第12話:一人で背負うことはないんだぞ
急報から程なくして、北部騎士団詰所には、主要な指揮官たちが集められた。会議室の中央には、北方一帯の地図が大きく広げられている。
「状況を報告しろ。」
ガレス団長の低い声が室内に響いた。
「国境砦オルグランが、ガルダリカ軍の襲撃を受けました。現在も激しい交戦が続いております。」
報告を聞き終えても、ガレス団長が動じる事はなかった。王都へ出向している時の軍議で、すでに予測されていた事態の範疇だったからだ。
「王都からは、緊急時における北方防衛権限を、我が騎士団へ全面委任すると聞いている。」
ガレス団長は、全員へ告げた。
「今から、私が指揮をとる。」
室内に張り詰めた緊張が走る。
ついに、ガルダリカとの防衛戦が始まったのだ。
ガレス団長は、厳しい視線を地図へと落とした。
「国境砦が持ちこたえている間に、こちらも即座に迎撃部隊を展開する。」
ガレスは迷いなく、命を下した。
「カシアン。」
「はい。」
「第一騎士隊を率いろ。現地の指揮は、お前に一任する。」
「はい。」
「イザベラ」
「団長、任せろ。」
「第二騎士隊を任せる。敵の突破を絶対に許すな。」
イザベラは、獰猛な笑みを浮かべ、不敵に頷いた。
そして、最後に、ガレス団長は、ヴィクトリアへと視線を向けた。
「アドルシュタイン侯爵閣下。」
「承知しております。」
ヴィクトリアは、いつもの冷静な女帝の声で応じた。
「兵站と領民の保護をお願い致します。」
「ええ、お任せください。」
ヴィクトリアは静かに頷いた。戦争が始まれば、勝敗を決めるのは前線の剣だけではない。食料の確保、輸送路の維持、そして領民の迅速な避難。それら北方領全体を回す圧倒的な維持力があってこそ、騎士たちは戦えるのだ。これこそが、ヴィクトリアの戦場だった。
「そして、先生。」
ガレス団長が、ヴィクトリアの父へ視線を向けた。
「領都防衛の指揮をお願いしたい。」
父は一瞬だけ目を閉じ、小さく答えた。
「承知した。」
父の鋭い視線には、騎士団長であった頃の面影が残っていた。
ガレス団長は、並び立つ全員を見渡した。
「国王陛下は、この北方の地を我々に託された。」
それは、静かに重みを持つ声だった。いつもの陽気な団長の姿は、そこにはなかった。
「アドルシュタイン領を守るぞ。では、明け方より作戦を開始する。」
その言葉だけで、十分だった。
誰一人として異論を唱える者はいない。
アドルシュタインの命運を賭けた軍議は、わずか数分で終了した。
*******
軍議が終わった後。珍しくヴィクトリアは、父の書斎へ呼び出された。
「お父様、どうしましたか。」
「まあ、座りなさい。」
ヴィクトリアは、促されるままに父の真正面に座った。
「ヴィクトリア、大丈夫か?結婚したばかりの夫が、出兵するなんて辛いだろう。」
「契約結婚ですから。」
そう言いながら、わずかにヴィクトリアが、視線を下にした事を父は見逃さなかった。
「それに、アドルシュタインを守るためには、致し方のないことです。」
ヴィクトリアは、気をとりなおし、はっきりと言った。娘の頑なな様子に、父は少し笑った。
「おまえは、母親に似てるな。ヴィクトリア、人を頼ることは弱さではないんだよ。」
父は、真っ直ぐヴィクトリアを見た。娘が、責任感で今まで走り続けてきたことを心配していた。信頼のおける相手に肩の荷を分け与えてもいい、そう……伝えたかった。
「おまえが全て一人で背負うことは、ないんだよ。」
「私は、アドルシュタイン家の当主です。お父様。」
ヴィクトリアは、父の言葉に反発した。今まで、母が亡くなってから、アドルシュタイン家を維持してきたのは自分だ。
(……なぜ、お父様はそんな事を言うのですか。)
父はヴィクトリアの様子に、少しだけ申し訳なさそうに言った。
「……そうか、だがな。おまえは、私の娘でもあるんだぞ。」
ヴィクトリアは、メイドに注がれた紅茶を飲もうとしたが、その手は僅かに震える。父に悟られたくなくて、ヴィクトリアは、カップを持つのをやめた。
「ヴィクトリア。カシアンくんを、ちゃんと見るんだよ。」
父は、心配そうにヴィクトリアを見ていた。ヴィクトリアは、その視線に気づくと、急いで立ち上がった。これ以上、このどうしようもない胸の内を揺さぶられたくなかった。
「業務があるので、失礼致します。お父様。」
ヴィクトリアは、父の言葉には返事を返さず、書斎を後にした。執務室へ戻る道中、出撃準備に追われ、慌ただしく密議を交わすイザベラとカシアンの姿を見かけた。ヴィクトリアは、気づかれないようにカシアンを見ていた。そして、無意識にあの雪の日の空の棺を思い出す。
空の棺。
雪の日。
帰って来なかった母。
(……生死すら、分からない状況になるかもしれない。)
そう考えると声をかけることすら躊躇し、ヴィクトリアは、ただ通り過ぎた。
(北方を守るためには、致し方ないこと。しかし⋯⋯)
胸の内の得体の知れない焦燥感。
もやもやとした感情を、ヴィクトリアは上手く捌けずにいた。
つづく




