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花枝春色 - 鉛筆一本から始まる再起録  作者: 紬 蒼
其ノ参:青に魅せられて
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63.雑魚寝

「こ、これは……」

 春蝶さんと春陽さんの目は釘付けになって押し黙った。


 春画だと思っていたのに差し出されたのが心臓の絵だったのだから、そうなるよね、と私は申し訳なくて……いや、私が申し訳ないと思う必要は全然ないのだけど、居たたまれなくて視線を逸らした。


「これは何の絵を描きはったん?」

 春陽さんが気持ち悪そうに眉を(しか)めて問う。

「心の臓や」

 私の代わりに治兵衛さんが答えると、二人は「えっ?」と私を変な目で見た。

「なしてこないな絵を……? いや、その前にどこで見たんや?」

 春蝶さんがあからさまに気持ち悪そうに顔を歪めて問う。

「どこでもええやろ。見せてやったんやから、ほな続きに戻らんかいっ」

 治兵衛さんが手をパンパンッと叩いて追い立てるように二人を促した。

 しかし、二人は生々しい心臓を見つめて胸を抑えていた。

 そんな全く動こうとしない二人に溜息を吐いて、治兵衛さんは私の描きかけの絵を手に取った。

「さっきより目が良うなっとるなぁ」

 わざとらしかったが、二人は私の絵を覗き込み、「確かに」と頷いた。

 なんだかその様子は子供をあやすお母さんに見えた。

 もしくは……闘牛士。

 真っ赤な布の代わりに紙一枚で二人の興味をすり替える。


 和やかな雰囲気に先日の怖いヤクザな春蝶さんの記憶は消え去ろうとしていたのだけど。


「道頓堀に沈めたろかっ」

 春蝶さんが吠えた。

 完璧なヤクザの台詞。

「おうっ、沈められるもんならやってみぃ」

 春陽さんが応戦する。

「ほなら二人一緒にそこの橋から飛び降りて死ねっ」

 治兵衛さんが止めるでもなく、言い放つ。


 事の発端は私から見ればとても些細なことだった。

 夜も更けたので、キリが良いところで手を止めて寝ることにしたのだけど。

 さて、どうやって寝るかという話し合いになった。

 布団は三組しかなく、一人分足りなかった。

 既に遅い時間なので、帰ることもできない。

 この時代、夜間に出歩くのは禁止されていたらしく、町と町の間には木戸があって、遅い時間には閉めて通行できなくなる。

 故にここで寝るしかないのだけど。


 布団を三枚並べて四人がくっついて寝ればいい、と春蝶さんが主張したが、治兵衛さんは私が女だと知っているので反対した。

 私は別に構わないと言ったのだけど、今度は春陽さんが春蝶さんのいびきが気になる、と言い出し、そこからなぜか互いの悪口になり、あの会話になった。


 それにしても三人の関係って現代に置き換えれば会社の上司と部下だよね?

 しかもここは上司の家になる訳だよね?

 言い争うにしてもヤクザみたいな台詞や「死ね」とか……現代だとコンプラで即アウトになる案件だ。

 確か治兵衛さんは上司ではあるけど、作業場で助さん、格さんを除けば一番年下のはず。

 だからナメられているのだとしても……やっぱり現代だとあり得ない状況だ。


「あ、あのっ」

 なんとかしないと。

 そう思って勢いだけで割って入ってしまった。

 三人の視線が同時に私に向く。

 その圧に思わず泣きそうになる。

「……四人並んで寝ましょう。今はほら、夏じゃないんで寒いですし。くっついて寝た方が温かいと思うし。それに一人だけ別の部屋で寝るとなると、布団が余計足りなくなっちゃうんで……」

 思いつくままに説得する。

 ちょっとだけ早口になってしまった。

 けれど、春蝶さんが「せやせや」と頷いてくれた。

「梅吉はんは春蝶はんのいびきを知らんからそないなことが言えるんや。地響きがするくらい酷いんやで?」

 春陽さんの言葉に治兵衛さんが「せや」と大きく頷く。

 二対二に分かれてしまった。

 これじゃ多数決にもならない。


 しかし。

「せやけど、寒いのも布団が足りひんのもどうしよもないやんか」

 春蝶さんのその言葉に治兵衛さんが溜息を吐いて折れた。

「確かにそれはどうしようもできひんな。仕方(しゃあ)ない。春陽、諦めて並びを考えよか」

 という訳で、なんとか一緒に寝る方向にはなったのだけど。


一番(いっちゃん)下の梅吉はんが(へり)で……」

 春蝶さんの言葉に春陽さんが頷くが、「駄目や」と治兵衛さんが一蹴する。

「ウメは一番奥で、その隣が俺や」

「春好はんより梅吉はんの方が(かみ)に陣取るやなんておかしいやろ?」

「ウメは風邪引きやすいさかい」

 治兵衛さんが苦し紛れにそう言い訳したが。

「それやったら余計ども昨日まで寝込んではった春好はんが奥やろ」

 ご(もっと)もな意見。

「ウメが奥。隣が俺。それは譲れへんっ」

 押し切る治兵衛さんに春蝶さんは目を細めた。

「もしや……あの噂はホンマやったんか?」

「あの噂ってどの噂やっ」

「あれやろ? 梅吉はんが陰間やっていう……」

 春陽さんの言葉に一瞬ドキリとする。

 治兵衛さんが「ええ加減にせぇっ」と怒鳴った。

「ほなら、なして梅吉はんをそないに大事にしはるんや?」

 その問いに治兵衛さんが答えに詰まった。


「私が治兵衛さんの遠縁の者だからです。私の親が過保護なもので……」

 我ながら良い言い訳を思いついた、と内心で自画自賛しながら答えた。

「それやったら娘の子なら分かるが……」

 言いかけて春蝶さんは私をじっと見つめた。

 言い訳が通じないだけでなく、ま、まさか、バレた?

女子(おなご)みたいやが、男やしなぁ」

 首を傾げる春蝶さんの頭を治兵衛さんが(はた)いた。

「変な噂を信じるなっ。そないなこと()うならお前が縁で寝ろっ。春陽は耳になんぞ詰めて寝ろっ」

 そう怒鳴って、治兵衛さんは私の腕を掴んで奥へと押しやり、「寝るでっ」と布団を被った。


 私も仕方なく布団に入ると、あとの二人も渋々布団に入った。

 なんだか修学旅行みたいだな、と思いながら、目を閉じた。

 が、少しして春陽さんの言葉を理解した。


 春蝶さんのいびきは地響きを伴う。


(うるさ)いっ」

 春陽さんが苛立った声で春蝶さんを叩く音が何度も響いた。

 眠れない。

 そう思ったのだけど。


 翌朝。

「起きぃや」

 治兵衛さんの声で起こされ、眠っていたことに驚きながら起きた。


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