれたライフリングにその身を削られながら砲口から吐き出されるのは、重鉄製の対竜弾。
カノンの砲弾よりも小さく、バリスタの矢よりも短いそれは、高速で回転しながら凄まじい速度で空中を駆ける。
輝きを放つのは、空気との摩擦で外側をコーティングする金属が高温になるためだ。
そして、この回転と高温が、弾頭の大きさに見合わない破壊力を生みだす。
それでも、竜の外殻というものは容易く破壊できるものではない。
がきりと硬い音がして、弾かれた弾頭は軌道を変え、あらぬ方向へと飛び去った。
しかし、そんなことはお構いなしに、砲口は次々と弾頭を撃ち出し続けるのだ。
トリガーを引いている限り、残弾がある限り、何発でも、何十発でも。
連続して無数に響く炸裂音は、まるで戦闘本能を刺激する戦鼓のようだ。
いくつもの砲口が同じ敵の方へと向けられ、浴びせかけられる何百、何千という弾。
始めは難なくそれらを退けていた竜の外殻は、重く硬い衝撃によって徐々に削られ、やがては粉々に砕け散る。
それでも、対竜弾の嵐が収まることはない。
続けざまに外殻の内側へさらに無数の弾を撃ち込まれた竜は、血と臓腑を撒き散らしながら悶え、肉塊となって倒れ伏すのみだ。
時代の流れと共に兵器や戦術もあり方を変えていく。
個々人での格闘戦が主体だった竜騎兵の戦闘は、対竜機関砲“ファランクス”を始めとする銃火器の出現により、その姿を一変させつつあった。
*****
ヴァルツヘイム連邦王国の南部。
国境線を形成するランベルク山岳地帯にて、夜半。
『撃ち方やめ! 後退するぞ!』
リゼリアの指示が飛び、彼女の乗騎である皇竜騎クラウソラスと紅竜騎士団の騎士たちが駆る竜騎兵、十騎ほどがファランクスの銃口を下ろす。
彼らの眼前には、何やらよくわからない肉塊のようなものと化した黒い物体が無数に転がっていた。
それらは今の今まで、彼らに牙をむいていた竜どもの成れの果てだ。
目も鼻も口も無く、全身が黒一色に染められた謎の生物は、生物らしさなどまるで感じさせない作り物のようにすら見える。
そもそも、リゼリアはこの生物を竜だとすら思っていなかった。
なぜなら彼女が感じ取れるはずの竜核の脈動を、この生物は一切発していなかったのだ。
そんな異形の影が、夜の暗闇から無尽蔵に滲み出てくる。
もしかしたら本当に闇の中から生まれているのかもしれないと、そんな風に感じるほど、不気味な光景だった。
そう、気味が悪い。
恐ろしさよりも、ただひたすらに不自然で気味が悪い。
『前方右手、新手です!』
味方の声で我に返り、示された方向を確認すると、岩陰の間からさらに数匹が這い出してくるのが見えた。
同時に、反射的にファランクスのトリガーを引いて、鉄の雨を浴びせかける。
多少は弾かれるものの強固な外殻は持たず、弾を回避する俊敏さもない。
それでも、この生物を殺すためには何十発もの弾が必要だった。
理由は単純に、この生物がなかなか死なないためだ。
しかも、四肢が千切れようが半身が吹き飛ぼうが、自らの肉体が傷付くことなどまったく意に介さないようにこちらへ向かってくる。
生物ならば少なからず自己保存のための生存本能を持っているはずで、竜とてそれは例外ではない。
にも関わらず、これらは自らの生命活動を維持することよりも、獲物を殺すことを優先しているように見える。
砲口から凄まじい勢いで吐き出される弾頭が、二匹、三匹と敵をぼろ切れに変えていく。
その間、リゼリアは妙な違和感に囚われていた。
まったく手応えがない。
肉を引き裂いても、骨格を粉砕しても、殺しているという感覚が一切ない。
表現するならば、食用に加工された生肉を必死に破壊しているような、そんな感じだった。
埒が開かない。
次第に苛立ってきたリゼリアは、ファランクスの弾帯が尽きると同時に、すぐ脇にいる竜騎兵へとそれを放り投げる。
『面倒だ、まとめて吹き飛ばす』
彼女がぼそりと呟いたのを聞くや、ファランクスを受け取った騎士が周囲に警告を飛ばす。
『そ、総員、耐熱防御!』
その声を受けて、周囲の騎士たちが一斉にざわつく。
おいおいマジかよ! また姫様がブチ切れたぞ!
口々に悪態を吐きながら武器を下ろし、代わりに左肩部に固定されていた鋼鉄の盾を手に取って、前面に構えた。
*****
直後、山の中腹部で激しい発光現象を起こるのを、東側の麓に集結するオスタリカ皇国軍、そして西側に展開されたアヴァロン王国軍の誰もが目にする。
光はすぐに治まったものの、何やら高熱に晒されたのか同地点の木々が激しく燃え上り、大量の煙を巻き上げていた。
それは開戦を意味する狼煙のようでもあった。
まだ各所に雪が残る春先。
オスタリカ皇国とアヴァロン王国の連合軍は、ヴァルツヘイム連邦王国の国境線を形成する山間部に布陣し、領内へと攻め入る準備を進めている。
目的は、たった一つ。
正体不明の竜に制圧された、ヴァルツヘイムの奪還である。




