75.裁縫
翌日。
九月六日のお昼前。
約束通りお松さんが家にやって来た。
そして、私はお梅の姿でお松さんと向かい合っている。
お綾さんに「梅吉さんが布が欲しいんやて」と言って貰って来たという布は肌触りが良く、高そうだった。
相変わらず藤織屋はいつになく忙しそうで、お綾さんも珍しく帳面とにらめっこしていたらしい。
そんなところに布をくれ、と言いに行くお松さんは凄い。
でも、相手はあのお綾さんだ。
梅吉の名を出したとはいえ、ただ「くれ」と言ってくれる人ではない。
問い詰めると「梅吉さんが思いを形にしたいんやて」と言って貰ったそうだ。
お松さん曰く「何の思いかとか、誰にあげるためやとかは一切言うてへんから大丈夫や」だそうだ。
いや、絶対大丈夫じゃない。
大丈夫じゃないことはもう一つ。
「てっきり嗜みの一つとしてお裁縫できると思うてたわ。いろいろ忘れてはっても手が覚えてはるかと……」
お松さんはお裁縫道具の蓋を開けたまま、片手を頬に当てた。
家庭科の成績は悪くはなかったけど、良くもなかった。
エプロンとかいろいろ作ってきたけれども、型紙とかあったし、教えてもらいながらだったし。
何もないところからイチから作ったことはない。
ボタンをつけるのがやっとな私の裁縫スキルだから、お松さんを当てにしたのだけど。
江戸時代の女性って繕い物が得意なイメージがあったのだけど、どうやらお松さんは違うようだ。
お互いがお互いを当てにしていたことがここで発覚した。
「治兵衛さんならこういうの得意なんやけどねぇ」
ぽつり、お松さんが溜息を吐いた。
「えっ? お裁縫、できるんですか?」
「ここ来る前も男所帯で暮らしてはったんやて。せやから、繕い物なんかも自分でしてはったらしいで。せやけど、お馬を縫うて貰うんはさすがに……ねぇ?」
治兵衛さんなら私が女だって知ってるし、何も隠すことはないんだけど。
でもさすがに下着を縫わせるのは……こっちが恥ずかしい。
「あっ。でもずっと男所帯やったんなら、お馬を見たことあらへんかもしれんし。ちょっと頼んでみる?」
お松さんが良いこと思いついたとばかりに手を打ったが。
「い、いや。でも、お松さん。もし知ってたら恥ずかしすぎます……」
「ま、そうやね。さすがにお馬くらいは殿方でも知ってはるやんね」
という訳で。
「ほな……切るで」
真剣なお松さんの言葉に黙って頷く。
迷いのない鋏捌き。
「ちょっと……曲がってしもた? ほな、ここをちょっと切って……」
「こっちが斜めじゃないですか?」
「そう? ほなこっちも切って……」
そしてどんどん小さくなっていく布に私達の手が止まった。
「さすがに小さすぎるな。ほな、もう一枚」
「今度はいい感じじゃないですか?」
「ほな、こことここを縫って、紐を付けて……」
「ここですか? こんな感じで大丈夫ですか?」
「ん? あれ? ここ縫えてへんで? こっちは紐まで一緒に縫うてるで? しかもなんか縫い目が曲がってしもてない?」
「じゃ、一回糸を解いて……」
試行錯誤をすること小一時間。
「少し不格好やけど、できたんと違う?」
なんとかお馬が完成した。
長方形の布に紐を付けるだけの簡単な物のはずなのに、思ってたよりも難しくて疲れた。
ついでに失敗して小さくなった布を再利用して、紐パンを作れないか、とお松さんに相談してみる。
紐パンとは言えないので、紙に筆で形状を描いて伝えた。
「作れることは作れるけど……そないな形の物どうするん? 布が小さいとしっかり固定でけへんで?」
「お馬じゃなくて、普段身に着ける用に……」
「月の物がない時に? なんで?」
普段ノーパンが当たり前の人にはパンツの必要性が分からないのか、お松さんが小首を傾げる。
「その、スースーすると言いますか……布で覆っておきたいな、と」
「厠はどないするん? 紐を解いたら、うっかり中に落としてまうかもしれへんやん?」
た、確かに。
現代の洋式トイレは座ってできるけど、和式トイレだと中に落としてしまう可能性大だ。
パンツ欲しさに紐パンを思いついたけど、この時代には合わないかもしれない。
しかも夜は暗いし。
でも。
やっぱりパンツは欲しい。
「と、とりあえず、一枚だけ、作ってみたいんですけど」
「ほな、そこまで言うんやったら作ってみよか」
そんなこんなで。
不格好な紐パンをゲットした。
早速身に着けてみる。
安堵感はあれど、布の質感に違和感がある。
でも、着けながら思った。
やっぱりトイレに行く時に絶対落とす、と。
それにうっかり紐が解けたら、公衆の面前でパンツを落とすことにもなる。
せっかく作ったけど、使えないかも。
「なんかよう分からへんけど。お馬ができたさかい、これでいつ月の物が来てもええな」
項垂れる私をお松さんがそう励ました。
確かにそれは安心できるのだけど。
ただ、これで終わりじゃない。
まだもう一つ、作らなければならない物があった。
「ほな、すっかり遅うなったけど、お昼にしよか」
すっかり終わったと思ってるお松さんの腕を掴む。
「まだ終わってませんよ、お松さん」
「終わってへんって、まだ他に何作るん? もう一枚お馬作っとく?」
お松さんのせいでもう一つ作る物が増えたのに。
これは絶対協力してもらわねばっ。




