5.暗闇から
「トウカ様、お便りが届いております」
朝、宿を出ようとしたらフロントで呼び止められた。
部屋の鍵に関してはカードに紐付けられているし、預ける必要もない。掃除もいつも通り、予定された時間に行ってもらっているし、何か迷惑になるようなものは置いていなかったと思うけど……。
「焼肉弁当の件?」
思い当たることと言えば、それくらいだった。
ははぁ、さては二人揃って感謝の手紙でも書いてくれたのかにゃ? 直に会って話すのは照れくさいからー、なんて。
「感謝の言葉は承っております」
その件ではなかったらしい。
「オブリージュ社からのお便りです。ハイエンドモデルをご購入された方に案内してるようで……」
受けとって内容を確認する。宛名だけの簡素なハガキ。裏を見てみると……。
「新商品のご案内?」
今日から発売される、カートリッジケインのハイエンドモデルの案内だった。
カートリッジケインは私も使っているもので、カートリッジを装填することで複数の魔法を使い分けられる。装填の手間はあるけれど、杖自体を使い分けるには荷物が嵩張るから便利なのだ。
でもこれは――。
「リボルバー機構を搭載し、別売りのオーソリティゴーグルとリンクさせることで、視点操作によるカートリッジ切り替えが可能となる」
オーソリティゴーグル、それは確か、私が買ったゴーグルの名前だ。そっか、それを購入したから、ついでにこちらも購入してはいかが? という。
隅の方には店舗の場所を示す地図も載っていた。東の駅のすぐ近くのようで、ついでに寄ることもできる、かな?
エントランスの時計を確認する。電車の時間にはまだ余裕がある。そう言えば、と懐中時計をポケットから取り出して時間を確認する。
……うん。誤差はない。旅立ちにあたって両親が買ってくれたものだから、長く使いたいものだ。
お礼を言って宿を出ると、朝の日差しを浴びながらメインストリートを目指す。朝の駅はどんな感じなのだろうか。
メインストリートはタイヤの走行音を響かせて自動車が行き交っている。空中にはエアクルーザー。それほどの渋滞は見られない。
信号はないのに、交差点では互いに譲り合っている。ライトを巧みに使ったコミュニケーションは、夜に見るとなかなか綺麗なものだった。
オブリージュ社の販売店に到着した。
「いらっしゃいませ。……あら?」
「あれ、アキナ?」
自動ドアをくぐってすぐ、笑顔を向けてくれたのは見知った顔だった。
「どうしたの、こんなところで」
「実はオブリージュ社、父の親族が営んでおりますの。その伝手で」
「あ、そう言えばこの杖を買った時も、アキナの家にあったカタログから注文したんだっけ」
そうか、あんな田舎になんで最高級ブランドのカタログがあるのか、なんて疑問に思っていたけれど、そういう繋がりがあったわけか。
「それで、今日はどんなご用事で?」
「あ、このハガキ」
「あぁ、ハイエンドモデルの。そう言えば、オーソリティゴーグルを下げていますわね。それなら――購入の手続きをですわね」
話が早くて助かる。カウンターの奥へ引っ込んで、何やらコンピューターのようなものを操作し始めた。
その間に、私はのんびりと店内を見物する。そこはまるで車のショールームだ。様々な武器が展示されていて、構えてみることもできる。白で統一された店内は清潔感がある。
「そういう機械でさ、いろんな店とコミュニケーション出来たらなぁ、なんて思わない? 本部と通信をして、業務を一元管理したり――」
「仕事が増えます」
本当に、のんびりとした国民性というかなんというか。
「はい、カードを」
「どぞ」
カードリーダーでの読み込みが完了し、購入手続きは完了したようだ。カードを返されると、彼女は奥の部屋に引っ込んでいく。
戻ってきた彼女の手元には、フィルムを纏った新品のカートリッジケインが。
「同期作業は――こちらでやったほうがいいですわね?」
「うん。私にゃさっぱり判らない」
首に下げたゴーグルを外し、アキナに手渡す。
回転する椅子に座ってぐるぐると周り、ぐるぐると回る景色を楽しんでいれば、その作業もすぐに終わった。
「完了しましたわ。カートリッジを装填しておくことを忘れずに。それと、今まで使っていたものをこちらでお預かりすることも可能ですが」
「預かってもらうとどうなるの?」
「共通するパーツが多くありますので、万が一の故障の時にパーツを取り寄せなくとも修理ができます。別の街に移っても、支店のある街ならこちらで運びます。……下取りするよりは、こちらの方があなたには都合がよくってよ」
なるほど。私のことを、よーく判っていらっしゃる。そのことにも感謝をしつつ、僅かな時を過ごさせてもらった相棒を預ける。
「ありがとー。ふふっ、なんかアキナが働いているところを見れたのが嬉しい」
「わたくしもあなたの活躍を見たいところですが、まぁ、それはもう少し後ということで。それと、ハルコはエアクルーザーの教習所に泊まり込むそうで、しばらく宿には戻られないと」
「うっわ、行動早いなぁ。もう免許を取るんだ」
「急がば走れ、だそうですわ」
毎月の給付を全部つぎ込む気なのだろうか。まぁ、そうすれば後からどうとでも稼げる、という判断なのだろう。
「それと、焼肉弁当をありがとうございました。次はわたくしが差し入れさせていただきますわ」
「うん、期待してる。じゃあ、私はダンジョンに挑戦していきますかねー」
御暇しますー。と店を出ようとすると、アキナに呼び止められる。
「トウカは武器、その杖だけですわよね? 狭い場所では戦いづらくありませんこと?」
「うん? うーん、まぁ、戦いづらい面も、あるかな?」
でも、どうなのだろう。ダンジョンシミュレーターで戦った際には射撃モードしか使っていなかったから、これが接近戦だった場合の感覚はまだ掴めていない。
念には念を、ということを提案したいのだろうか。
「バレルが稼働してナイフモードになる小型銃があります。ガンナイフ、というシンプルな名前です。持ち主の魔力に応じて威力が変わるので、トウカならこれだけでも充分かもしれませんわね。太ももにホルダーを装着すれば、邪魔になることも早々ないかと」
「ふーん。ま、お守り感覚で持ち歩くのもいいかな?」
「ええ、お薦めの品です。よろしければ、お揃いで使いませんこと? みんなで」
「それ最高」
みんなで同じ物を持っていると、どこに居てもみんなと一緒にいられる気がして大変よろしい。なんか、そういうのって素敵だと思うもの。
本当に、この人は気を利かせてくれる。
購入手続きをして、太ももにホルダーを装着してもらう。
「次から自分でつけてくださいまし、よ」
「あははっ、擽ったーい」
黒きタイツを履いているから、そこまで肌が締め付けられている感は感じられない。素材も良いからだろうか。
「それじゃあ、お世話になりました」
「はい、こちらこそ。また何かあったらお越しくださいな」
差し入れ期待してるーっ! と言葉を残して、私は店を出た。彼女がお勧めしてくれた武器を持って、ダンジョンを攻略してやろう。
私は駅と向かい――。
「おっす。焼肉弁当ありがとな。ボクからのお礼の品。水分補給は忘れずに!」
掲示板に書いておいた出発時間を見たか、アキナに聞いたのだろう、待ち構えていたハルコから手渡された水筒を、笑顔で受け取った。
※
お見通し、だったかぁ。
弁当については電車で帰るようにしておいたのだが、飲み物については失念していた。ペットボトルのような容器はこの世界にもあるのだけれど、それは耐久力が心許なくて。
リュックサックに入れて暴れでもすれば、簡単に潰れてしまうだろう。
それでも、二人のお陰で準備は万端。私はゴーグルを顔にかけて、ダンジョンの中へ入っていった。
昨日とは変わらずに、右手は壁で左手は吹き抜け。
私が立つ通路のような物は、螺旋を描くように地下へと伸びている。外観は木だったから、てっきり上に向かうのかと思っていたが、頭上には直ぐに天井が迫る。
通路を伝って降りていくと、接する床に継ぎ目のようなものが見えた。その継ぎ目は壁にも繋がり、それを追ってぐるりと回る。
「床が天井に迫り上がって、押し潰す仕掛け?」
それとも、地下へと降りる手段なのか。通路の形状から考えると、これはネジ穴か、ライフリングのようなものではないかと頭に浮かぶ。
ライフリングとは銃のバレル内側に刻まれた溝で、弾丸をまっすぐに射出するために必要なものだ。もしそうならば、弾丸はどちらを向いているのか。
私はカートリッジケインを真下に構えた。
「ブースト、シュートッ!」
上空に飛び、そのまま魔法を射出した。酷く炸裂した魔法に晒されるダンジョン内は、とりわけ変化はなく平静としている。
「フロート」
左のブーツを右のコツンと当てて言葉を発すれば、私の落下は緩やかになる。そうして、ストンと着地をして、私は壁の継ぎ目を見た。
「下がっている感じはしないなぁ。ライフリングだったら、爆発の威力で床が動くんじゃないかと思ったんだけど」
ということは、ネジ穴の方が正解かな?
そうなってくると、どうにかして床をねじ込むように動かす必要が出てくるのだけど、大きなドライバーなんて持っていないし、床に溝もないし。
他に考えられる方法はないかな? 床を回転させる方法、溝に沿って……。
「石臼?」
なんとなく、それが連想された。石臼だったらハンドルを握って回転させることができる。床に穴が空いていて、そこに棒状のものを差し込んで動かすことができれば……。
いや、動かしたい床の上にいて、それを動かすためにどうやって動けばいいというのか。
「……いや、一つだけ踏ん張れる場所があるっ!」
私は通路の前にしゃがみ込んで、手探りで床を調べる。
床が動くとしても、通路が動くことはないだろう。そうすると、通路上で踏ん張って、床に差したものを押せば。自然と床は捻れて地下へ降りていくのではないか。
床は水があるわけではないのに、じっとりと湿っている。触れている感触は切り株に触れているような感覚だろうか。年輪が細かく並んでいる。
膝を付くと、タイツが湿っていく。お尻だけはつけたくないなぁ、と考えていると、年輪の間に切れ込みのようなものを見つけた。
もう少し硬いものを突き刺せば、押し広げられるかもしれない。太もものホルダーからガンナイフを取り出す。
助言、感謝。心に思いながら手首をスナップするように上に振ると、バレルが持ち上がって刃が飛び出る。格好良いギミックだ。
切れ込みにナイフを差し込み、左右に動かす。段々穴が広がってきた。ガンナイフをしまい、今度はカートリッジケインのギミックがない方の先端を突き刺して、自分は通路に陣取る。
「動けーっ!」
押し込むように、体重をかけながら足は前へと進もうとする。すごく硬い。けれど、勢いに乗れば何とに理想な雰囲気もある。
「にゃーっ! にゃーっ!」
気合を入れて、顔を真っ赤にしながら足を踏み込み続けると……。動いてる、かもっ! いや、ちょっとずつ動いているっ!
その喜びのまま、さらに足を動かしていく。一歩一歩、着実に進んでいる。床はどんどん下がっていってる。
これで先へ進める、と安心したその時、画面上部に警告が現れた。
床が下がると同時に、警告の表示も共に大きくなる。進むためには抗えない。この警告が告げる危険は、絶対に避けられない。
壁の一部がアーチ状にくり抜かれている。真っ暗なステンドグラスが並んでいるかのようだ。私の隣、すぐ近くの壁にもそれが空いている。
その暗闇の先に、光が見えた。
「ブーストッ!」
それが飛びかかってくる。うまく反応できた私は飛び退いて距離を取るが――。
「後ろにもかっ!?」
くり抜かれた全ての壁から、それは飛び出してきた。床はもう、私の手を離れて勝手に動いている。
カートリッジケインを背中のリュックサックに触れさせると、専用のマグネットが機能して固定される。代わりに、私はホルダーからガンナイフを取り出した。
対峙するのは、大量のヘビ。太さは丸太ほどもある。嫌いな人は、要注意。




