4.冒険の始まり
宿で過ごす初めての午後。私は冒険者ギルドで貰った書類とにらめっこをしていた。
この世界において不便に感じることといえば、電話の類がないことだろう。離れた人と直ぐに連絡、それに伴って進化したネットワーク。なんてものは全くない。
電波というものはあるのに、なんで電話というものは産まれなかったのか。それはひとえに、直ぐに連絡を取る必要性がなかったことに尽きるだろう。
上司に問わなければ動けない。隊長に判断を仰がなければ魔物と戦えない。そんなことは断じてなくて、この世界では個人の判断で思うように動き、迷惑をかけないようにしようと自然に気を使える――人が多い。
だから、報告するようなことがあったとしても、それは後になってからでも充分なのだ。
まぁ、この辺りは説明するよりも、肌感覚として感じいるものだと思う。だって現代人にとって電話、取り分けスマートフォンがない世界なんて信じられないじゃん。
「私、よくこののんびりとした――けれども危ない世界を受け入れて生活しているよなぁ。あぁ、この書類をスマートフォンで撮影して、AIに要約させたい」
こんな便利なものがあるくせに、と胸元のゴーグルをコツンと叩く。
いっそのこと、私が電話、スマートフォンを発明しちゃったり? それで莫大な利益を上げちゃったり? ……そんな頭脳があったら、とっくにやっているっての。
パタンとベッドに倒れ込んで、もうひと踏ん張りしようと書類に目を向ける。
アキナとハルコは夜にならないと戻らないと踏んで、掲示板には何も書かなかった。
「えっと、加入者は一ヶ月の研修期間が義務付けられる。ただし、期間内にダンジョンを攻略できた者には、その期間を免除する」
要は、明日にでもダンジョン攻略を成し遂げれば、その時点で研修期間は終わるってことか。
免除とか、そういう言い回しはやめてよね。私、そこまでの学力はないんだもん。自慢じゃないけどおバカよ? ノリと感性だけで生きているよ?
気分転換に、ふかふかふわふわな掛け布団を両手でふみふみ。あぁ、なんか落ち着く。
「で、研修期間が終わると何ができるのよー。武器や防具のメンテナンス費用の補助? いらん。そんな金は腐るほどある」
もっとこう、私にメリットはないのかー? と不遜な事を考える。
「併設カフェの割引」
お金に関することばかりなの? いや、まぁ、そりゃそうか。でも、ゴールドカード以上の人が多い環境なら、もっと違ったサービスがあってもいいと思うのだけど……。
「宿の宿泊料の割引」
読めたぞ。ふふっ、バカはバカなりに考えるのだ。この割引連打は、そう。金持ちに金を使わせようとする策略だ。横の繋がりがあって、割引を受けたところが儲けるような仕組みが……。
という、陰謀論。ま、実態はただの善意だと思うけど。
「ダンジョンの攻略状況は、各街の冒険者ギルド支部にて確認ができる、と。縄張りとか、あったりするのかな?」
それに関しての記述は……あった。
「ダンジョンの攻略において、冒険者ギルドで申請を出した順に優先度が付与される。それを侵害したものには罰金が科せられる、か」
つまり、ダンジョンに挑戦する際には必ず冒険者ギルドで受付を済ませてからにしてくれ、ということか。
だから、優先度の付与とかそんな言葉じゃなくて、シンプルにそう書いておくれよって。
「うにゃー、なんか面倒くさくなってきた」
書類はまだ一枚目。少し飛ばして一番最後まで捲っていくと、現時点で存在している街付近のダンジョンが記された地図が載っていた。一つ手前にはこの街の地図。
街の両端にある駅は、それぞれ東西に位置しているのか。つまり、現時点の方角に合わせると……。
書類を車のハンドルのように持って、くるくると回転させる。そもそも、二つの駅の違いを私はまだ理解していない。
「電車に載ったこと、なかったなぁ」
この街に来るだけでも、村から馬車で一週間だ。他の街にだって相応の距離があった。美観地区だから線路も造られなかったし、走る電車なんて写真でしか見たことがない。
「載って、みようかな?」
ダンジョンに挑戦するついでに、ね。かつての電車通学を思い出して、私の尻尾はゆらゆら揺れた。
今日のうちに受付を済ませてしまおうと、宿を出て再び冒険者ギルドへ向かう。
「この書類、もう少しわかりやすく教えてください」
その際、知って置かなければならないことを、尋ねるのは忘れずに。
「事前受付のことさえ把握していれば、後はゆっくり覚えていってもらえれば大丈夫です」
そのありがたいお言葉は頭の片隅に残しておくとして、ダンジョンの攻略状況を尋ねる。
「ダンジョンの攻略難度というものは、事前に測ることができない。ということは念頭に置いておいてください。発見日時が比較的浅いのが山間部、東の駅が最寄駅です。まだ挑戦者がいないものが多いですね。東は判ります? 領主の館が北に位置しているので、それを地図と合わせると判りやすい筈です」
領主の館は美しい広場と庭園を持っていて、一般に開放されているそうなので今日のうちに場所を確かめておこう。
山間部の駅から近いダンジョンに挑戦の申請をして、私はお礼を言って冒険者ギルドを出た。
メインストリートは東西に伸びていて……。書類に載っていた地図を観察して、自分にとって判りやすい位置を探す。
「あ、百貨店!」
一度訪れた百貨店が地図に載っていた。これは勝ち確定でしょ。それが判れば……。
「宿もみっけ」
馬車の駅は電車の駅とは違う場所にあって、宿はそこから近い場所にある。そして、それは南側だった。
百貨店のある交差点を右に折れ曲がれば、街を北上することになり、その道をしばらく行けば領主の館が見えてくる。
アキナはそこに行ったんだ。そう思うと、彼女の足取りを追っているようで、なんだか嬉しくなった。
ハルコが行ったという商業ギルドは、どこにあるのだろうか。やはり、メインストリート沿いだった。
のんびり散歩気分で北上する。メインストリートを離れると、ガラス張りだったりしたお洒落な店舗は鳴りを潜め、高い建物は少なくなっていく。
そのお陰か、豪華な装飾を施した門が目立って見えた。
守衛室の前に置かれたパネルにカードをかざし、不審者でないことを明らかにして広場を散策する。
大きな噴水があって、片隅には花を売っている屋台があった。庭園で育てた花らしい。その庭園は植物園のようになっていて、温室のような建物の中には、熱帯に生息する植物だとか、別の建物には寒冷地の植物だとかが展示されてきた。
アニマの国が治める大陸は、基本的にどこも温暖で、四季というものがない。少し離れた場所にある島には四季があるそうだから、いずれ行ってみたいのだけど。
この街の地図の見方もだいぶ判ったところで、最寄り駅となる東の駅を目指してみた。
たどり着く頃には日が傾いていて、もう薄暗さが迫っている。宿に着く頃には、どっぷり日が暮れているだろう。
時刻表を確認すると、電車はまだ走っているようだった。そう言えば、受付でもらったダンジョン挑戦証に山間部での最寄り駅が書いてあったように思う。
と言うより、その挑戦証が電車の切符の役割を果たしていたらしい。どうりで事前にお金を払った筈だ。
駅員に挑戦証を見せて、どの電車に載ればいいか質問をすると、この後直ぐに駅に入線してくるという。
慌てて改札を抜けてホームに出ると、電車がブレーキ音を響かせた。
デザインとしては、箱型。速度は新幹線並みに出るらしいのだけど、魔法によって空気抵抗等はどうにでもなる――とは、電車に揺られ、暇となった私の話し相手になってくれた車掌の言葉。
この時間になると、山間部に向かう人は滅多に居ないようで、車内はがらんと静まり返っていた。
車窓も暗く、自分の顔が映るだけ。
ワクワクと気持ちが高ぶってくるような、寂しさを感じるような、そんなシーソーゲーム。
山間部の駅に降りたのは、私だけだった。
「一時間後に折り返しの電車が来ます」
親切に教えてくれた車掌さんを、私は手を振って見送る。この先が、この路線の終点だという。
ただ意味もなく、ホームのベンチに腰掛けた。
無人駅だ。改札はあるけれど、人が対応する必要はない。本来はカードを翳せばいいだけ。今回は、挑戦証になる。
あと一時間か、と私は考える。
ダンジョンの前まで行ってみようか。そうして、少しだけ中を覗いてみようか。周りに何か施設はあるのだろうか。村があって、土産物屋があって。もう少し明るければ、ここから見える光景も違うのではないか。
月明かりはほのかで、街灯一つ、駅の周りにはなかった。
何があるのか判らないワクワクと、何があるか判らない不安のシーソーゲーム。
「探検、してみよう!」
今回はワクワクが重かったようで、私は腰を上げて駅をあとにした。
ゴーグルを装着して、周囲を確認する。
もしも周りに人がいて、暗闇から私の顔を見たとしたら。吃驚して声を上げるのではないか。こんなゴツいゴーグルを顔にして。私はその光景を思い浮かべて、薄く笑った。
線路に沿って伸びる道は、少し行くと線路を渡って山の方へ伸びていた。道なりに進むと立て看板があり、〈アの一〉と書かれている。そこが目的のダンジョンだ。そう教えられていた。
歩くこと十分。立て看板が見えた。そこで自然と私の視線は上空へと向かう。今までそんな物は見えていなかったはずなのに、ここに立つと急に巨大な樹が現れた。
これがダンジョンの特異性。近付かなければその存在が判らないため、ごく自然に周りを侵食していく。
ここも放っておけば、駅を侵食してしまうのだろう。
「おじゃましまーす」
ぽっかりと空いた虚に入る。シミュレーターとも、学生時代に挑戦した洞窟のダンジョンとも違う。仄かに湿った木肌が、妙に生々しい空間が広がっている。
どのくらいの広さがあるのだろうか。通路のようなものではなく、広間のような奥行きが感じられる。右手は壁。左手には何もない。
ハッとして床を見る。すると――。
「こっわー。左側、吹き抜けじゃん」
地面――と言うより床? それは現在地よりさらに低い位置にあって、おおよそ三階から見下ろしているような感覚だろうか。
そう、それはあくまで感覚。いま泊まっている宿の最上階は十五階だし、冒険者ギルドでは一階の景色しか知らない。村では当然の如く、その様な高い建物はなかった。
学校だって二階建てだ。トールの高層ビルを眺めながら歩くお上りさんを、笑わないでやってほしい。
「ま、今日のところはこれくらいにしておこうか」
残り数十分でダンジョンを攻略できるなんて、自惚れているわけがないってね。
ここからは引き際を見極めながら進んでいくことになるだろう。一日で攻略しようなんて、だいそれた事は考えずに。
夕食は、車掌さんが気を利かせて用意してくれていた駅弁で。ワゴン販売、前の世界でも未体験だった。
「焼肉弁当、美味しー」
「終点の駅周辺は食用牛の名産地でね。こうした駅弁がよく売られているんだ」
「どのくらいの保存が効きます?」
「特注の材質の容器を使っていて、未開封なら一週間」
「後二つください。それと、明日からも電車の中で買えると嬉しいです」
「喜んで」
このお土産は、宿のフロントに預けて渡しておいてもらおうか。




