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花枝春色 - 鉛筆一本から始まる再起録  作者: 紬 蒼
其ノ参:青に魅せられて
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70.嘘

 翌朝。

 梅吉の格好も一人でできるようになり、パパッと支度して治兵衛さんと一緒に作業場へ行く。

 昨日はうだうだと歴史について悩んだけど、一晩寝たら治兵衛さんが言うように歴史を変えるためにここにいるのかも、と思えて来た。

 いずれにせよ、考えたところで答えは出ないのだし、答えの出ないことをずっと考えていても仕方ない。

 そう割り切って前を向くことにした。

 今できることをしよう。

 そう思ったのだけど、作業場に着くとそこにはお綾さんがいた。


「ウメ様ッ」

 私に気づいたお綾さんが駆け寄って来る。

 あれ? 私、昨日お綾さんに作業場にはもう来ないでと伝えたよね?

 それにお綾さんはお梅から梅吉になぜ故郷に帰るのか聞いて来て、と言われた気がしたんだけど。

「お綾さん、どうしてここに……?」

「お梅から聞いたんやけど、ウメ様、故郷に帰りはるんやって?」

 お綾さんの言葉に治兵衛さんが「何の話や?」と驚いた表情で私を見た。


 困った。

 あの時はお綾さんが私を好きなままだとお綾さんの歴史が変わっちゃうと思ってたから。

 まずは梅吉から離れて貰わないと、と思って吐いた嘘がこんなことになるなんて。

「なんで故郷に帰りはるん? いつ帰るかもう決まってるん?」

 矢継ぎ早に質問され、治兵衛さんだけでなく春蝶さんらも手を止めてこちらに視線を向けた。

「あ、いや。それはその……」

 私がどう言い訳しようかと困っていると、こちらをじっと見ていた春蝶さんの表情がニヤリと何かを思いついた顔になった。

 そして、その悪い顔のままこちらに近づいて来たかと思うと。


「実はな、こいつは故郷に許嫁(いいなずけ)がおってん。それで近々帰ることになったんや」


 そう言った。

「えっ?」

 思わず声が漏れたけど、そこにお綾さんと治兵衛さんの声も重なる。


「ウメ様、どういうことや? あたしを(もてあそ)んどったん?」

「い、いえ。そんなことはっ」

「許嫁ってどないな家の子なん?」

「いやっ、だからっ」

「その子のこと好いとるん? 好いてないんやったら、あたしは諦めへんでっ」

 必死な瞳で見つめられ、言葉が詰まる。

「諦めるしかないで。なんせ、梅吉のお相手はそりゃもう江戸でものすっごいお屋敷を構えとって、ものすっごい別嬪(べっぴん)さんやからな」

 春蝶さんが楽しそうに言うと、お綾さんの目がキッと鋭く光って急に冷静な表情になった。

「嘘やな」

「嘘やないでっ。そりゃ、あっと驚くようなすごい……」

「なんでそないな嘘を吐くんや。ウメ様、あたしのことが嫌いなん? あたしのこと、押し倒したくせに」

 最後の一言にその場の全員が「えっ」と私に向いた。

「い、いやいやいや。違いますっ。あれは足が滑っただけでっ」

「でも押し倒したやんな? で、どっちなん? あたしのこと、どう思ってはるん?」

 真っ直ぐに見据えられ、私はその圧に負けてしまった。

「……人前では言えません」

 そう言うのがやっとだったけど、その言葉にお綾さんの顔が赤くなった。

「もうっ。ウメ様ったらぁ」

 そう言いながら腕をバシバシ叩かれた。


 そんなお綾さんの様子を見た春蝶さんが。

「でも、梅吉が故郷に帰るんはホンマやで。理由は言えへんけど、近々いなくなるで」

 そう捨て台詞を吐いて、自分の持ち場へ戻った。

 その言葉に身をくねらせていたお綾さんの動きが止まり、青い顔で私を見上げた。

「ホンマなん……?」

 もうこうなったら仕方ない。

 私は頷いた。

「絵はどないするん?」

「絵は故郷でも描けるので。ここに残る理由はありません」

「理由があれば残るん?」

 尚も引き下がらないお綾さんに「ええ、まあ」と曖昧な返事をする。

「理由があればええんやねっ」

 しかし、お綾さんはポジティブにそう言って、分かった、と走り去った。


 その背中に安堵したのも束の間。

「ウメッ、今の話はどういうことやねん? 故郷って……」

 今度は治兵衛さんに詰め寄られた。

「あれは嘘です」

「それは分かっとる。せやけど、絵師から足洗うつもりなんか?」

「ち、違いますっ。お綾さんが私に惚れても仕方ないので、お綾さんの将来のためにも諦めさせようと思って……」

 そう説明すると、治兵衛さんは大きく息を吐いた。

「なんや、そういうことやったんかぁ。ほなら俺に一言話してくれたら……あっ、せやけど春蝶には話しとったんやな?」

「い、いえ。春蝶さんにも話してません。ただ、春蝶さんが察してあんな話をしてくださっただけで」

「ホンマに話してないんか?」

「はい。話してないです」

「春蝶は確かに人のことよう見とるからなぁ。せやけど、あいつはどっちか()うたら、鈍い方なんやけどなぁ?」

 確かに春蝶さんはお梅の姿でも梅吉だとすぐに気づいたけど、女装してると思ってたもんね。

 鋭いようで鈍いからこっちは助かってるけど。

 お梅が梅吉だってバレたこと、そういえば治兵衛さんに話してない。

 でも、完全にバレた訳じゃないし、まだ話さなくてもいっか。


「ほな、気ぃ取り直して絵を仕上げよか」

 治兵衛さんがパンパンッと手を打って場を仕切り直す。

 私もいつものように自分の持ち場に行き、衣装の模様を描く作業を始めた。

 が、その隣にすぐ春蝶さんが腰を下ろす。


「ほんで、昨日は藤織屋で何話したんや? ()()()()

 小声で問われ、ドキリとする。

「さっきお綾さんが喋ってたことだけですっ。諦めるように故郷に戻るって嘘を……」

「さっきのわし、ええ働きしたやろ? 咄嗟(とっさ)(ひらめ)いてん」

「あ、ありがとうございました。でも、ちょっとオーバー……大袈裟すぎます」

「ああいうお嬢様にはちっと大袈裟に()うくらいがちょうどええんや。しかもお綾はんはあないな性格やさかいな」

 でもそのせいですぐに嘘だって見破られてるじゃない。

 とは言えず。

「でもまだ諦めてくれない様子だったのが、ちょっと気がかりですけど」

「そこはわしに任せとき。きっちり諦めさしたるさかいっ」

 そう言って胸を張る春蝶さんの背後に治兵衛さんが仁王立ちになる。

「春蝶っ。何油売っとるんやっ。ウメの邪魔せんと、(はよ)う自分の絵を仕上げぇっ」

 治兵衛さんの一喝で春蝶さんはすっくと立ち上がり、慌てて自分の持ち場へ戻る。

「ウメもウメやっ。春蝶に邪魔すなって言えや」

 治兵衛さんが苛立った様子でそう言ったけど、普通職場の先輩に邪魔するなとは後輩の立場じゃ言えない。

 とはいえ、ここは素直に「はい」と頷くしかできなかった。


 なんか私、ここに来て嘘ばっかり吐いてる気がする。

 この時代の人間の振りして、女なのに男の振りして。

 嘘に嘘を重ねて……このままでいいのかな?


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