獣人街の市場を歩きましょう。何やら面白いものが観られるかもしれないと暁光帝は興味津々です。
薄暗くて怪しげな阿片窟を後にした暁光帝と仲間達は大勢の人々が行き交う市場にやってきました。
一口に“市場”と言ってもここは獣人街の市場です。
見た目、ヒト族にそっくりだけれど、獣耳と尻尾のある人々は獣人族です。
一体、何を商っているのでしょう。
きっと珍しい物が見つかるはず。
人里は冒険とロマンの種が尽きません。
お楽しみください。
キャラクター紹介&世界観はこちら〜>https://ncode.syosetu.com/n2816go/
裏路地と表通りをつなぐ通りはこれまた異質だ。
瓦礫街リュッダはヒト族の町である。しかし、多種多様な人種が暮らしており、ヒト以外にも多様な人々がいる。
ヒト型種なら獣人や小人らが、非ヒト型種なら蜥蜴人や蟻甲人らが目立つ。
一応、人口の半分くらいはヒトだが、都市の地下や市壁の外まで含めると怪しいものだ。
碧中海の中心に位置する港湾都市だから人種の坩堝と化してしまったのである。
そんな多人種社会をつなぐこの界隈は獣人が多い。
ここは獣人街。
ヒト族よりは少ないが、獣人族はこの都市で人口が2番めに多く、少数人種の中の最大勢力である。
体格も容姿もヒト族とあまり変わらず、獣耳と尾だけが目立つ。
「うわぁ……」
アスタは目を丸くして道行く人々を見つめている。
皆、働き者のようで太り過ぎも痩せ過ぎもいない。程よく筋肉質で女性は立派な胸乳の持ち主が多い。
そう。
彼女にとっては発育のよい乳房こそが重要なのだ。
だから、獣人の男性は視界に入っていない。
いや、実際は入っているのだが、情報処理の過程で意識から省かれてしまっている。
「うん。いいね♪ いいね♪」
お胸の立派なご婦人方を観て、すこぶる上機嫌の貴婦人だ。
通りには粗末な店が並んでいる。どれも四方の支柱に布をかけて日除けにしただけの、粗末な店舗で露天商よりはマシな程度。台に並べられている商品は野菜と穀物、それに干し肉などの乾物が多い。
酒樽に詰められた酒はそのまま量り売りされている。人々はめいめい革袋や壺を持ってきて、店員は役人に認証された水差しで商品を量る。それで一杯でいくらと言った感じで販売するのだ。
「ほほぉ…これは面白げな……」
アスタは水差しで揺れる液体の香りを嗅いで物珍しそうに破顔している。
どうやら好奇心に駆られたらしい。
「これで買えるかな?」
空中で右手を踊らせるといつの間にやらピカピカの金貨が握られている。
「!」
その光景を見て金髪妖精人のナンシーは言葉もなく、ただ、ただ、唖然とするばかりだ。
いきなり虚空から現れた金貨はどこから来たのか。
またしても伝説の神器“アイテムボックス”だろう。目に視えない魔法の箱からほぼ無尽蔵に溜め込んでいる金貨の一部を取り出したに違いない。
だが、いくら蒸留酒が高級品とは言え、酒の一杯にそんな値打ちが付くものか。
商品の売り買いは銀貨や銅貨、そして貝貨が基本なのだ。
金貨などどんな大取引だという話になってしまう。
実際、店主が目を丸くしている。
しかし、ここでひるんでいたら世界の平和は守れない。
アスタは商人を毛嫌いしている…と言うか、嘘つきを異常に恐れているので店員から直接、買い物が出来ないのだ。
ここは自分が暁の女帝様に成り代わって酒を買わせていただかねばなるまい。
「さて……」
少しだけ考える。
ここで値引き交渉は悪手だ。時間がかかるし、店主と自分が嘘を吐いて互いに騙し合う姿を見せたくない。ここは大金で黙らせてしまおう。
「あー、その命の稀水をもらうわ。壺ごとで金貨3枚でいいかしら?」
アスタから金貨を受け取って店主に差し出す。
「よし☆」
本人は買い物をエルフに任せられてこれまた上機嫌だ。よほど商人と話したくないらしい。
「え…えぇ……まいど…ありぃ…!」
これまた唖然としつつ、店主は金貨を受け取って酒壺に酒をいっぱいに注ぐ。
蒸留酒は貴重だ。
もちろん、とんでもなく強い酒であるが、それ以上に麻酔や消毒の効果が期待され、薬として飲まれる場合が多い。火をつけると燃えるくらいアルコール度数が高く、そのまま飲まれることはまずない。嗜好品にする場合は薄めて時間をかけ、ちびりちびり飲むものなのだ。
それを個人が壺で買うなどあり得ないから店主もびっくり仰天である。
そもそもこの程度の樽酒なら金貨1枚でもお釣りが来る。
当惑のあまり、棒立ちになってしまう。
それでも目の前に差し出された金貨の威勢には敵わない。
元より商人なのだ。
利益追求という目的の前ではどんな常識も色褪せる。
「どうぞ」
店主は麗人に酒を差し出す。
「うむ。ありがとう」
いっぱいに注がれた酒壺に金属光沢の髪を絡みつけて受け取る。手は使わない。両手はだらりと下げたままだ。
満面の笑みを浮かべたアスタは楽しげにそれを見つめる。
「うん、これにも竜が彫られているね」
陶磁器はなかなかの高級品だ。しなやかに均整の取れた青いドラゴンと一緒に戦う騎士が浮き彫りにされている。
デザインから考えてドラゴンは瓦礫街リュッダの英雄である“竜騎士”の仲間で、槍を構えた騎士が当の英雄本人なのだろう。図柄からして氷の若竜であり、当時のオルジア帝国や豚人の部族と戦ったと言われている。
「痩せすぎだね。もっと肉を付けるべき」
アイスドレイクを見て文句を言う。
ヒトだろうが、オークだろうが、ドラゴンが人間を相手に遅れを取ることなどあり得ない。
ところが、相棒の竜騎士は討ち取られてしまったとあの竜は嘆いていた。
アスタは当のアイスドレイクと話したことがあるのだ。
何でも敵を追ってふた手に別れたところを相棒の方が奇襲されたんだとか。
あの竜がもっと肉を付けて頑丈であったとしても悲劇は避けられなかったことだろう。だが、もっと強ければ卑怯者に一矢報いられたかもしれない。
文句を言いつつ、不憫な竜に同情する。
「戦場では色んなことがあるものだね……」
やはり人間のやることは意外だから楽しい。
上機嫌で壺の中でたゆたう酒の水面を眺めて一言。
「美味しそう」
つぶやくと全く躊躇うことなく。
「ほ」
両手は腰に当てたまま仁王立ちし、金属光沢に輝く紫のロングヘアーで酒壺を頭上よりも天高く掲げ、自分は空に向かって口を開き。
じょろじょろじょろじょろ〜〜
傾けた壺いっぱいの酒をそのまま喉に流し込んでいく。
それは到底、“飲む”という行動には見えない。
まるで流れ落ちる滝のよう。
「!!」
人々は絶句する。
鉛直に注がれた酒が重力に引かれて落下し、そのまま麗人の口に入り、食道から胃へ直行しているかのようにすら見える。
いや、“見える”と言うか、まさしくその通りなのだが、これが飲酒であるという先入観が認識をかき乱しているのだ。
「うわぁ……」
ギュディト百卒長は目を皿のように見開いたまま、口を閉じられないでいる。
酒壺1個分の命の稀水は宴会で大勢が楽しめる量だ。ましてや酒精の濃い蒸留酒である。それを一人で、しかも一気に飲んで潰れない奴はいない。
そのはずなのだ。
けれども、目の前の麗人アスタは平然と飲み干してしまった。
およそあり得ないことだ。
しかし、これほどの健啖ぶりもまた世界最強の証なのだろう。
百卒長は絶句しながらも自然とうなずいている。
「うわぁ……」
幼女クレメンティーナも目を皿のように見開いたまま、口を閉じられないでいる。
主である暁光帝の正体が露見してしまうのではないかと案じたのだ。
しかし、それも一瞬。
暁光帝は『山を崩したり、谷を埋めなければバレない』と考えていたことを思い出す。
主が気にしていないのなら干渉するべきではない。
目の据わった幼女は黙って見守る事にするのだった。
「うわぁ……」
ナンシーも目を皿のように見開いたまま、口を閉じられないでいる。
どういう飲み方だ。
これだけの量の酒精を一気に飲んだら昏睡して人事不省になるのならまだいい方。余裕で致死量を越えているのだから、普通は死ぬ。
死ぬのだが。
「うん。味わい深いね」
空の壺を眺めて舌なめずり、麗人は満足げである。
酒に酔う気配どころか、全く腹も膨れていない。
無敵の本人同様、抜群のスタイルは毛ほども毀損されないのだ。
「…と、は〜」
エルフは呆れて言葉もない。
やはり暁光帝に毒は効かないのだ。毒が効かないのだから酒などいくら飲ませたところで酔いもしない。
今も暁の女帝様は命の稀水の味わいを楽しんでいる。おそらくその無敵の肉体では痛覚である辛味も感じられず、酒の甘味や渋味のみを味わっているのだろう。
後、香りもか。
アスタが酒に満足している様子を見て『連れてきてよかった』とナンシーは一先ず胸を撫で下ろすのだった。
「じゃぁ、これは返すね」
アスタは紫の髪を伸ばして空の酒壺を店主に返す。
「えっ、こちらはもうお客様の物ですよ」
店主は驚く。
先ほどの取引は『壺ごとで金貨3枚で』とエルフから請われた結果だ。
所有権が移っており、返されるいわれはない。
ないのだが。
「ううん。要らない。キミに返すね」
アスタはふるふると首を振って壺を差し出すばかりだ。
「ハ、ハァ…そういうことでしたら……」
店主は素直に受け取ることにする。
金払いのいい客は大切にするべきだし、その意図を店は汲まねばならない。
商売する者として基本中の基本だ。
いそいそと酒壺をしまう。見栄えのいい、この壺はなかなかの逸品で売上を増やせるのではないかと奮発したので、返してくれたことは純粋にありがたい。
「あれ? いいんですか? あの壺は安く見積もっても銅貨5枚、いや、6枚はしますよ」
黒い肌の巨女が驚く。
金に不自由しないギュディト百卒長もそこまで浮世離れしているわけではない。陶磁器の壺がそれなりに高いことは知っている。
今、金貨を払って酒と一緒に購入した、そんな壺をアスタはあっさり返してしまった。
これは一体どういうことなのだろうか。
「ん…まぁ、今さらだよね。おや、これは!?」
一言つぶやくと紫髪の麗人はあっさり酒に関心を失い、隣の店に並べられた商品に夢中になる。
「へぇ、いらっしゃい!」
こちらの店主も目をランランと輝かせて上客を迎える。
隣の店主が酒壺1個分の命の稀水で金貨3枚をせしめた幸運を、この店主はしっかり見ていたのだ。
この上客を逃してはならぬ。
商人の意地にかけて。
「こちらは甘い甘ぁい“キャンディー”でございます。ハーブやスパイスを蜂蜜で固めたお薬でございまして、ワシが集めました色とりどりの花びらを……」
店主はいつもよりも念入りに口上を述べる。
テーブルに並べられたキャンディーは店主の言った通り、スパイス入りの蜂蜜を固めた物だ。それを食べやすいように一口サイズに砕いて並べている。
色とりどりの花びらが添えられていて午後の陽光の中でキラキラ光って宝石のよう。
「ほほぉ…これも薬なのか。何? 食べ物としても美味しい? それは重畳!」
こちらも目をランランと輝かせる麗人だ。
完全に目を奪われてしまっている。
ここまで読んでいただきありがとうございます♪
今回、暁光帝一行は市場を観光しています。
冒険は?
う〜〜ん、まぁ、これも一種の冒険ですかね。
他所様の作品を読ませていただいていますが、主人公は国家を転覆させるような大陰謀に立ち向かったり、世界征服を企む大魔王に挑んだり、やはりワクワクするようなサスペンスフルの事件が起きることが多い。
それに比べてうちは……、っと、大丈夫です。
うちは主人公が世界を滅ぼすラスボスなので\(^o^)/
世にも珍しいラスボス系主人公。
正真正銘、いつだって“世界の危機”でつ。
ドキドキしていますよ。
主に金髪エルフのナンシーがwwww
あぁ、書き忘れていましたが、この新章<<路地裏の興行! 酔っ払って脳みそログアウト中の下級冒険者が挑んできたぞ!>>はすでに完成しているのでエタる可能性はほぼ皆無です。
基本、隔日で掲載していきますので92日後にすべて掲載し終える予定。
あぁ、この“エタる”って言葉は最初見たとき驚きました。
“エターナる”という動詞の省略形で、「作品の著者が途中で投げ出して消えてしまうから永遠に完結しなくなる」ことを意味するらしい。
上手く言ったものです。
「エターナらない」「エターナります」「エターナる」「エターナるとき」「エターナれば」「エターナなれ」……うん、五段活用かな?
本編は完成しているので46本を予約投稿するだけですから、エターナる可能性はほぼ皆無と言えましょう♪
まぁ、著者である小生本人が急病でエターナって異世界転生してしまう可能性が皆無とは言えないので“ほぼ皆無”と申し上げておきますが(^_^;)
ちなみに去年の8月から再び筆を執りまして、年末には完成していました。
掲載が遅れたのは校正作業がゲロつまんなかったからです(>_<)
誤字脱字、ふりがな、表記の揺れなどをチェックすること全編を音読しながらこの作業を6回やりました。
それでもまだこの手のミスは完全にはなくなりません(ToT)
人間の脳には『ミスを犯す』という機能が搭載されているのでこればかりはどうにもなりませんね。
これからも音読あるのみ!!
………あ〜、異世界転生したくなってきました(^_^;)
さて、そういうわけで次回は2026年10月14日に『何やら金髪(・人・)エルフが悩んでいます。でも、暁光帝はそれよりも気になる物があるのです。』を掲載します。
請う、ご期待!




