90.お茶会 ⑧ 画号
ゆっくりとこちらに向かって歩いて来る北斎。
何を言われるのかと緊張する。
が、北斎は私の横をスッと通り過ぎた。
振り返った先には。
「名を改める気はねぇかい?」
北斎は治兵衛さんの前で足を止めて、そう言った。
柏文さんと話していたと思っていたのに、いつの間にか春蝶さんと二人で部屋の隅でお茶菓子を手にしていた。
突然の北斎の申し出に治兵衛さんは手を止めて、周囲を見回した。
「あんたに言ってんだよ。春好斎、だったか?」
名を呼ばれた治兵衛さんはその場に固まった。
「それってつまり……」
代わりに春蝶さんが北斎を見つめて問う。
「未だに北斎って呼ばれるからよ、その『北』の字を取って『北洲』ってのはどうだい?」
画号を与えるってことは、つまり北斎は治兵衛さんを弟子にするって言ってるの?
その場の全員が北斎と治兵衛さんを固唾を飲んで見つめていた。
「……すんまへん」
しばらく固まっていた治兵衛さんが漸く口を開いた。
けれど、出て来たのは謝罪の言葉だった。
「春好斎って名は俺にとって特別な物なんです。先生のことは憧れとりますし、尊敬もしとりますが……俺は一生、松好斎半兵衛の門人です」
治兵衛さんはそう言って頭を下げた。
隣で春蝶さんが「馬ッ……」と言いかけて慌てて口を閉じながらも治兵衛さんを肘で小突いた。
「……そうか。断られるとは思わなかったな」
北斎はそう言って気まずそうに頭を掻いた。
「急なお話で戸惑っとるだけでっしゃろ。このお話はもう少し落ち着いてからまた改めてってのは……?」
少し離れたところにいた柏文さんが慌てて揉み手をしながら北斎の前に飛び出した。
「せやっ。こないな有難い申し出、無下にするやなんて、あり得へんやろっ」
本清さんが声を上げると、春蝶さんが無言で大きく何度も頷いた。
「実のところを言うと、『北斎漫画』を広めるために江戸を出て来てよ。ここにも版元が来るってぇ聞いて、あわよくばっていう下心もあった。ここで弟子を取ろうってぇのも、それゆえだ。でもよ。この絵が見事だってぇのは本心だし、俺の『北』の字を与えたいってぇのも下心抜きの本心だ」
そこで北斎は治兵衛さんの肩にぽん、と手を置いた。
「だからよ、この話。もう少しだけ考えてみちゃくれねぇか?」
北斎のその言葉に治兵衛さんは短く「はい」と頷いた。
あの北斎に認められるなんて、治兵衛さんは凄い。
と、思うのと同時に、北斎と富士山を描くのは私かも、と思っていた自分が恥ずかしくなった。
元の時代でも画家だった訳でもなく、ネットでバズったことさえないのに。
中学・高校と美術部員だっただけで、何かのコンクールで賞を取ったこともないのに。
どうしてそんな盛大な勘違いができたのか。
「お前ぇさんも面白ぇ絵を描くな。一体ぇ何処であんな描き方を習ったんでぇ?」
北斎の言葉に俯いていた顔を上げる。
わ、私? 北斎が私に話しかけてる?
「……あ、あれはその……がっ」
学校とは言えない。
「てっ」
かといって寺子屋と言い換えてもこの時代じゃ不自然だ。
「どっ」
独学……も無理がある。
「なんでぇ? 他人には言えねぇってか?」
私の挙動不審な様子に北斎は呆れたように腕を組んだ。
「まっ、せっかくだからよ。こっからは呑みながら話そうじゃねぇか」
言いながら北斎は私の肩に手を回し、もう一方の手で治兵衛さんを手招きした。
そこから先はお茶会ではなく、宴会になっていた。
給仕していた人達も巻き込んで、全員が酔っ払って歌ったり踊ったりしていた。
そんなカオスな状況の中、密かに私は機会を伺っていた。
生きて動いて喋ってる北斎をスマホで隠し撮りしたい。
北斎と対面して緊張してたし、絵を描くのに必死だったので、うっかり忘れるところだったけど。
懐の重みが思い出させてくれた。
北斎に近づき、誰にも気づかれないように懐からスマホを取り出して……
「なんや、その板? 新しい硯かいな?」
背後からの声に振り返ると、そこには真っ赤な顔の春蝶さんが興味津々にスマホを見ていた。
「まだ絵を描くつもりかいな? 絵なんかどこでも描けるやろが、こないな飯や酒は今しか口にでけへんでっ。ほれっ、梅吉も飲めっ」
言いながらお猪口を差し出される。
「い、いえ。私はお酒は飲めないんでっ」
「なんやて? わしの酒が飲めんやてぇ?」
目が据わってる。こ、怖い……
かなり酔っ払っている様子の春蝶さんの圧に負けて、お猪口を受け取ってしまった。
なみなみとお酒を注がれ、ちょっぴり溢れて零れる。
日本酒を飲むのは実は人生初なんだけれど。
器が小さいから一気に飲んでみた。
が、熱いものが喉を伝う感覚に思わず目を閉じる。
「お。ええ飲みっぷりやなぁ。ほな、もう一献」
言いながらお猪口にさらに酒が注がれてしまった。
「い、いや……もう、無理……」
そこで私の意識はふわふわとどこかへ飛んで行ってしまった。
けれど、ふわふわした頭で北斎ブルーと呼ばれるベロ藍のことを思い出した。
北斎が後に描くあの代表作。
富嶽三十六景はベロ藍を使った企画として描かれた。
三十六景なのにあまりの人気ぶりに最終的には四十枚を超えてたんじゃなかったっけ?
そんな話をどこかで読んで、当時は「ふぅん」くらいにしか思ってなかった。
新しい顔料の美しさを知らせるため、何が売れるか版元が考え、企画し、絵師が版元の意向に沿って描き、彫り師が形にし、摺師が色を再現する。
誰が欠けても成り立たない。
そして、上手いだけでも成り立たない。
人の心に訴えかける『何か』が全ての工程に存在しなくてはならない。
私の絵に足りなくて、治兵衛さんや北斎にあるもの。
それがその『何か』なんだ。
答えが分かったようで、でも言葉にできなくて、簡単には実践できない。
結局、分からない。
ふわふわとお酒に酔うこの感覚と似ている。
そんな気がした。




