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女帝ヴィクトリアの契約結婚物語〜幼馴染の女帝が恋愛を業務処理するので、年下騎士副団長は契約結婚して最後まで隣にいることにしました〜  作者: ななめ尚央
第一章 恋愛なしの契約結婚

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第4話:新婚旅行という言葉の意味は



 ヴィクトリアは、また寝不足であった。しかし、寝不足など微塵も感じさせない態度で、アドルシュタイン家の朝食の席へ合流する。


 すでに朝の訓練が終わったカシアンと、アドルシュタイン家の面々は、席についていた。


「カシアンくん。君が、うちの婿になってくれて嬉しいよ。」

 父は、まだ娘の結婚式の余韻を引きずっているのか、少し涙目になりながら話す。


「……わたしは、認めてないぞ。カシアン。」


 同じ騎士団に籍を置き、任務を共にしてきた同僚だからこそ、イザベラは誰よりもカシアンを熟知していた。カシアンが、どれほど優秀で、かつ油断ならない男であるかを。


 清々しい朝の空気に、それはあまりにも不釣り合いだった。今にも、決闘を申し込みかねないほどの気迫で、イザベラはカシアンを睨みつける。そんな二人に動じることなく、エレナは紅茶を一口飲んだ。


「結局、同じ部屋になさったのですね。ヴィクトリアお姉様。立派な客間を用意させていましたのに。」


「そ…そうなのか……いや、でも夫婦仲が良いのはいいことだよなあ!」

 一瞬、大男が一回り小さくなったように見えたが、父は気を取り直し豪快に笑った。


「同じ部屋だと…カシアン!やはり、貴様。昔から、ヴィクトリア姉さ……。」

「イザベラお姉さま。」

 イザベラの言葉を制止し、エレナは無表情に、いつもの調子で告げる。


「ヴィクトリアお姉さま。昨夜は、よく眠れましたか?いつものお姉様と比べると10%ほど、目の下に疲労が見えています。」


「問題ありません。」

 できるだけ平静を装いヴィクトリアは、一言だけ返した。


 カシアンは、そんな幼馴染たちのいつも通りの賑やかな会話を、慣れた様子で、ただ見守っていた。




******




 結婚式から数日後。


 アドルシュタイン侯爵邸、会議室。

 重厚な円卓を囲む領政の重鎮たちの間に、困惑と反対のざわめきが広がっていた。


「……北方への新婚旅行、でございますか? ヴィクトリア様。」


 不満げな声を上げたのは、長年領内の財務を預かる家臣の一人だった。


「結婚式から、まだ数日です。しかも、国境情勢は不安定。侯爵家当主が自ら赴くには、危険が大きすぎます。」


 居並ぶ重臣たちや、騎士団の代表者も一斉に頷く。彼らにとっても、この結婚は政略的な手続きであり、わざわざ危険な国境へ足を運ぶなど。……とても正気の沙汰とは思えなかった。だが、円卓の上座に座るヴィクトリアは、眉一つ動かさずに手元の書類をめくった。


「では、お聞きします。現在の北方の動きをご存じの上で、発言していらっしゃるのですか。」


 冷徹な声が響き、会議室の空気がピリッと凍りつく。ヴィクトリアは、細い指先で一冊の帳簿を重臣たちの前で滑らせた。


「これは直近三ヶ月における、北方港町の『関税』および『商業税』の報告書です。……何か気づきませんか?」


 財務を預かるベテランの家臣が、怪訝そうに帳簿を開く。


「……はて。何か問題でも?税収自体は『例年通りの横ばい』です。国境地帯としては、極めて平穏に推移していると見受けられますが……。」


 ヴィクトリアの唇が、冷ややかに弧を描いた。


「いいですか。我がアドルシュタインの諜報網。および国境検問所の記録によれば、ここ数ヶ月で北方へ流入した『旅人』の数は、前年より増加しています。そして、現地の宿屋の稼働率は、連日ほぼ満室。……ここまでは、よろしいですか?」


「は、はい。それは、ガルダリカの凶作問題があり、飢饉を恐れた旅人が活発に行き来しているからでは……」


「だとしたら、なぜ税収が『横ばい』のままなのです?」

 ヴィクトリアは、逃げ道を塞ぐように淡々と言葉を紡ぐ。


「旅人が増えれば、本来は市場の売上も増加する。それが横ばいということは、少なくとも彼らは、通常の旅人のようには行動していません。」


 重臣たちが、ハッと息を呑んだ。


 ヴィクトリアが指摘しているのは、治安の悪化ではない。整合性が取れていないという、不自然な経済の歪みだった。


「大量の人間が流入しているのに、経済が動いていない。この矛盾を、ただの平穏として片付けるのは、いかがなものでしょうか。」


 先ほどまで反対していた家臣たちが、冷や汗を流して俯く。


「目的は私にも、まだ分かりません。だから、視察へ行きます。答えは、机の上ではなく国境にあるのでしょう。」


 ヴィクトリアは、円卓の隅で静かに控えていた夫、カシアンへと視線を向けた。


「幸いにして、私たちは『新婚夫婦』です。視察団を引き連れていけば、それこそ誤魔化している者たちに、警戒の機会を与えるだけ。新婚旅行の名目で、夫婦二人、隠密に現地へ赴くのが、最も自然な行動となります。そうでしょう、北部騎士団副団長?」


 話を振られたカシアンは、いかにも「やれやれ」といった風に肩をすくめて見せた。例え危険だと反対しても、女帝の時の彼女の意思は固い。カシアンの瞳の奥には、諦めが見えた。


「少数の潜入騎士を連れて、妻の護衛は俺が付く。それで、十分だ。」


 史上最年少で、北部騎士団副団長の座まで上り詰めた男――カシアン・ヴァラド。北の城壁と恐れられる、その実力を知らない者は、この領土には存在しなかった。重臣たちは、もはや言葉を返すことができなかった。


「方針は決まりましたね。」

ヴィクトリアは毅然と言い放ち、席を立った。


「これより、北方港町への新婚旅行の準備を始めます。……皆様。私が戻るまでに、他の帳簿に同様の歪みがないか、精査しておいてください。」


 ヴィクトリアは、重臣たちを見回した。


「……では、解散します。」

 ヴィクトリアとカシアンは、凍りつく家臣たちを横目に早々に会議を切り上げた。


 廊下に出たカシアンは、ヴィクトリアに声をかける。


「おまえは、本当に無茶を言う。」

「無茶ですか?あなたにとって、私の護衛が無謀な事とは思いません。」


 ヴィクトリアは、カシアンの半歩先を歩きながら淡々と答えた。



*******



 会議室の扉が閉まったが、しばらく誰も口を開かなかった。


「けっきょく、財務調査と国境視察に行かれるのですな。」

「我々がよく知る新婚旅行とは、違うようです。」


「ヴィクトリア様ですからな。」


 アドルシュタイン家の家臣たちは、しばらく新婚旅行について考えていた。



つづく


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