79.試験
よく見ると、描きかけの絵にどこか見覚えがあった。
「中村歌右衛門の藤原時平や。菅原伝授手習鑑っちゅう演目に登場する役や」
以前、春蝶さんがそう説明してくれた絵。
あの時と同じ絵だった。
ただ、前に見たのは上半身だけの絵だったけど、今回は全身が描かれている。
けれど、人物しか描かれていない。
描かれているはずの牛車や背景もなければ、衣装の模様すらない。
やっぱりこれはテストだ。
背景と衣装の模様を思い出して描けるかどうか。
構図を変えているのも、あの時の絵だとすぐには分からないようにするための罠だったんだ。
それに気づけたことに自画自賛したくなったけど、グッと我慢して衣装の模様を描き始めた。
でも、その手がふと止まる。
本当にこれは単なる記憶力のテストなのかな?
治兵衛さんは私をテストするような人じゃない気もする。
単純にこの絵を仕上げるだけが目的だったんじゃないかな?
でも、「見れば分かる」という言い方が引っかかる。
しばらくの間、じっと絵を見つめてみたけど、見れば見るほど何が正解か分からなくなってしまった。
「玄斎さん、芝居小屋って今からでも行けますか?」
確か治兵衛さんもこの絵を描いた時、実際に見てみた方がいいって言ってたし。
考えても分からないなら、この目で見るしかない。
と思って、診察室で書き物をしていた玄斎さんに声を掛けたのだけど。
「芝居? 絵のためか?」
「はい。できれば『菅原伝授手習鑑』が見たいんですけど。それか中村歌右衛門という役者が出ている演目が見られれば……」
「芝居が見たいんやったら朝から行くもんや。八ツの鐘も鳴ってしもたさかい。今から行ってもほとんど見られへんで?」
八ツってことは午後三時……だよね?
そんな時間にもう終わっちゃうの?
がっかりする私に玄斎さんが溜息を吐く。
「芝居は無理やが、他の者が描いた浮世絵やったら見せてやれるで。近くに絵草子屋があるさかいな」
という訳で、玄斎さんと二人、近くの絵草子屋に来た。
店の前には数人の客がいて、どれを買おうか悩んでいる様子だった。
「中村歌右衛門の浮世絵は?」
玄斎さんが店主に聞いてくれる。
「ここにあるだけや。歌右衛門は人気があるさかい、入ってもすぐに売れてまうんで。ちなみに春好斎はんが描いたんはもうないで」
春好斎って治兵衛さんのことじゃ……?
「春好斎のはいらん。他の絵師のがええんやが」
「お? そうでっか? 春好斎が描いたんがええ言う人が多いさかい、意外やねぇ。ほなら、ちょうどええ。歌右衛門はここにある三枚だけや」
大首絵が一枚、他二枚は全身が描かれていたけど、どれも春蝶さんから聞いた藤原時平の姿とは違う。
「参考になるか?」
玄斎さんに小声で問われ、首を横に振った。
「ほなら、他に行くか?」
「他の絵草子屋行ったかて、どっこも同じやと思いますで? さっきも言いましたが、歌右衛門は人気の役者やさかい」
店主がさっさと選んで買えと言わんばかりに早口で言う。
目的の絵ではなかったけど、一応、撮っておくか。
そう思って、懐に手を伸ばす。
その様子に玄斎さんが店主の視線を逸らすように「呼んでますよ」と店の前にいた客を視線で示した。
実はここにスマホを持って来ていた。
写真で撮っておけば、わざわざ買わなくても家でじっくり見ることができる。
まだちゃんとお金を稼げていない身としては、人のお金で買い物をする気にはなれない。
このことは家を出る前に玄斎さんには話しておいた。
江戸時代に来た時にスマホで動画を撮って見せているので、写真を撮ることについても理解は早かった。
私がスマホを使うところを人に見られないように、玄斎さんが体を張って隠してくれる。
道中で電源は入れておいた。
カメラを起動して中村歌右衛門の浮世絵三点を写真に撮る。
撮り終えてふと画面の時計の表示に目が行く。
あれ? 今まだ二時?
八ツ時の鐘が鳴ったなら三時じゃないの?
おやつの語源って確か八ツから来てるって……?
そういえば、季節によって時間が変わるって言ってたけど、そのせい?
どういうこと?
「終わったか?」
小声で問われ、急いで懐にスマホをしまって「はいっ」と答える。
「なんや、買わへんのかいな?」
去ろうとすると、店主が毒づくようにボソッと呟いた。
「もう一軒見てみるか?」
「……あの、お時間大丈夫なんですか? 診察があるんじゃ……?」
つい勢いで付き合わせてしまったけど、いつもはこの時間は家で患者を診ているはずだ。
それに声をかけた時も何か筆で書いて仕事をしているっぽかったし。
「客が来れば仕事して、来なければ自由時間や。幸い今日は家に誰も来てへんかったやろ?」
確かに患者さんはいなかったけど、留守にしている間に来てるかもしれないし。
「割と自由やで? 休みがないって驚いとったが、こうしてずっと働きっぱなしって訳じゃないしな」
そう言って玄斎さんはニッと笑った。
いつも不機嫌そうな玄斎さんの笑った顔、貴重すぎる。
お松さんに見せてあげたい。
「で、どないするんや? 真っ直ぐ行けば家やし、こっちに曲がれば別の店に行けるんやけど?」
「やっぱり家に帰ります。他の絵も見てみたいけど、治兵衛さんが帰って来るまでに絵を仕上げないといけないので」
まだ答えは見つかってないけど、今が二時過ぎならそろそろ描き始めないと間に合わない。
とりあえず手元にはサンプルが三枚ある。
ここにヒントがあればいいのだけど。
家に帰ってスマホの画面をじっと見つめる。
三枚の絵をピンチインして細かい部分を拡大してみる。
どれも中村歌右衛門ではあるが、役も構図も違う。
けれど、共通しているものが一つだけあることに気づいた。
線だ。
浮世絵って絵具で塗って終わりじゃない。
版画なんだ。
そんな当たり前のことを今更のように実感する。
絵は山のように描いて来た。
でも版画は小学校の図工の時間にやったことがあるくらいで、美術部ではやったことはない。
だから忘れていた。
版画は下絵を描いて、それを木の板に写し取り、木を彫るという工程がある。
色が増えれば、その分だけ版木も増える。
一枚の絵のために何枚もの板を彫る。
だから下絵も彫りやすく、刷りやすく描かなきゃいけない。
完成図を想像して下絵を作らなくてはならない。
次の工程がある。
それを意識した線を描く。
あ。
会社で言われていたのもこのことだったんだ。
「次の部署のことまで考えろ」
「もっと早く終わらせろ」
「付箋くらい付けなさい」
そんな先輩の言葉が、今になって胸に刺さる。
私はずっと自分が担当する仕事だけを終わらせればいいと思っていた。
でも仕事は私で終わりじゃなかった。
次の工程がある。
リレーと一緒だ。
ちゃんとバトンを渡さないと、次の人は走りだせない。
だから、下絵は整理した線を描く必要がある。
鉛筆スケッチのように線を重ねるのは論外だ。
迷いなく彫れるように、輪郭線をきちんと描く。
浮世絵師は絵描きであり、設計者でもあるんだ。
そういう絵は描いて来なかった。
ただ絵を描く。
見たままの風景を紙の上で再現する。
それが私の絵だった。
改めて写真を見つめる。
版画とは思えない、肉筆画のような線。
絵師の技術もだけど、彫師の技術も凄い。
浮世絵、奥が深すぎる。




