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千年後の勇者召喚で再会した初恋の少女、だが本当に世界を救ったのは俺だった  作者: 暁牡丹


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第26話 観測者



# 第26話 観測者


 呼吸が、まだ残っていた。


 揃っていたはずのリズム。

 わずかにずらしたはずの間。


 それでも。


 完全には離れきらない。


 唯愛は歩きながら、意識して呼吸を崩す。


 速く。


 遅く。


 不規則に。


 それでも――どこかで重なる。


 完全には、外れない。


 それが、気持ち悪い。


 隣を見ないようにする。


 トバリがいる。


 分かっている。


 でも、見ない。


 見ればまた、揃う気がした。


 ヤスナが、前を歩いている。


 少しだけ先。


 振り返らない。


 でも、見ている。


 そんな気配があった。


 やがて。


 通路が、細くなる。


 人一人分の幅。


 並べない。


 自然と。


 順番が決まる。


 ヤスナ。


 トバリ。


 唯愛。


 距離が、できる。


 はずだった。


 ――なのに。


 消えない。


 近いまま。


 背中越しでも分かる。


 呼吸。


 体温。


 位置。


 全部が、そこにある。


 離れているのに。


 離れていない。


 唯愛は、目を閉じた。


 やめて。


 そう思っても。


 止まらない。


 通路を抜ける。


 少し広い場所に出る。


 石の床。


 何もない空間。


「……ここでいい」


 ヤスナが言う。


 立ち止まる。


 振り返る。


 初めて。


 まっすぐに。


 唯愛を見る。


 その視線に、唯愛はわずかに息を詰めた。


 軽い顔をしている。


 いつも通り。


 なのに。


 逃げ場がない。


「ちょっと来い」


 顎で示される。


 拒否する理由は、ない。


 でも。


 行きたくない。


 それでも。


 足が動く。


 トバリが、何も言わない。


 止めない。


 それが、逆に怖い。


 唯愛はヤスナの前に立つ。


 少し距離を取る。


 無意識に。


 ほんの、少しだけ。


 その距離を見て、ヤスナが笑う。


「そこ、なんだな」


「……何が」


「距離」


 軽く言う。


 でも。


 それが、核心だった。


 唯愛は何も返せない。


 言葉が出ない。


 ヤスナは壁にもたれかかる。


 腕を組む。


 じっと、唯愛を見る。


 観察するみたいに。


「なあ」


 ぽつりと、言う。


「お前さ」


 間を置く。


 わざと。


 引き延ばす。


 逃げ場をなくすみたいに。


「……戻ってるぞ」


 静かに、落とす。


 唯愛は、固まった。


 戻る。


 その言葉が、重い。


「……は?」


 ようやく出た声は、薄い。


 意味が分からないふり。


 分かりたくないだけ。


 ヤスナは肩をすくめる。


「分かってんだろ」


 軽い声。


 でも。


 目は笑っていない。


「さっきのも、今のも」


 顎でトバリを指す。


「全部」


 唯愛の喉が詰まる。


 言葉が出ない。


 出したくない。


 でも。


 否定できない。


 ヤスナが続ける。


「それ、“お前のもんじゃねぇ”だろ」


 はっきりと言う。


 逃げ場を、削る。


 唯愛は、唇を噛む。


 痛い。


 でも。


 その痛みでさえ、現実に繋がらない。


 頭の奥で、別の何かが静かに動いている。


「……違う」


 弱い声。


 否定になっていない。


 ヤスナは首を傾ける。


「違う、ね」


 繰り返す。


 味わうみたいに。


「じゃあ聞くけど」


 少しだけ、前に出る。


 距離が詰まる。


 圧が、増す。


「なんで分かるんだよ」


 短い問い。


 鋭い。


「距離も」


「呼吸も」


「タイミングも」


 一つずつ。


 重ねる。


「全部」


 止める。


 唯愛の目を見る。


「説明できるか?」


 できない。


 そんなの。


 できるわけがない。


 唯愛は、目を逸らす。


 逃げるみたいに。


「……できない」


 小さく、答える。


 それしかない。


 ヤスナは、少しだけ満足そうに息を吐く。


「だよな」


 軽く言う。


「それ、記憶じゃねぇ」


 続ける。


 静かに。


「もっと下のやつだ」


 唯愛の心臓が、強く鳴る。


 下。


 その言葉が、妙に引っかかる。


「癖とか」


「習慣とか」


「そういうレベルでもない」


 少しだけ、目を細める。


「もっと根っこだ」


 言い切る。


 断定。


 逃げ場が、消える。


「……何が言いたいの」


 唯愛の声が震える。


 聞きたくない。


 でも。


 聞かなきゃいけない気がする。


 ヤスナは、少しだけ笑う。


「簡単だろ」


 軽く言う。


 でも。


 その目は、逃がさない。


「混ざってる」


 一言。


 それだけ。


 なのに。


 重い。


 言葉が、落ちる。


 唯愛の中に。


 沈む。


 広がる。


 混ざる。


 それが。


 あまりにも、しっくりくる。


「……違う」


 また、出る。


 弱い否定。


 もう、力がない。


 ヤスナは肩をすくめる。


「まあ、そう言うしかないよな」


 あっさり。


 否定を否定しない。


 でも、受け入れもしない。


 ただ。


 事実だけが、そこにある。


「でもな」


 少しだけ、声を落とす。


「それ、止まらねぇぞ」


 静かに言う。


 断定。


 未来を、決めるみたいに。


 唯愛の息が止まる。


「……止めないと」


 絞り出す。


 そうしないと。


 自分が、自分じゃなくなる。


 ヤスナは首を振る。


「止めるも何もねぇよ」


 軽く言う。


「もう始まってる」


 それだけ。


 それで十分だった。


 唯愛は、言葉を失う。


 逃げ場が、ない。


 全部。


 分かってしまう。


 トバリが、少し離れた場所で立っている。


 何も言わない。


 でも。


 聞いている。


 全部。


 分かっている。


 その前提で、そこにいる。


 それが、一番怖い。


 ヤスナが、最後に言う。


「安心しろよ」


 軽く笑う。


「完全に消えるには、まだ時間ある」


 冗談みたいに。


 でも。


 冗談じゃない。


 唯愛の背筋が冷える。


 消える。


 その言葉が、刺さる。


「……帰るぞ」


 ヤスナが背を向ける。


 歩き出す。


 話は終わり。


 それだけ。


 トバリも、動く。


 唯愛も、遅れて歩き出す。


 そして。


 また。


 隣に並ぶ。


 自然に。


 当たり前みたいに。


 もう。


 止められない。


 分かってしまったから。


 これは。


 偶然じゃない。


 間違いでもない。


 進行しているもの。


 変化しているもの。


 それを。


 認めてしまったから。


 唯愛は、前を向いたまま小さく呟く。


「……止まらない」


 それは。


 諦めじゃない。


 確認だった。


 現実の。


 静かな、確認。


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