1.冒険者になってみる?
「宿泊、お願いします」
「は――、ぶ、ブラックカードッ!? 最高ランク魔力量の証、は、初めて見た」
「一番良い部屋で」
「か、畏まりましたーっ!」
隣の受付で、ニヤニヤとハルコが私を見ている。ちょっと恥ずかしくて、きっと私の顔を真っ赤になっているんじゃないかな。
まぁ、それも仕方がないか。普通はブラックカードを持つような人、専用の高級宿に泊まるものだし。
でも、私は二人と一緒の宿に泊まりたかった。だから、この恥ずかしさら甘んじて受け止める。――でも恥ずかしい。尻尾を抱きしめておこう。
先に宿泊手続きを終えたアキナは、もう部屋へ荷物を置きに行っているだろうから、受付が終わればすぐに離れる。
私とハルコは彼女を迎えに行って、そうしてこの宿の最上階へ向かった。
「うっわ、ワンフロア全部? エレベーター降りた廊下の絨毯も、なんか豪華だ」
「ハルコさん。落ち着きなさって」
「アキナも口の端が引きつっているよ」
二人とも、この様な豪華な空間は初めてらしい。小さな村の領主の娘も、別に宮殿に住んでいた訳ではなかったし。
「魔式のエレベーターなんかも、都会って感じだよねぇ」
「ね。村には鉄道もなかったし、流石、アニマの国最大の都市」
壁にかけられた高価そうな絵を眺めながら、私は感心したように言った。
この世界には獣の耳を持った者の国――アニマの国と、体中に紋様を持つ者の国――デビの国。そして、私にとってはごく普通の人間に見える人たちが住む――ヒューマの国の三つがある。
それぞれ別々の大陸を支配していて、此処はアニマの国が誇る最大の都市、トール。
馬車で移動をすること一週間。私たちの旅は、此処から始まると言っても過言ではない――のかな?
その旅が始まる前に、少しこの世界の説明をしておこうと思う。
この世界には魔因子と呼ばれるものが存在していて、それを身体に溜め込んで変質したものが魔物と呼ばれているの。
で、それが人間に作用して、動物の因子を取り込んだのが獣の耳と尻尾を持つ者。魔物の因子を取り込んだのが体中に紋様を持つ者。
基本的には、人間が影響を受けると人種が変わり、動物が影響を受けると魔物になる。そんな感じだろうか。
魔因子と言うものは物を変化させたり、増幅したり、特殊なルールを発現したり。様々な効果を発揮するもので、魔力の最大値によって、それを操れる規模だとか、効果だったりが変わってくる。
まぁ、そんな力を持つもんだから、お金をあげるから大人しくしておいてくれよ。てなわけで。
それが判りやすいのが、身分証であるカードの色。ブラック、ゴールド、シルバー、ブロンズ。そんな感じでランク分けがなされている。
それは魔物も同じようなもので、魔力の最大値が高くて力のあるようなものは、この世界を侵食するようにダンジョンを作る。
それを放置してしまうと世界を覆い尽くさんばかりに広がるので、それを作る魔物を倒す。
それを成す人たちが冒険者であり、彼らをサポートするための装備を作る人達がいて、生活に必要なものを作る人達がいて、そんな人達が集まるギルドがあって……。
と言うのが、私が転生したこの世界、グランドグマなのである。
廊下から続く部屋を一つづつ見ていくと、ベッドルームが三つほどあった。
「みんな、ここで寝る?」
「捨てがたいけど、施しはいらないっ!」
ハルコは頑固だなぁ。アキナはあからさまに心が揺らいでいるのに。
「駆け回りたい。この長い廊下を駆け回りたい」
犬の本性だった。
リビングを見つけて、宿近くの商店で買った食料品を机に並べていく。大きな窓からは夜景が見えて、私はつくづく、エネルギー革命が起きれば文明は進むんだなぁ、と感じた。
やはり電気。電気は文明の明かり。
魔因子を使って発電をするシステムを作った人は、偉人として祭り上げられているし、そのお陰でこうした高層ビルが建っている。
剣と魔法のファンタジー、といった趣はないかもしれないけれど、こんな世界観の中に魔物がいたり、剣と魔法で戦うというのも乙なもので。
……まぁ、魔法と言っても武器によって発動するものが、今は一般的なんだけどね。
意識を集中させて、魔力だけを用いて魔因子を操作する魔法というものは難易度が高くて、今では武器等を作る職人が利用するくらい。
アキナはその魔法を得意としているし、そういったエンジニアになったりするのだろうか。
「ボクは唐揚げ弁当を貰うね」
「わたくしは、このカルボナーラを」
うん、全く異世界な気がしない。
「私、カツ丼にしよー。あと何を買ったっけ?」
「焼きそばと、焼き飯とオムライス」
「それは明日の朝ごはんとして、各自好きなものを持っていくように」
獣耳は、わんぱくなのだ。
食事を終えると、少しまったりとした時間を味わってから雑談タイム。
「で、二人は明日、どうするんだ? ボクは商業ギルドで単発の仕事を探すつもりだけど」
「わたくしは、この地の領主の下へ挨拶に。父と仲のよい人なんですの」
「私は冒険者ギルドを覗いてみる」
花形だー。と、二人は色めきだった。
「てこと、もうダンジョンに挑戦したり? アキナさん、うちの子立派に成長していますわよ」
「ですわね。羨ましいですわ」
「もう、学校で簡単なダンジョンには挑戦したでしょ」
みんな立派な経験者だ。
「それに、冒険者ギルドは試験を受けないと参加できないらしいし、その試験の内容だけでも訊きたいなって」
「厳しい試験だと聞きますわね。なんせ、一人でダンジョンを踏破できるだけの実力が必要だと」
「学校で挑戦した時、三人でヒーヒー言いながら進んだよなぁ。ボクら、途中で引き返したっけ」
「その勇気を褒められたの。今でも憶えているよ」
無茶をして先に進もうとした子達、先生に救出されていたもの。
あの光景は、やっぱり衝撃的で。安全第一。それを痛感した出来事だった。
じゃあ、それぞれ明日に備えて。と解散をして、少し広いベッドルームに緊張しながら眠りにつく。
そうして目覚めれば、私の新たな第一歩だ。
宿を出て、メインストリートを進んでいけば左手に冒険者ギルドの建物が見える。フロントで教わった通りだ。
入口にはカフェのテラスのようになっていて、冒険者ギルドと聞いて思い浮かぶだろう、荒々しさは全くない。
ガラス張りの開放感のある正面玄関を抜けて中に入ると、エントランスのような空間。所々にドーナツ状にソファーが置かれ、談笑していた人たちがこちらを向く。
手を振ってくれた人達もいて、どこかアットホームな雰囲気が感じられた。
「ぶ、ブラックカード!? あ、あの、奥の部屋へどうぞ」
やはりそのカードの効果は驚異的で、革張りのソファーにちょこんと座った私の前には、冒険者ギルドのトップ、マスターが座る。
私の尻尾は緊張の現れか、ピンと立つ。紋様の人――デビに会うのは初めてだった。
「マスターのカーザだ。たまたま出張でここに来ていたんだが、まさかブラックカードの持ち主に遭遇するとはな。人口何十億と言うこの世界で、その持ち主は数十人と聞く」
「そんな、照れてしまいます……」
「俺もブラックカードだ」
ズッコケた。
「ところで、その毛足の長い尻尾と耳。もしかして、アニマ王の血縁か?」
「は、はい。遠縁ですけど。代々アニマ王は、こんな感じの耳と尻尾ですよね。まぁ、私の家は田舎の一般家庭でしたけど」
「ははっ、謙遜することはない。遠縁でも血筋だ。それにブラックカード。それだけで途轍もないサラブレッドだろう」
「恐縮であります!」
「ま、俺もデビ王の血縁だがな」
またズッコケた。
この人、マウント取りたがり屋なの? いちいち自己主張をしなきゃ気がすまないの?
とっても優しそうな顔をしているのに、厄介な人物なのかもしれない。まぁ、それぐらいじゃないと、ギルドのトップなんてできないのかもしれないけど。
「それにしても、今カードから読み込ませてもらった個人情報を読ませてもらっているが、クラシル地方の出身か。美観地区で移動の足なんて馬車くらいだろ?」
「牛車もあります」
「田舎マウントかっ! あはは、これは一本取られた」
膝を打って、彼はとても満足そうだ。
「十六歳になる年。ということは、試験を受けるために来たか? それとも、試験の体験に?」
「えっと、そうですね、体験のつもりです。まだ冒険者になるんだっ! って決めているわけではないので」
「冒険者は人手不足だし、ブラックならいつでも歓迎なんだがね」
早速、試験会場に案内しよう。そう言って部屋を出るカーザを追った。
エレベーターに載って地下へ。そこはマス目状に区切られた地面と、それを区切る壁に囲まれた迷路だった。
「此処はダンジョンの嫌らしさを凝縮し、簡潔にしたシュミレーション施設だ。ゴールまで辿り着けられれば合格。ギブアップと叫べば、非常口から帰還。ま、今回は体験だから気軽に挑戦してくれ」
そう言って、エレベーターの乗口の隣にあったドアに入っていく。そこが監督室らしい。
「さぁて、ちょっくらやってみようかなー」
軽く伸びをして、いざ挑戦。こういう日に備えて、私はお金に糸目を付けずに最高品質の装備を整えたのだ。
カートリッジ機能を搭載した、複数の魔法を使い分けられる杖。どんな攻撃、ダメージも許容範囲内なら無効化する服(セーラー服なのが可愛らしい)。音速をも超えるスピードで駆け抜けられるブーツ。
それに加えて、どんな環境、温度にも対応できるようになるマフラー。俗に言う魔法装備のオンパレードだ。
ふはは、私は完全に最強だ。こんな迷路ごとき、直ぐに踏破してくれるわっ!
なんて、心を奮い立たせて一歩踏み出す。両脇には壁。視界は前方と背後しかない。前方にあるマス目状の床を、杖で叩いて確かめる。
ダンジョンってやつは、突然床が抜けたりするんだよね。だから、進む場所は慎重に調べる。
一マス、一マスと進んでいくと、前方が壁に拒まれた。行く先は右手に伸びていくようだ。
「あっぶなー。床に意識を集中させすぎていて、曲がり角が見えてなかった」
こういう時、曲がり角から魔物が奇襲を仕掛けてくることがある。本来は要注意なんだけど……。
はぁ、学校の授業でダンジョンに挑戦した時は、アキナ、ハルコと一緒だった。だから自然と、私は床に注意を払い、アキナが壁に注意を払い。ハルコは奥から二人が見えていないものを確認する。そういったチームワークが出来ていた。
今後は、これを一人でやらなくてはならないのか。
二人は私のやりたいことに付き合ってくれているけれど、やはり目指している方向は違うのだから、必ずしもダンジョンにまで付き合ってくれるとは限らない。
だから――。
「すみませーん。ギブアップで!」
今日のところはここまでにしておこう。自分に足りない所も、何となく認識できたし。次にチャレンジするときは、お金に糸目を付けずに万全に。
多くの人は人手不足を、チームを組むなり、人員を増やすことでカバーをするのだろう。けれど、だけど、私は違う。私の強みはあり余る財力。その大きな力で、この世界を旅してやるんだからっ!




