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千年後の勇者召喚で再会した初恋の少女、だが本当に世界を救ったのは俺だった  作者: 暁牡丹


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第32話 ズレ



# ■第32話 ズレ


 静かだった。


 音がないわけじゃない。

 足音はあるし、結晶の光も揺れている。


 けれど。


 そのどれもが、どこか遠い。


 三人は、同じ通路を歩いていた。

 さっきと同じように。

 何も変わらない顔をして。


 違うのは、ひとつだけ。


 距離だった。


 近すぎず、遠すぎず。

 意識して調整しているみたいに、微妙な間が保たれている。


 誰もそれを口にしない。


 でも。


 全員が分かっている。


「さっきより静かだな」


 ヤスナが、ぽつりと呟いた。


 気軽な声音。

 深い意味なんてないように聞こえる。


 トバリは前を向いたまま答える。


「元からだ」


 短い。


 それ以上続ける気はない、という切り方。


 唯愛は少しだけ視線を上げた。


 静か。


 確かにそうだ。


 でも、それは“いつも通りの静かさ”じゃない。


「……静かっていうか」


 言いかける。


 言葉を探す。


 でも、上手く見つからない。


 違う。

 何かが違う。


 それだけが先にあって、その先が出てこない。


 唯愛は小さく息を吐いた。


 足を、ほんの少しだけ前に出す。


 距離が、わずかに縮まる。


 その瞬間だった。


「……あ」


 思わず声が漏れる。


 胸が、軽くなる。


 さっきまで、わずかに引っかかっていた呼吸が、自然に整う。

 思考の奥にあったノイズが、すっと消える。


 ただ、それだけ。


 それだけなのに。


 あまりにもはっきりしていた。


 トバリの肩が、ほんのわずかに動く。


 気づいている。


 何も言わないまま。


 唯愛は、自分の手を見た。


 何も変わっていない。

 指先も、呼吸も、いつも通り。


 でも、さっきとは違う。


「……近い方が、楽」


 小さく呟く。


 独り言みたいに。


 でも、それは確かに二人に届く距離だった。


 少しだけ、間が空く。


 トバリは、視線を前に向けたまま言った。


「……気のせいだ」


 淡々と。


 変わらない調子で。


 でも。


 その否定は、さっきよりも軽い。


 唯愛はすぐに返す。


「さっきもそう言ってた」


 自分でも驚くくらい、自然に出た。


 責めるつもりはない。

 ただ、事実を重ねただけ。


 トバリは一瞬だけ黙る。


 それから。


「……偶然だ」


 短く言う。


 言い方が雑だった。


 言葉を選んでいない。


 それだけで、十分だった。


(……やっぱり)


 胸の奥で、何かが固まり始める。


 唯愛は、少しだけ顔を上げた。


「じゃあ、試す?」


 自分でも、何を言っているのか分からない。


 でも。


 言わずにはいられなかった。


 トバリの足が、ぴたりと止まる。


「やめろ」


 即答だった。


 間を置かず。


 考えるより先に出たみたいに。


 唯愛は一瞬、息を止めた。


「なんで」


 短く問う。


 逃げ場を作らない言い方。


 トバリは、答えない。


 ほんのわずかな沈黙。


 それから。


「……意味がない」


 そう言った。


 理由になっていない。


 それくらい、分かる。


 唯愛は、小さく言う。


「あるでしょ」


 強くもない。

 弱くもない。


 ただ、そこに置くみたいに。


 空気が、少しだけ重くなる。


 ヤスナが、くすりと笑った。


「やればいいじゃん」


 軽い。


 場を壊すみたいに、あっさり。


「黙ってろ」


 トバリの声が、少しだけ強くなる。


 さっきより、はっきりと。


 ヤスナは肩をすくめた。


「どうせ分かるんだし」


 その言い方が、妙に引っかかる。


 唯愛は、視線を向けた。


 ヤスナは壁にもたれたまま、こちらを見ている。


 いつもの、どこか軽い表情。


 でも、その奥は。


 全部分かっている顔だった。


 少しだけ間を置いて。


 ヤスナは言う。


「それ、混ざってるよ」


 あまりにも、あっさりと。


 説明もなく。


 でも。


 それだけで、十分だった。


 空気が、止まる。


 唯愛は、言葉を失った。


 混ざってる。


 その言葉だけが、頭の中で反響する。


「……混ざってるって、何が」


 ようやく、絞り出す。


 声が少しだけ震える。


 ヤスナは笑わない。


「そのまんま」


 それだけ。


 何も足さない。


 何も引かない。


 トバリの声が、低く落ちる。


「やめろ」


 今度は、はっきりとした拒絶だった。


 さっきよりも強い。


 ヤスナは軽く息を吐く。


「もう分かってるだろ?」


 静かに言う。


 押しつけるわけでもなく。

 ただ、確認するみたいに。


 唯愛は、何も言えなかった。


 分かっている。


 分かり始めている。


 でも。


 それを言葉にした瞬間、何かが決定的になる気がして。


 怖い。


 怖いのに。


 逃げきれない。


「……私が、おかしいの?」


 気づけば、そう聞いていた。


 自分でも驚くくらい、自然に。


 トバリは、すぐに答えた。


「違う」


 即答だった。


 間を挟まず。


 迷いもなく。


 それだけは、はっきりしているみたいに。


 唯愛は一歩踏み込む。


「じゃあ何」


 逃がさない。


 でも、責めるでもない。


 ただ、知りたいだけ。


 トバリは答えない。


 沈黙が落ちる。


 長くはない。


 でも、十分すぎる。


 それだけで。


 分かってしまう。


(……言えないんだ)


 否定しない。


 でも、肯定もしない。


 その態度が、何よりも答えだった。


 唯愛は、ゆっくり息を吐いた。


 少しだけ距離が近い。


 その状態を、無意識に維持している。


 離れようと思えば離れられる。


 でも、離れない。


 その理由も、もう分かる。


(近いと、普通)


 呼吸が合う。

 思考がぶれない。


(離れると、ズレる)


 さっき、体験したばかりだ。


 それが偶然じゃないことも。


 もう分かっている。


 ヤスナが、ぼそりと呟いた。


「不便だね、それ」


 軽い声。


 でも、その言葉は妙に現実的だった。


 唯愛は小さく笑いそうになる。


 不便。


 確かにそうだ。


 こんな状態。


 普通じゃない。


 おかしい。


 でも。


(……嫌じゃない)


 その感覚が、胸の奥に残る。


 気持ち悪いはずなのに。


 拒絶すべきはずなのに。


 どこかで、納得している。


 それが一番、厄介だった。


 唯愛は、ゆっくりと口を開く。


「……これ、私だけじゃないよね」


 確認するみたいに。


 小さく。


 でも、確かに。


 トバリは答えない。


 否定しない。


 それだけで、十分だった。


(やっぱり)


 胸の奥で、何かが静かに形になる。


 まだ名前はつけられない。


 でも。


 もう分かる。


 これは、自分だけじゃない。


 自分の中だけの問題じゃない。


 もっと別のところで、繋がっている。


 その感覚が、はっきりしてくる。


 トバリは、やっぱり前を向いたままだ。


 視線を合わせない。


 何も言わない。


 でも。


 距離だけは、崩さない。


 離れすぎないように。

 近づきすぎないように。


 その微妙な位置を、ずっと維持している。


 それが、答えだった。


 唯愛は小さく息を吐く。


 もう、分かってしまったから。


 見ないふりはできない。


 でも。


 まだ言えない。


 言葉にした瞬間、何かが壊れる気がする。


 だから。


 今はまだ、このままでいい。


 分かっている状態のまま。


 曖昧なまま。


 その距離を、保ったまま。


 三人は、また歩き出す。


 結晶の光が、静かに揺れる。


 足音が、重なる。


 さっきよりも、少しだけ近い距離で。


 それが、今の“正しい位置”みたいに。


 誰も何も言わない。


 でも。


 全部、分かっている。


 そんな沈黙が、三人の間に落ちていた。


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