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3.最初の一歩っ!

「それじゃあ、ゴールまで頑張って辿り着いてくれ」


 カーザに見送られて、私はダンジョンシミュレーターに挑んだ。二度目となるけれど、今回は体験ではない。


 列記とした、本番の試験。その言葉の重みに、緊張したように尻尾がピンと張っている。


 一歩一歩マス目を進み、体験の時に辿り着いた曲がり角が見えた。そこから先には何もなかったことは憶えている。けれど、二回目も同じとは限らない。


 私は首にかけていたゴーグルを装着した。


 ――ブーン、という微かな機械音が響き、おそらく外装の継ぎ目が発光し、起動を表しただろう。


 ゴーグル内部のモニターには、裸眼で見るのと変わらない光景が広がっている。


 道が続く右側を注目しながら歩くと、画面上部に警告を知らせる文字が現れた。曲がり角の先に、何かがいる。


 私は杖のカートリッジを切り替えて、射撃魔法を発射可能状態で待機させた。後は構えて、キーワードを発すれば発射だ。威力は折り紙付き。


 ゴーグルの側面パネルで視覚情報を変化させる。各種センサーによる解析。右に続く通路の先を、オオカミのような魔物が徘徊をしている。おそらくは、ホログラムだ。


「飛び出して、撃つ」


 杖とゴーグルを電波で繋ぎ、視点によるエイム機能を杖と共有させる。流石、どちらも最新式。武器製造トップ企業のオブリージュ製。


 今後も贔屓にしよう。そう心に決めて、私は右手奥へ視線を向けるようにして飛び出した。


「シュートッ!」


 杖の先端から光の弾丸が射出される。高威力の炸裂弾は、背後を向いていたオオカミのような魔物のホログラムに命中し、その身体を光の粒子へと変えていった。


「おっし、状況終了。……なんちゃって」


 それにしても、光の粒子になって消えていくところは、魔物討伐のリアリティが抜群だ。実際に魔物を討伐した際もそのような終わり方で、あの光の粒子は大気に溶けていく魔因子だと言われている。


 さらに進んでいくと、道は二股に分かれている。真っ直ぐか、左か。


 今のところ、床には何もない。真っ直ぐ。しばらく異常は見られない。左は――。


「壁に警告? ――槍でも飛び出してくるか?」


 ならば真っ直ぐ進むのが正解なのか、果たして。


「虎の尾を踏んでみないと、判らないこともあるっ!」


 安全そうな道を進んで、何かあった時に引き返すのでは時間がかかり過ぎる。先ずは危険を確認しておいて、避けられそうにないものなら避けていくのが、ベストではないか。


 どっちにしろ、この手のゴーグルを持たない人は近付いてみて判断しているのだ。こんな遠くから物知り顔で判断しているような奴なんて、ただのチキン野郎だと罵ってやろう。


 判っているからこそ、突撃する勇気。


 私を意を決して、そのゴーグルが告げる警告を確かめる。


 件の壁の前に立つのは避け、少し手前から杖を使ってコンコンと叩く。何も反応はない。


 前に立つことによって仕掛けが発動する? もしそうだったら、発動する前に駆け抜けることができるのなら……。


 ブーツの爪先を、コンコンと地面に付ける。


「ブーストッ!」


 一歩踏み込めば音速移動。音を置き去りにして、私は壁の前を飛び越えた。


 直後に壁を突き破って飛び出す針が、反対側の壁に突き刺さる。予想通りじゃん。私は口の端を上げて、進行方向を見据えた。


 落とし穴を越えて、押し潰すように迫る壁を超えて。果たしてどの辺りまで来たのだろうか。


 終わりの見えないことに不安が募るけれど、せめてここまでの道のりを見返すことができると思い出した。


 側面パネルを操作して、オートでマッピングしていた地図を呼び出す。


 着実に前に進んでいるようだけれど、なんか違和感を感じるんだよなぁ。それは、魔物との遭遇が一度だけ、というところだろうか。


 ダンジョンの奥へ進めば進むほど、そのダンジョンを形成している魔物の子飼いが増える、なんて話を学校で習った。


 では、今の状況は?


「ちぇー。どっかの分かれ道でミスってるな?」


 安全だなぁ、なんて進んでみれば、それがミスの証拠っていうのも嫌らしい。


 罠の場所は憶えているし、忘れていても警告を出してくれるから、と安心して引き返し、虱潰しに探索をする勢いで分かれ道に挑んでいく。


 結果、魔物は出なかった。


「落とし穴の先、落ちてみたら――は警告か。絶対に普通の落とし穴だ。でも、魔物の出ない先を進んでもゴールには辿り着けないだろうから、絶対に、どこかに隠された通路があるはず」


 これが、魔因子による特殊なルール――かな?


 最深部、ここで言うゴールに君臨する魔物が、侵入者を拒むために敷いたもの。しかし、自分がダンジョン外に出たり入ったりするためには、必ず進むための方法というものが定められている。


 その方法は、ダンジョン内をしっかり観察すれば発見できると言うけれど……。


「にゃーっ! わかんにゃーいっ!」


 頭を掻きむしって、ガクリと肩を落とす。これが、冒険者ギルドに加入していても、考えなくてはいけない部分。


「うぅ、何とかできないかにゃあ」


 ゴーグルの側面パネルを操作して、マニュアルを開く。この事態を解決できるような機能が、果たしてこれにあるものか。……あってよ。あってくれよ。頼むから。


「……あるじゃーん」


 予測進路解析機能、はっけーん。


 今現在のマッピング状況を加味し、予測される進路を解析するという機能。早速利用してみると……。


「え、あそこの針が階段になっていたのっ!?」


 全く気が付かなかった。


 試しに戻って確認すると、嫌らしい。針を抜けた先から見ると、それはただの針の一群に見える。けれど、駆け抜けずに針だけ出現させると、あら不思議。それは階段状になっていて、針の出現と同時に天井が開く仕掛け。


 攻略したと満足していれば、こんな罠があったとは。


 しかし――。


「この機能、なかなか使えるじゃん」


 これを駆使して、どこまで進めるものか。私は針の階段を登って、次なる階層に足を踏み入れた。


 真っ暗な空間は、暗視モードで難なく突破。


 さらなる階層では罠の解除に失敗して、ダンジョン内を水没させてしまった。けれど、水中行動が可能な私の行く手は遮られない。


 そこも難なく進み、四つ目の階層へと辿り着く。


 そこは、これまでの階層とは少し雰囲気が違っていた。


 遮る壁は全くなく、舞踏会でも開けそうなほどの広々とした空間。これまで襲いかかってきた魔物の影などどこにもなく、水中で襲ってきたマグロのような魔物は強敵だったと、呑気に思い出しながら歩き出す。


 ゴーグルはまだ警告を告げていない。

 行き止まりに辿り着く。

 壁に触れたその時――。


「ブーストッ!」


 視界いっぱいに広がる警告。ブーツの力を使って横に飛び退く。壁を貫いて現れたのは、ドリル状の頭部をもった巨大なモグラだった。


「これがボスってことね」


 獲物を前にした猫、といったところだろうか。私は思わず舌舐めずりをして、体勢を低くして杖を構える。


 狭い通路で息を潜めて戦闘をするのは、窮屈だったんだ。あぁ、ここからは思う存分に暴れられる。


 耳はピコピコと忙しなく動き、尻尾は落ち着いていられないとゆらゆら動く。

 

「シャーッ!」


 ひと鳴きして飛び掛かる。カートリッジをブレードモードにして、杖の先端から伸びるエネルギー刃を突き立てる。


 その寸前、モグラは床を貫いて地下へと潜っていった。


 ちっ。ブーツを起動しなかったのは失敗だった。気持ちが高ぶって必要な手を使わなかった反省は、今からでも遅くはない。


 空いた穴には警告の表示。落ちたらひとたまりもないのだろう。


 にゃあにゃあと、早く来いとばかりに、挑発するように鳴いてしまう。

 まったく、はしたないなぁ。こういう姿をあまり友人には――そもそも他人にも見せたくはないのだけど。しかし、多分。この気持ちの高鳴りはそうそう抑えられないのだろう。


 地面が僅かに振動する。来るか? 来るか? 胸の高鳴りはどんどん速く。


 振動が最大限に大きくなるその瞬間――。


「ブーストッ!」


 瞬時に飛び退きっ!


「にゃーっ!」


 一気に切り裂くっ!


 オブリージュ製の威力は凄まじく、ボスであろうと難なく切り裂く。先人が積み重ねた技術の結晶。相応の価格は威力の保証。


「これで終わりかにゃ?」

「その通りっ!」


 壁がガコンと空き、そこからカーザが現れた。


「いやはや、流石にその装備では赤子の手をひねるようなものだったか。おめでとう。合格だよ」

「ありがとうございます!」


 ゴーグルを外して尻尾を振って近寄ると、この先から地上に戻って、受付でカードを渡すようにと告げられる。


「それにしても、君は結構、本能に従って動くタイプだったのだな。可愛い顔をして、というやつか」

「うぅ、恥ずかしい」

「恥ずかしがることなんてないさ。うちのギルドでは、そういう奴ほど誇られる」


 煽てられながら階段を登ると、地上はそこまで離れていなかった。


「はい、冒険者ギルド加入をカード情報と紐付けました。これでダンジョンへの入場が可能となります」

「ありがとうございます」

「その他冒険者ギルドに関する権限などは、こちらの書類に記入してありますので、お時間がある時にお読みください」

「文字が、小さいにゃ……」

「大事なことも書いてありますので、是非お読みください」


 笑顔が怖かった。


 これは、アキナかハルコに読んでもらったほうがいいかもしれない。大事にリュックサックに詰め込んで、私は冒険者ギルドの建物を出た。


 時刻はお昼を回ったばかり。


「お腹、空いたにゃー」


 ならば、お店を探さなくては。メインストリートにも色々な飲食店はあるのだけど、ちょっとお洒落過ぎて、田舎者の私は少し緊張してしまう。


 もう少し、気軽に入られる店はないものか。


 でも、路地の奥深くに入るのもちょっと怖いかも。考えた末に、私は踵を返して冒険者ギルドの建物に入った。


 併設されたカフェで、パンケーキを注文する。


 私なりの、お洒落への第一歩だ。


 村で食べていたような、三段重ねの上にバターが載り、蜂蜜を掛けて食べるものとは違う。

 お洒落に、僅かに重なるように横に並び、ホイップクリームとチョコレートソースによって彩られている。


 添えられているものもなかなかお洒落。イチゴにバナナ、サクランボにキウイフルーツ。


 ナイフで切り分けて、口に運ぶ。


「にゃあ、シュワシュワする」


 通りで分厚いと思ったんだ。普通のパンケーキとは全く違うそ、これは。あれ、そもそも私が普段食べていたものは、ホットケーキ? パンケーキとは違うもの?


 判らない。全てが判らないけれど、とにかく美味しい。


 でも――。


「今度は、二人と一緒に食べたいな」


 この寂しさは、いつか振り切れるものなのだろうか。

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