12.我慢できないっ!
「えっと、傭兵ギルド支部のトップの娘さんと付き合っているという?」
アキナから聞いた話を思い起こしながら、私は目の前の人物に訊いてみた。
「……何故知っている?」
距離を取ったつもりなのだろうか。一歩後ろに下がった彼は、何かの構えのように腰を落とした。
脱力とは究極の構え。みたいな考えを、拗らせてしまったのだろうか。腕はだらりと垂れ下がっているだけに見えて、私のからかう意味での重心移動に、ピクピクと反応を見せている。
面白いなぁ。この調子では、尻尾を揺らせば目で追うのではないか。ほーれ、ふりふり。
「貴様、名を名乗れっ!」
「トウカですって」
正式に名乗ったわけではないけれど、確かに名前は言ったつもりだ。と言うより、少しからかいが過ぎたかな? お偉いさんのプライドを刺激して良いことなんて何もないし、ここら辺でちゃんと名乗っておこう。
「アキナの友達です。クラシル地区のセイヒョウ島の領主の娘の」
「……あぁ、アキちゃんが言っていてた、とても可愛いと評判の。ふぅん。恥ずかしがり屋だとは聞いていなかったが、まぁ、接しやすくはある」
ゴーグルを外すタイミングがなかっただけだけど、勝手な勘違いを正す理由もないし、このまま話を続けよう。
「しかし勘違いしないでくれ。俺の心は既に決まっているから、どんなに魅力的な女性だとしても心は靡くことはない。セリカ。おぉ、セリカ。君を超える人など現れようものか」
ゴーグルの側面パネルを操作して、周辺の3Dマップを作製する。……どうやら、手頃な切り株はないらしい。
「おしとやかで、奥ゆかしく、たおやかな笑みをもって俺を称えてくれる天使。荒事が苦手だと、傭兵という暑苦しい集団のなかにいることが辛いと漏らす彼女を、なんとか救ってやりたいっ!」
騙されているんじゃ? なんて密かに思ったけれど、アキナ曰く、傭兵ギルド支部トップの娘、セリカは、今しがた彼が評した通りの人物らしい。
短い期間に収集した情報だというが、その情報源に不安はない。
そもそも、不安があるような人物が跋扈するような場所が人の上にあったとしたら、この世界での人類は、とうに魔物によって滅ぼされているだろう。
人の上に立てるのは、確かな人格と実力を兼ね備えていなければならない。ま、そういった意味では恐ろしい世界なのだけど。
「しかし、なにゆえ父は――親父はこの関係を認めてくださらないのか。癒着? 黒い関係? そのようなものはあなた達が築いたものではないかっ!」
相当に鬱憤が溜まっているようだ。溜まりすぎてこのまま濁っていそう。
こういった感情を増幅して、かつてアニマやデビが生まれたという。動物は魔物。獲物を捕れない鬱憤。メスを奪えない鬱憤。
家畜としてあることが、動物として終わりを迎えられる保証になるとは。何とも皮肉めいて笑えない。……というシリアスは、此処までにしておいて、と。
「それで、どうしてダンジョンに用があるなんて話になるんです?」
長くなりそうなので、強引にでも話を引き戻させてもらおうか。じゃないと、私のお腹は恥ずかしげもなく声を上げます。私はそれが、とても恥ずかしい。
「……俺は、まだ何も成していないのではないか、と思ったんだ。親父は若い頃、冒険者ギルドに所属し、数多くのダンジョンを攻略してきた。その実績を買われてあの街の領主を引き継いだんだよ。先代に跡継ぎがいなかったこともあってな」
なんか、尻尾がピクピクする。
「それで、あなたも同じようにやってやろう。そうすればお父様も認めてくださるのでは、みたいに?」
「ああ。その通りだ」
「その考え、最低だって気がついてます?」
小首を傾げた動きに怒気を載せると、狼狽えたように一歩下がる。
なんかこういう、自分勝手な雰囲気に腹が立ってきた。
「ど、どうして」
「あなた、自分のことしか考えていません。セリカさんは、荒事が苦手なんですよね? なんでそんな彼女を放って、自らその道を進もうとするのです?」
「しかし、実力を見せなければ――」
「人の上に立つ実力とは、武力のみとするのですかっ!」
トールディンが実力を買われてこの街の領主となった、というのは事実だろう。大きな街。そして周囲にダンジョンが多く存在する。それだけでも、力を持ったものが重視されて然るべきだ。
傭兵ギルドが重宝されるのも頷ける。
でも、すべての領主がその道を行っているわけではない。アキナだって、そのお父様だって。自分にできることを精一杯、大切な人たちの思いに応えるために、自分の誇りというものを胸に掲げて使命を果たしている姿を間近で見てきた。
それなにの、この男は。
「荒事が苦手な人の気持ちを理解して、その人たちを守るための力を理解して、そうして新たな市政を生み出すことをなぜしないんですっ! あなたに求められているのは、きっとそのような立ち回りなのです。セリカさんは、きっとあなたの内面にそれを見たのです」
「で、では、俺はどうしたら良いんだ? 俺は、父の背中しか見ていなかった。旅に出ても、冒険者ギルドに所属しようと頑張って――」
尻尾の動きがどんどん激しくなる。
「出来なかったんでしょう? 潜在的に、あなたもセリカさん側なのです。お父様は、あなたのその矛盾を危惧しているのではないですか?」
彼の行いからして、きっとセリカが愛想を尽かす。そうなる前に、思いとどまらせるほうが彼のためではないのかと。
なるほど、確かに現状ではアキナの方が彼には相応しいだろう。
この世界での為政者としての心構えを、彼女の方がしっかりと持っている。この旅は、そのためのパイプ作りでもあるのだから。
「もっと周囲に目を向けなさい。手を取り合うべきギルドは数多い。居を構える場所で優遇されていると思われる? だったら、全ての場所が一等地となるような、そんな市政をやってしまえばいい」
「そんな事、出来るわけ――」
もはや尻尾はヘリコプター。
「それくらいやってやるっ! って気概の話です。言葉は剣よりも重く、切れ味も鋭い。ひと言でケリをつける。その重みを身につけることが、何よりも大事なのです」
前世、ニュースを見ていて常々思ってきたんだよね。カリスマを発揮するような人は、たった一言を残していくんだ。その方が伝聞されやすく、広く伝わっていきやすい。比例して、支持もまた集まる。
「今は一歩身を引いて、セリカさんとの愛を深めてみたら如何です? 彼女をもっとよく見て、彼女のために何ができるかを感じて。そうすれば、自ずと自分の進む道が見えるはずです。辿り着けない父の背中よりも、触れ合える手を取るべきです」
「君は――」
彼が何かを言おうとしたその時、私は限界に達した。
――ぐぅ~。
「……ごめんなさい、ちょっと駅に戻って焼肉弁当を食べてきます」
「このタイミングでかっ!?」
締まらなくてごめんなさい。




