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花枝春色 - 鉛筆一本から始まる再起録  作者: 紬 蒼
其ノ弐:絵の世界へ
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58.覚悟

 なんで玄斎さんが私のパンツを持ってるの?

 あ。

 玄斎さんの部屋に干したのは私か……


 私が驚いている間に玄斎さんはおもむろにパンツを手に取り、質感を確かめるように触った。

「絹のように滑らかやが絹とは違う手触りとこの薄さ。それにどこをどう見ても針を使(つこ)うた跡がない。いくら未来(さき)の世から来はったとはいえ……人の手でこないな布を作れるとは到底思えへん。しかもこれ、引っ張ったら伸びるで?」

 顔に近づけてじっと見つめながら触ってる姿は……変態にしか見えないけれど。

 タイトスカートを履くとパンツの線が出るので、レースの可愛いパンツじゃなくて普段は何の色気もないただのベージュのパンツを履いてたことが、天女疑惑になってしまうとは。

 縫い目のないパンツはこの時代の人にはそう映ってしまうのか。


「天女ではありません。未来では割と普通の……下着です」

 私の説明に玄斎さんは眉間に皺を寄せ、それから「あっ」と短く言い、パンツを落とした。

「すまない……頭に被る(もん)やと思うて。そ、そないな布やとは……」

 動揺して視線を逸らす玄斎さんに私も恥ずかしくなって急いでパンツを懐に回収する。


 恥ずかしさで少し間が空く。

「……そろそろ寝よか」

 玄斎さんがぽつり、そう言って立ち上がったので、私も「そうですね」と同意して部屋を出た。


 翌朝。

 隣の部屋から聞こえる話し声で目が覚めた。

 小声で何を話しているのか、内容までは聞き取れなかったけど、治兵衛さんも起きているようで少しホッとする。

 身支度を整え、布団を片付けていると、玄関の戸が開く音がした。

 土間に出てみると、戸は閉まっていて、誰か来たのではなく出て行ったのだと気づく。

「おはようさん。玄兄は寺へ行ったで。二、三日詰めてまた戻って来る言うてた」

 背後から声を掛けられ振り返ると、すっかり顔色の良くなった治兵衛さんの姿があった。


「おはようございます。体の方はどうですか?」

「お蔭さんで良うなったわ。いろいろと世話して(もろ)うてありがとうな」

 屈託のない笑顔でそう言われると、なんだか照れ臭い。

「いえ。私は何も……玄斎さんの薬のお蔭です」

「何もて。あれだけしとって謙遜せんでええ。ほんで、玄兄からいろいろ話聞いたで。なんやえらい大事になってしもうとるやないか」

 さっきの話し声は昨夜の出来事を話してたのかな?


「そうなんです。証文のために絵を描こうと思ってるんですが……その、道具を貸して頂けませんか?」

「銭の話やない。やっぱり分かってへんのやな。玄兄の名で証文貰おうとしとるっちゅうことは、もしウメが女やと周りに知られたら、玄兄が責を問われるっちゅうことや。それを嫌がっとったのにそこまで腹括ったっちゅうことは……夕べ俺が寝とる間になんかあったんか?」

 さっきの笑顔から一転、険しい表情で問われ、軽く考えていた自分を恥じた。

 でも、玄斎さんの口振りだとそこまで重く聞こえなかった。

 私のためにあえて重い話にしなかったのかもしれない。

 だけど、最初はあんなに冷たく追い出そうとしていた玄斎さんが私のために命を危険に晒すようなことをするなんて。

 考えが変わった理由は……何だろう?


「……私を脅した人の口止めをしてくれて……それで証文の話になって……」

 その後は大した話もなかった。

 脅された一件で玄斎さんの考えが変わったように思う。

 これ以上、他の人にバレないためにも証文を貰おうっていう話になった。

「口止めって何したんか聞いたか?」

「はい。患者さんのお金を盗むとか悪い噂があって、それを秘密にする代わりに私の事も黙っていて貰うことにしたって」

 私の答えに治兵衛さんは険しい表情で考え込んだ。

「……そないなことくらいで、あの男が大人しゅうなるもんやろか。それに玄兄の考えが変わったんはそれだけやない気がする」

 治兵衛さんの言葉に私もそんな気がした。

「ま、何を思ってそないな決断をしたかは分からへんが、それやったら俺も梅吉を弟子にするって既に公言しとるさかい。何かあったら一蓮托生。命賭けたるわ。せやから、ウメ。こっからは一人で抱え込まず、俺らに頼ったらええ。隠し事はなしや。ええな?」

 真っ直ぐに見据えられ、私は思わず泣きそうになった。


 出会ってまだ間もないのに。

 未来から来たとか信じ難い話をする得体の知れない人物に命を賭けるとか、私だったら関わり合いたくなくて近寄ることすらしない。

 なぜ玄斎さんも治兵衛さんもこんな私を信じて助けてくれるんだろう。

 慣れない場所で、二人の存在にどれだけ助けられたか。

 私は彼らにどうやったら恩返しできるのか。


「……ほな、絵を描こか。道具は貸したるさかい。玄兄をウメの絵で驚かせたろやないか」

 ニッと笑って治兵衛さんは絵を描く準備を始めた。


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