73.裏事情
翌日。
朝早くからお松さんとお菊さんが来た。
「おはようさぁん」
二人の弾んだ声に私の気持ちも弾む。
お松さんに是非とも話したいことがっ。
「ちょっと先生ぇ、聞いてぇなっ。お綾がまた何かしでかしたらしいで」
私が話しかけるよりも早く、お松さんが楽しそうに話し始めた。
「茶会を開くんやろ?」
玄斎さんが答えると、治兵衛さんが慌ててその口を塞ぐ。
「まだ内緒やっ」
そんな治兵衛さんの様子に二人の目が輝く。
「何か知っとるんやなっ。お綾が江戸の偉い人を呼びつけたらしいんやけど、うちもお松姐さんも知らへんのよ」
お菊さんが教えてと治兵衛さんを上目遣いにねだる。
「教えられへんっ」
「うちも内緒にするさかいっ」
「俺も茶会を開くことしか聞いてへんのや」
「……ほな、何も知らんのやね? まだその人がどこにおるかも知れへんで、番頭さんが探し回っとるとか」
「えっ? 来るって決まってへんのかいなっ?」
お菊さんの言葉に治兵衛さんが驚く。
私も思わず「えっ?」と声が漏れた。
「お綾のことやから、そないなことやろう思うたわ」
玄斎さんは呆れた様子で溜息を吐いた。
「お綾が勝手に茶会を開くや言うて、既に場所も決めてしもうたみたいやで?」
「まだ来るかどうかも分からん相手のために、先に場所押さえたんか? 日取りも決めてへんのやろ?」
お菊さんの言葉に玄斎さんが疑問を口にする。
「それがお綾や。藤織屋の旦那はお綾に甘いさかいな。番頭さんには勿論、女将さんにも内緒でぽんっと金も出してしもうとるらしいで?」
流石情報通のお菊さん。
どこから仕入れて来たのか、藤織屋の内情を詳しく教えてくれた。
「お講も近いのにお綾が勝手にどんどん茶会の準備を進めてまうんで、女将さんは止めるんは諦めて、一緒に準備をすることにしたらしゅうて……そんで、藤織屋は今、とんでもない状況らしいわ」
そんなバタバタな状況だから、お風呂が壊れたと嘘を言ったんだな、と妙に納得した。
「今頃番頭さんは頭抱えて走り回ってはるんやろなぁ」
お松さんが苦笑すると、せやろなぁ、とお菊さんと治兵衛さんが同時に頷く。
「場所を決めとる言うたが、どこか聞いとるんか?」
「淀川で荷を運ぶ算段しとるらしいさかい、長柄か柴島の方やろな。偉い人呼んで茶会するんやったら、茶室が立派なとこでないとあかんし。確か藤織屋が懇意にしとる庄屋が柴島にあったはずやから、そこやないやろか」
「お菊。お前、なして柴島にある庄屋まで知っとるんや?」
お菊さんの推理に頷きつつも、玄斎さんが呆れた表情で問う。
「この町でうちの知らんことはあらへんで」
そう言って胸を張ったお菊さんだったが、すぐにもじもじし始めた。
「それと……この家の妙な噂も私が火消ししといたで」
ん? さっきまで自分のこと『うち』って言ってたのに『私』?
「おっ。ホンマか? おおきにっ、お菊っ」
治兵衛さんが喜ぶと、お菊さんはもじもじしながら頬を赤らめた。
そう言えば、私をこの二人が囲ってるって噂があったんだっけ。
なんだか遠い昔の話のような気がして忘れてたけど、確か玄斎さんがお菊さんに何かさせるって言ってたのを思い出す。
一体お菊さんに何をさせて、噂を収束させたのか。
気になる。
けど、今は……
チラ、とお松さんを見る。
次いで他の三人の様子を伺う。
お松さんと二人きりになりたいのに、一体どうしたら……?
「で? 誰なん?」
そこでお松さんが治兵衛さんを笑顔で見つめた。
「ん?」
「茶会に来る江戸の偉いお人や。ここまでお菊ちゃんが教えたんやさかい、そろそろ教えてくれはっても……」
「茶会自体が内緒やさかい。それにお菊に言うたら誰彼構わず喋ってまうやろ?」
「ほな、あたしにだけ」
「喋らへんから、教えてぇな」
お松さんとお菊さんにねだられたが、治兵衛さんは私の手を掴むなり、「行くでっ」と引っ張った。
「いや、でもっ」
昨夜からずっと生きた心地がしなかった。
お松さんにしか解決できない、これは死活問題だ。
だから、何が何でもここで外に連れ出される訳にはいかない。
必死に床に足を突っ張って抵抗しながら、私は治兵衛さんの手を振り払い、お松さんに向かって叫んだ。
「お、お松さん! 茶会のこと、教えるんで、ちょっと二人だけでお話をっ!」
「えっ?」
治兵衛さんとお菊さんの声がハモる。
治兵衛さんは「おいウメッ、お前裏切るんかっ」とショックを受け、逆にお松さんは「まぁ!」と嬉しそうに目を輝かせた。
「梅吉さんまでっ。なんでうちには教えてくれへんのっ」
お菊さんが不服そうに頬を膨らませる。
「ウメ、お綾と約束しとるんと違うんか? お綾もあれで藤織屋の娘や。わがままに見えて店のこと考えて動いとるはずやで。せやから、内緒や言うたことを勝手に喋るんは止めといた方がええと思うで」
玄斎さんが冷静に止めてくれるけど、話したいのは茶会のことではなくて、もっと重要なことなんです。
とは男性陣には言えない。
私が女だと知らないお菊さんにも勿論言えない。
なので。
「例の物について話があるんですけど」
話題を変えた。
その一言でお松さんの表情がニヤリと綻び、私の手を掴むと「ほな、ちょっと奥借りるで」と家の奥、台所へ足早に移動する。
「例の物って何ぃ?」
お菊さんが叫びながら後を追おうとするも、玄斎さんが「今日も豆腐をおおきに」と行く手を遮ってくれた。
二人きりになれたことを確認して、私は小声で昨夜からの悩みを切り出す。
「お馬の使い方、もう一度教えてくれませんか?」
そう。
思い出した大問題はコレだ。
月に一度の死活問題。
なのに、すっかり忘れてた。




