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女帝ヴィクトリアの契約結婚物語〜幼馴染の女帝が恋愛を業務処理するので、年下騎士副団長は契約結婚して最後まで隣にいることにしました〜  作者: ななめ尚央
第二章 偽りだらけの新婚旅行

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第7話:耳が熱い



 暗闇に包まれた倉庫街。

 魔石灯の灯が、ちらちらと倉庫街を照らしている。


 その一角にある、ヴィクトリアが指定した倉庫の屋根裏に、二人は潜んでいた。昼間のうちに部下に捜査させていた経路は、見事に機能した。カシアンたちは、足跡を残すことなく敵の目を盗み、無事に屋根裏への潜入を果たした。


 カシアンは、退路を二つ確保し、周囲に部下を配置してから、ヴィクトリアの同行を渋々認めた。床の隙間からは、下に集まった工作員たちの密やかな話し声が漏れ聞こえてくる。


 暗号文の周期、ガルダリカの独自の訛り。


(……やはり、単なる旅人ではないですね。)


 ヴィクトリアの意識は、完全に眼下の敵の会話へ集中していた。彼らの吐き出す一言一句を聞き逃すまいと、全身の神経を研ぎ澄ます。


「第七補給中隊……ガルダリカ北方軍の部隊番号だな。」

 カシアンは、ヴィクトリアの耳元で小声で話した。


 ヴィクトリアは、一瞬、耳元でのカシアンの低い声に怯みそうになるが、気を立て直して答えた。


(耳が熱い。)


「……商人や旅人では、ありませんでしたね。ガルダリカ軍の暗号文と部隊番号まで、確認できました。それだけ確認できれば大丈夫です。ここは、撤退しましょう。」


「証拠は十分だ。後は戻って騎士団を動かす。」


 カシアンとヴィクトリアは、そっと屋根裏を離れた。闇に紛れ倉庫を抜けようと、人気のない道を二人で抜ける。遠くから、酒場の賑やかな喧騒がかすかに響いていた。


 怪しまれないように繋いだ手は、客観的に見れば、夜道を行く恋人同士のようにも見えるだろう。


「昔はヴィクトリアが、よく俺の手を引いて歩いてたな。」

「ええ。あなたは少しでも目を離すと、すぐイザベラと無茶をしましたから。」


 カシアンとイザベラは同じ年齢で、共に北方騎士団長だった父の指導を受けていた。幼い頃から二人が衝突するたび、二歳年上だったヴィクトリアがそれを引き留めるのが日常だった。


「ヴィクトリアだって、城下町へこっそり行ったり、一緒に無茶しただろ。」


 カシアンが少し楽しげに振り返ると、ヴィクトリアは小さくため息をついた。


「あなた方は非合理な動きばかりします。何をしでかすか分からず、見ていられなかっただけです。……私には、年上として、あなた達を守る責任がありましたから。」


 ヴィクトリアの過剰なほどの責任感の強さは、幼少期から存在していたのかもしれない。そして、雪の日の一件が、その責任感をさらに強くした。


「そうか。」

 カシアンは、反論しなかった。


 今は、ヴィクトリアの歩幅に合わせて傍にいればいい、そう考えていた。



 二人が、倉庫街から宿屋への道へ合流しようとした時に、カシアンが何かに気づいた。


 小声で、ヴィクトリアへ耳打ちする。


「……つけられているな。」


「やはり、ガルダリカ軍も無能の集まりというわけではないようですね。」

 耳の熱さに気をとられないように、ヴィクトリアは冷静に言葉を返した。その瞬間、突然カシアンの腕が、ヴィクトリアの肩を引き寄せた。


「……!」

 声を出す暇もなく、ヴィクトリアの身体がカシアンの胸へと強く引き寄せられる。


 抗議の言葉を口にしようとした、まさにその時。風を切り裂く鋭い風切り音が、ヴィクトリアの横を駆け抜けた。カランと、小さな投擲ナイフがヴィクトリアの後ろへ転がった。何が起きたのか分からず、ヴィクトリアの瞳が大きく見開かれる。


 カシアンは、彼女を片腕でしっかりと抱きしめたまま、すでに抜剣していた。その鋭い視線は、屋根上の闇に潜む敵の監視位置を的確に射抜いている。


「……っ。」

「そのままでいろ。」

 カシアンは、鼓動一つ乱さない低い声で囁いた。


「おまえは、ここでじっとしてろ。」


 カシアンは、視線で待機していた騎士団に合図を送る。潜伏していた騎士団が敵を追うが、敵は闇に紛れて逃走した。


「……恐らく目的は、確認だったな。」

「ええ、追撃する様子がないですから、私たちの動向を探っただけのようですね。」


 二人は、宿へ戻り机の上へ地図を広げた。


「……やはり、こちらの存在も把握されましたね。」

「ああ。」


「ならば、悠長に監視を続ける時間はありません。盤面をこちらから動かしましょう。」

 ヴィクトリアは、少し不敵な笑みを浮かべた。


「敵は、今夜中に拠点を移す可能性が高いな。」

 カシアンは、腕を組んで考え込んだ。


「ええ、恐らく敵は、『何者かが、調査を行っている』事実に気が付いた状態である事が考えられます。恐らく、攻撃を避けた時の動きで、それが北部騎士団である事には、気が付いたでしょう。」


 ヴィクトリアは、机の上の地図を眺める。


「ならば、彼らは二つの行動しか取れません。」

「証拠を移動するか、連絡員を走らせるか……?」

 ヴィクトリアの言葉にカシアンが反応し、肯定するように彼女は、うなづいた。


「しかし、どちらも動かない可能性も考慮しなくていいのか?」

 カシアンの疑問にヴィクトリアは、確信をもった様子で答えた。


「いいえ、それはありません。彼らは、軍です。指揮命令系統があります。独断で、その場に留まるような事はしないでしょう。」


「おまえが、イザベラのように騎士になっていたらな。恐ろしかったな。」

 カシアンは、少し笑った。


「私は、アドルシュタイン家の当主であり、元、北部騎士団長の娘です。盤面を読むのは、得意なのですよ。」

 ヴィクトリアは、羽ペンを持ち地図に書き込んだ。


「我々が何者か。こちらから、答えを提示して、差し上げましょう。」

「……なるほど。北部騎士団が補給拠点を発見した情報を流すのか。」


「ええ、そう信じさせれば、彼らは自ら証拠を運びだします。時間もありませんから、慌てて荷を動かすでしょう。そして、人間は追いつめられると必ず失敗しますから。」


 少し沈黙し、カシアンは呆れた様子で笑った。


「敵からしたら悪夢だな。」

「……私はただ、相手が取りそうな行動を並べているだけです。」


 ヴィクトリアは、平然と答えた。


「こちらは、人数が足りないな。港町の警備員に作戦を伝達するか。」

「そうですね。それは、北部騎士団副団長のあなたにお任せします。」


 カシアンは、間をあけてヴィクトリアを見た。


「明日は、早いぞ。ヴィクトリア、ちゃんと起きろよ。」

「……起きられます。子供じゃありませんから。」


 ああ、今日もあの狭いベッドで眠るのか……ヴィクトリアは部屋に鎮座するベッドを見て、少しため息をついた。


(いえ、今日は集中して寝ましょう。明日に備えなければ……。)


 その日の夜のうちに、すべてはヴィクトリアの手配通りに動き出した。


 『明日、北部騎士団が倉庫街の一斉調査を敢行する』そんな噂が、夜に紛れて瞬く間に街へと流れた。そして同じ頃、噂を聞きつけたガルダリカ軍の連絡員もまた、闇の中を走っていた。



つづく


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