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寒いだろ。座んな― Café Lumen 外伝 / 夏凪のはじまり ―

作者:Noct
最新エピソード掲載日:2026/11/05
二十歳の人気俳優・猿渡夏輝(さわたりあいき)は、スキャンダルの渦中、生まれて数日の娘を抱いて夜の高速道路を逃げ出し、終点近くの見知らぬ港町・灯凪町へたどり着く。人目を数える癖も、見られ続ける仕事の重さも、その夜は置いてきたつもりだった。深夜、石畳の路地の先に、ゆらがない灯りを見つける。Café Lumen。店主の灯(あかり)は四十二歳の男で、素性も事情も聞かず、黙ってコーヒーを淹れた。赤ん坊は泣くものだから、と言って。
夏輝は海辺の旅館・朝凪亭に宿をとり、昼も夜もこの店に通う。何も聞かれないのに、気づけば名前を明かし、逃げてきたことを明かしていた。灯は驚かず「へえ」とだけ言って、いつもの席にコーヒーを置く。コーヒーは慰めではなく、ここにいていいという許可だった。
眠ってばかりの赤ん坊は、夏輝の指を握り、店の灯りを見つめ、少しずつ父親の顔を覚えていく。仲居に初めて「お父さん」と呼ばれて戸惑いながら、夏輝は止まることを覚える。追ってくる人のいない町で、ようやく呼吸が戻っていく。やがて赤ん坊は、夏輝の夏と、町の凪から、夏凪(なな)という名前をもらう。
一週間を過ぎ、事務所からは「戻れる時に」と連絡が入る。三人の子を持つ灯は、子育てが「まだ終わっていない」と笑う。初めての父親として、夏輝はまだわからなくていいのだと知る。見られなくても存在できたこと、「来てくれる人がいる間は続く」という灯の言葉を胸に、十日目の朝、夏輝は再訪を約束して坂を上る。最初の夜に言えなかった「寒いだろ。座んな」は、言葉になる前から、ずっとそこにあった。
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