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花枝春色 - 鉛筆一本から始まる再起録  作者: 紬 蒼
其ノ参:青に魅せられて
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76.贈り物

「お綾さんへの『思いを形にした物』ですよっ」

 私が余った布を広げて見せると、お松さんは「ああ」と嫌そうな表情になった。

「作れへんかった、でええんやない?」

「いやいや。絶対期待してますよ、お綾さん。でも、何を作ったら……?」

(もろ)うて来た布は全部木綿や。せやから、手拭(てぬぐ)いでええんやない?」

 私達の裁縫スキルではそれが精一杯だ。

 でも、女性へのプレゼントに手拭いってどうなんだろう?

 ハンカチみたいなもの、と思えばアリなのかな?


 とりあえず、長方形に切って端を縫おうと針を持つ。

「縫うつもりなん?」

「え? あ、はい」

「手拭いは縫わんで? 縫ったら乾くのが遅うなるし、なんかあったら裂いて使うこともあるし」

「じゃあ……切っただけ?」

「せや。それで終わりや。できたさかい、ほな今度こそ昼飯に……」

「ならこの端に刺繍でも……」

「あたしはでけへんで? あんたもでけへんやろ?」

「でも、切っただけじゃ……」

「梅吉様から貰えるんやったら、例え(ちり)一つでもお綾なら喜ぶやろ」

 面倒そうに言いながら、お松さんはさっさと台所へ行ってしまった。


 手元に残った布を見る。

 生成(きなり)はお馬と紐パンで使い果たした。

 残ってるのは藍色、桃色、藤色の端切れが少し。

 藤織屋という名前のせいか、紫系の色に目が行く。

 どれも木綿といっても手触りが良いから、ちょっと質の高い物なのかもしれない。


 ミシンがあれば刺繍もできたし、少しは見た目が良く見えただろうに。

 せめていろんな色の手拭いをセットにして、紐で結んでリボンっぽくすればプレゼントらしくなるかな?

 そう思って溜息を吐いていると、不意に玄関の戸がガラッと開いて、治兵衛さんが帰って来た。

 慌ててお馬と紐パンの上に布を被せて隠す。


「今日はもう終わりですか?」

 まだお昼なのに? と思って問うと、いや、と治兵衛さんは首を横に振った。

「前に描いた下絵を取りに来たんや。使えへん思うたけど、ちょっと入用(いりよう)になってな」

 そこで治兵衛さんは布の山をチラと見た。

「何を作っとるんや?」

「あ、これは……その……お、お綾さんに日頃のお礼に」

「裁縫やったらお菊の方が得意やで? お松はどちらかと言うたら……苦手やったんやなかったか?」

「梅吉様がお綾に贈るんやから、お菊ちゃんには相談でけへんやろ」

 地獄耳のお松さんが台所からご飯を作りながら声を張った。

「おっ、お松まだおったんか。ええ匂いやなぁ」

「あたしら、今からお昼やねん。良かったら治兵衛さんも食べはる? 少し多めに作ったさかい」

「俺も昼まだやってん。ほな、食べて行こうかいな」

「ほなら……お梅ちゃんの頼み、聞いたって」

「ウメの? 俺に頼みってなんや?」

 問われて私は切実に治兵衛さんを見つめた。

「こ、これに……刺繍をして貰えませんか?」

 そう言って手拭いを差し出す。

「刺繍?」

「はい。治兵衛さん、お裁縫が得意だってお松さんから聞いたんですけど……」

「まあ、簡単なもんならできるが……」

「藤の花……とか、できますか?」

 おずおずと上目遣いに見ると、治兵衛さんはあっさり「できるで」と答えた。

 思わず「神ッ」と心の中で祈った。


 そして、治兵衛さんはお松さんが食事の仕度をする間にササッとパパッと藤の花の刺繍を、下絵も書かずに縫ってくれた。

「ありがとうございますっ」

 手拭いを広げて見事な藤の花の刺繍を見つめる。

 治兵衛さんは男なのにミシンも下絵もなく、刺繍までできるなんて。

 絵も上手いし、手先が器用なんだなと改めて感心する。

 それに引き換え、私は……


「なんや? 気に入らへんか?」

 項垂れる私に治兵衛さんが心配そうに声を掛ける。

「い、いえっ。私は治兵衛さんと違って、なんにもできないなぁって……」

 言いながら情けなくなる。

 そんな気持ちを笑って誤魔化す。


「何を言ってるんや? なんでもできる人間なんておらへんで? 誰でも得手不得手はあるやろ。俺かて飯は作れへんし、玄兄みたいに頭使うことは苦手や」

「お裁縫はするのにご飯は作らないんですか? この時代は女性が作るのが当たり前だから?」

「家の中では女がするもんやけど、その辺の屋台やらで外で飯作っとるんは男やで。せやから別に男やから飯作らへん訳やないし……まあ、でも銭貰うため以外で飯を作ろうとは思わへんな」

「じゃあ、なぜお裁縫だけはしようと思ったんですか?」

「八つの時から師匠の家で暮らしてたって話したやろ?」

「はい」

「男所帯やったけど、家のことを手伝いに通いで来てくれはる人がおってな」

「あ、確か……お(えい)さん」

 以前、治兵衛さんが絵師になった時のことを話してくれた時、そんな話も聞いたのを思い出す。

「せや。飯や洗濯、繕い物もしてくれはってたんやけど。年の人やったさかい、目がちょっと悪うてな。繕い物する時に針に糸通すんを頼まれたりして……そんで、俺もちょっと習ったんや。門前の小僧やないが、見様見真似で。刺繍はなんや絵を描くのに似て面白うてな」

 そう言って治兵衛さんは少し照れたように頭を掻いた。


「ところで、なんでお梅やのうて梅吉がお綾に日頃の礼をするんや?」

 それはお松さんのせいだけど。

「それはな、お綾からいろいろ聞き出すためや」

 そこにお松さんがニヤリと笑みを浮かべながらお皿を手に台所から戻って来た。

 蒸かしたお芋を載せた皿を台に置く。

「いろいろって?」

「いろいろはいろいろや。例えばお茶会の詳しい話とかな。ホンマに開かれるんか分からへんけど、気になるやろ?」

 確かに、と治兵衛さんは腕を組んだ。

 その間もお松さんが忙しなく台所と居間を行き来し、「ほな、食べよか」と言うお松さんの声でいつの間にかお昼ご飯の準備が整ったことに気づいた。

 芋の他に味噌汁と漬物も用意されている。


「ご飯食べたら藤織屋行くやろ?」

 食べながらお松さんが問う。

「えっ。も、もう渡すんですか?」

 着替えもだけど、心の準備もまだだ。

「今日やったら一日暇やねん。せやから、一緒について行ってあげられるけど」

「珍しいな。大雨でもないのに店閉めとるんか?」

 治兵衛さんが反応する。

(ちゃ)うねん。旦那と喧嘩してん。そんで、今日は好きにしてええことになっててん」

「喧嘩とは珍しいな」

「あたしが先生のこと好きなんはええけど、梅吉さんを好きなんは許せへんって。誤解されてん。で、誤解やって言うのに信じてくれへんから、お綾と梅吉さんをくっつけるためにアレコレしてるって話しといたさかい」

「なんでお松が二人をくっつけようとするんや?」

 治兵衛さんが怪訝な表情をする。


「お綾は好きな男に尽くして貢ぐんが好きやろ? せやから、梅吉様言うてる間はお梅ちゃんに都合のええようにできるやろ? それに藤織屋のこともいろいろ聞けるし、何かと便利やろ? 絵を描くのにも藤織屋のような大店がついてくれたら、こっちもあっちもええ思いができるんやから、持ちつ持たれつでええやん?」

 確かに私にとってもウィンウィンでいいけど、それを持ちつ持たれつと言っていいのか。

 治兵衛さんも腕を組んで難しい表情になっている。


「そういう訳やから、お梅ちゃん。これ食べて片したら行くでっ」

 そう言ってお松さんはすごい勢いで食べ始めた。


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