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女帝ヴィクトリアの契約結婚物語〜幼馴染の女帝が恋愛を業務処理するので、年下騎士副団長は契約結婚して最後まで隣にいることにしました〜  作者: ななめ尚央
第三章 迷いだらけの戦支度

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第11話:始まりましたね



 翌朝、遠く灰色の空の下に見慣れた岩山が姿を現した。切り立った断崖に抱かれるように築かれたアドルシュタイン城は、王都の華やかな城とは似ても似つかない。雪の降り続く街道を進み、一行は北方アドルシュタイン領へと帰還した。


 父がいて。

 妹たちがいて。

 騎士団がいて。

 領民たちの暮らしがある。


 ヴィクトリアにとってこの城は、領地の中心である以上に自分たちの帰る場所だった。


「……帰ってきましたね。」と、ヴィクトリアが誰へともなく呟いたその言葉は、吐く息とともに白く空へ溶けていった。


 アドルシュタイン城へ到着すると、カシアンは解散の号令をかけた。




******



 身なりを整えた二人は、アドルシュタイン家の夕食の席に着いた。


「おかえり、二人とも。王都への旅路は、大変だっただろう。」


 無事にアドルシュタインの屋敷へ帰着した二人を、父は温かい声で迎えた。二人の無事な姿をその目で確認できたことで、父の表情には、隠しきれない安堵の色が浮かんでいた。


「帰ったのか。姉様、無事でよかった。」


 イザベラは、カシアンを一瞬視界に入れたが存在しないものとして、ヴィクトリアへ視線を向けた。カシアンは、「いつもの事だな」と、気にする素振りを見せない。


「お義兄さま、ヴィクトリアお姉さま。長い旅路、ご苦労様でした。いろいろと楽しい旅行となりましたか?」


 緊迫した空気を無視し、エレナは緊張感のない朗らかな声で話した。


「……公務に出かけていただけです。」


 答えている間、昨夜、宿屋でカシアンに触れられた足が熱をもったような気がした。しかし、ヴィクトリアは、すぐに「気の迷いですね。」と切り捨てた。


「夫婦での旅行ですものね。」

 エレナは、姉の妙な空気を察するが、表情を変えることなく悪戯っぽく言った。


「……カシアン、貴様。公務だろ。姉さまに変なことをしていないだろうな。」


 エレナの言葉に反応し、イザベラが声を荒げた。彼女が持っていたフォークは、バッキリと真っ二つに折れている。


「……お前は、俺を何だと思ってる。」

 カシアンは、いつものイザベラに呆れながら言葉を返した。


「姉さまを狙う狼。」

 イザベラが間髪入れずにそう指摘すると、カシアンは眉をピクリと動かして言い返した。


「北部騎士団、副団長だ。」


「二人とも、落ち着きなさい。」

 幼い頃から、二人を教え育ててきた父が、静止する。アドルシュタイン家では、とても見慣れた光景であった。



 ……父は、二人を鎮めると重い口を開いた。


「カシアンくん。ガレス団長も、王都から帰還したそうじゃないか。戦争になりそうなのかい?」


 父は、最愛の妻である母が亡くなってからは第一線を退き、北部騎士団の指導役として、後進の育成にあたっている。けれど、それ以前は長年にわたって騎士団長を務め、この北方の地を守り続けてきた騎士だ。


 王都の不穏な動向。家族や領民たちを守る騎士団の行方が、気にならないはずがなかった。父は、隠しきれない不安を瞳に宿していた。そして、前線の指揮を執る事となるであろう、カシアンへと視線を向けた。


「はい。その可能性は高そうです。」

 カシアンは、短く答える。


「カシアンくんは、本格的な戦場は初めてだろう?」

「はい。小規模の防衛戦は経験がありますが……。我が国が戦争をしていた時は、俺は幼かったですから。」


「きみの父親は、寡黙で立派な男だったなあ……。」

 過去の同僚に思いを馳せ、父は、少しせつなそうにカシアンを見た。


「仮に戦場に出る事となっても、父の教えと先生の教えを無駄にはしません。」

 カシアンは、まっすぐヴィクトリアの父を見た。


「いい男になったな。カシアンくん。」


「……お父様。まだ、確定事項では、ありません。今は、静かに領土を守り、王国の動向を見守るしかありません。」

 二人の会話を黙って聞いていたが、胸の奥がざわつき、ヴィクトリアは会話を終わらせようとした。


「心配しなくていい。姉様の夫は、私が守ってやる。」

 イザベラは、しっかりとヴィクトリアを見た。


「余計なお世話だ。」

 カシアンは、心底うんざりした様子を見せた。


「戦争で、剣を交えるなんて。外交と経済のロジックが破綻した結果ですわ。勝っても負けても、ただの資源の浪費です。」


 エレナは、そう言うと、冷めた紅茶を一口ゆっくりと飲んだ。




******




 それから、数日後。

 アドルシュタイン家の朝食が終わりに差しかかった、その時だった。突如として、屋敷の外から激しい馬の足音が響き渡った。


 ダッ、ダッ、ダッ、ダッ……!雪を猛烈に蹴散らしながら駆けてきた騎馬が、中庭で荒々しく急停止する。その不穏な響きに、アドルシュタイン家の食堂の空気が、張り詰める。


「騒がしいですね。」

 ヴィクトリアは、静かに告げた。


 カシアンが鋭い眼光で顔を上げる。父の表情が険しく強張り、イザベラは無意識のうちに、剣の柄へと手を添えていた。次の瞬間、執事により案内された騎士が、食堂へ飛び込んできた。


「失礼致します。急報ですっ!!」


 室内に飛び込んできたのは、全身雪まみれになった伝令兵だった。肩を激しく上下させ、冷たい息を荒く吐き出すその姿は、ただ事ではないと誰もが悟った。


「国境砦オルグランが、襲撃を受けました……!」


 室内が、静寂に包まれる。


「敵軍の軍旗を確認!ガルダリカ軍です!」


 伝令兵の震える叫びが、先ほどまでの穏やかな朝を切り裂いた。魔石暖炉がパチリと爆ぜる音だけが、やけに大きく響く。


「砦は現在、交戦中! 至急、北部騎士団への増援要請が出ております。」

 

 騎士は、床へ膝をついた。その報告を聞き届けた瞬間に、カシアンが静かに立ち上がった。……次いで、父も、イザベラも。


 誰もが理解していた。


 王都の軍事会議で語られていた最悪の予測が、今、現実になったのだと。


「……ご苦労様でしたね。ゆっくり休んでください。」

 ヴィクトリアは、疲労困憊の伝令兵を労った。



「……始まりましたね。」



 ヴィクトリアの掠れた呟きは、誰の耳にも届かない。北方を揺るがす戦が、ついに幕を開けたのであった。



つづく

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