78.企み
「お茶会開くん? どこで? 誰が来るん?」
お松さんが矢継ぎ早に問うと、お綾さんはキッと睨みつけた。
「あんたは招待してへんさかい、もう帰ってええで。なんでウメ様と一緒におるんやっ」
「ウメ様にお綾ちゃんに何か作りたいって相談されたからや。布貰いに来た時に言うたやろ? それもあたしと一緒に作ったんやで? 作ってそのまんま一緒に来たって訳や。せやから、あたしにも感謝してくれてええんやで?」
「ウメ様と一緒に……? あんたは針は苦手やったやろっ。ウメ様、なんであたしに相談してくれへんかったん? あたしは呉服屋の娘やで? 針くらい使えるで?」
お松さんへの態度とは打って変わって、瞬きしながら可愛い声になる。
「そ、それは……お綾さんに贈る物なのに、お綾さんに聞くわけにはいかないでしょう? サプ……驚かせたかったので、お松さんに相談したんです」
うっかりサプライズと言いそうになって、慌てて誤魔化す。
「ああ。うち……あたしのためにぃ? 仕方なくお松に相談したんやったんかぁ」
安心して身をくねらせるお綾さんも、うっかり自分のことを『うち』と言いかけて『あたし』に訂正した。
そこに不自然な咳払いが響いて、お綾さんが振り返る。
「お話し中失礼します。お茶をお持ちしました」
先程からタイミングを伺っていた番頭さんが割って入る。
「お松はもう帰るさかい、二つでええで」
お綾さんが冷たく言い放つ。
「あら? まだ帰らへんで?」
お松さんがしれっと言う。
「そうやっ。ウメ様、せっかくやからお茶会用のお着物仕立てへん? 時間かかるさかい、お松は帰ってええで」
犬でも追い払うようにしっしっと手を振るお綾さんにお松さんは私の左腕を掴んだ。
「悪いけど、今日はこれから急ぎで絵を描かなあかんねん。それにお茶会如きにわざわざ仕立てへんでも、お着物持ってはるからいらへんよ」
「お茶会如きやって? どないなお茶会か知らへんやろっ。あの北斎が来る茶会やで? しかも柴島の庄屋で開くんやで?」
捲し立てるお綾さんに「いとさんっ」と番頭さんが慌てて止める。
その様子にお松さんがニヤリと笑む。
わざとだったのか。
ん? でも『いとさん』って? お綾さんでは?
「お、お松さん、このことは内密にお願いします。まだ何も決まってへんし、北斎様がどこにいらっしゃるかも分かってへんのです」
「弥助っ」
今度はお綾さんが番頭さんを止める。
「ウメ様、北斎は必ずあたしが呼ぶさかい、茶会に来てな? 日取りもすぐに決めるさかい」
必死なお綾さんに私は何度も頷いた。
「あの……お綾さんって本当は『いとさん』ってお名前なんですか?」
私の素朴な疑問に、お綾さんは顔を真っ赤にした。
「弥助っ、せやから、うちのことは『お嬢様』って呼べって言ったやろっ」
お綾さんが番頭さんを振り返って激怒する。
「す、すんまへん。お嬢様」
番頭さんは小さくなって何度も頭をぺこぺこと下げた。
「あんな、『いとさん』言うんはこっちの言葉で『お嬢様』って意味や」
お松さんがこそっと教えてくれる。
「お梅ちゃんが江戸から来たお嬢様やって話聞いてから、何かと江戸と張り合おうとしてるんと違うか? きっとお嬢様って呼ばせるんも、最近の話やと思うで。せやから、番頭さんもまだ慣れてへんのやろ」
本当は江戸じゃなくて東京だけど。
しかもお嬢様じゃなくて一般庶民だけど。
「ほな、あたしらは用は済んださかい。これで失礼します」
お松さんに手を引かれ、軽く会釈して帰ろうとしたのだが。
「ウメ様っ、お着物を仕立てなっ」
ガシッと反対の腕をお綾さんに掴まれた。
「今日は無理やって言ったやろ」
お松さんが左手を引く。
「測るだけならすぐ済むさかいっ」
お綾さんが右腕を引っ張る。
測るってサイズを測るってことよね?
そうなったら、女だって即バレしちゃうじゃん。
現代だと服を買うのにいちいちサイズを測ったりしないから、うっかりしてたけど。
ここはなんとしても断らないとっ。
「お綾さんっ。今日は雨でこの通り汚れてますし。それにこんな立派なお店でお着物を買える身分じゃないんでっ」
「ウメ様に買わせようなんて思ってへんよ。お茶会に招待するんやから、当然あたしからの贈り物に決まってるやんか」
「いやいや。そんな高価な物は受け取れませんからっ」
「あたしの気持ちやから受け取って欲しいねんっ」
「お気持ちだけで充分ですっ。それに本当に今日は急いでるんでっ」
必死に抵抗すると、お綾さんがそっと手を放してくれた。
けれど、その表情はとても悲しそうだった。
「あたしのこと……嫌いなん? お松の方がええん?」
今にも泣きそうな表情に反射的に「いえっ」と否定してしまった。
「……お茶会には参加させて頂きますが、今日は本当に急いでいまして」
「ほな、あたしのこと好いとるん?」
ストレートに問われて、一瞬、言葉に詰まった。
こんな風に誰かに気持ちを真っ直ぐに向けられるのは初めてだ。
「そ、それは……」
お風呂に入りたいとか、北斎に会いたいとか……
そんな自分の都合だけで、こんなに純粋なお綾さんを騙し続けるのは良くない。
それに私のせいでお綾さんの結婚が破談になったら、未来にも影響する。
だから、こんなことはそろそろ終わりにした方が……
「わざわざ自分で縫った手拭いを、雨の中わざわざ届けに来たんや。口にせんかて、その意味くらい分かるやろ?」
お松さんが『わざわざ』という部分を強調して言うと、お綾さんの顔が一瞬にしてぱあっと輝いた。
これが漫画ならお綾さんの周りに花が咲き乱れている。
「ほな、あたしらはこれで失礼しますぅ」
満面の笑顔になったお綾さんを置いて、お松さんに手を引かれて藤織屋を後にした。
お松さんとは途中で別れ、一人家に戻ると、治兵衛さんの姿はなかった。
「戻ったか。治兵衛が作業場に行けへんのやったら、ここで仕上げを頼む言うてたで。居間に道具と紙を用意してあるさかい」
そう言って玄斎さんに視線で示され、居間に上がる。
文机に置かれた紙には描きかけの役者絵があった。
そして、その脇に先日買った筆が置かれていた。
「これに模様を入れたら良いんでしょうか?」
玄斎さんに問う。
「俺に訊かれても……他には何も言うてへんかったで? 見たら分かるやろって。あいつもいい加減やな」
玄斎さんはそう言ったけど、治兵衛さんは本当に見れば分かると思ったんだ。
治兵衛さんはちゃんと説明してくれる。
どういう演目のどういうシーンを描いているのか。
役者はどういう人なのか、どんな役なのか。
ただ絵を描くのじゃなくて、その絵の背景も説明してくれる。
だから、この描きかけの絵も何をすべきか分かるようになってるはずだ。
きっとこれは私へのテストだ。




