56.露見
「こないな刻限にどないしたんや? 治兵衛になんかあったか?」
玄斎さんの問い掛けに私は首を横に振った。
「治兵衛さんは一時は熱が下がって回復してたんですが、また少し熱が上がってしまって……」
「ほな、薬が必要やな。そうやろう思うて、他の医者とちっと代わって貰うて来たんや」
じゃあ、着替えは必要なかったんだ。
「一人で任してしもて悪かったな。飯やなんかは大丈夫やったか?」
「あ、はい。それはお松さんが来てくださったので」
「そうか。ほな、外におる理由はなんや?」
核心を問われて、私は言葉に詰まった。
言い訳が思いつかなかった。
「何か言い難いことか?」
玄斎さんが心配そうに問う。
その優しい声音に思わず喉元まで出かけた言葉を飲み込む。
知られてはいけない。
「……ちょっと、用事があって」
「日が落ちてから女子が一人出歩くんは危ないさかい。どんな用事やったにしても許すことはでけへんな。それでもっちゅうんやったら、せめて理由を話してんか?」
「それは……話したらお二人に迷惑が掛かってしまうので……」
「迷惑てどの程度や?」
「……命の危険も……あるかもしれないので」
「そないに大事やったら、尚の事、俺には話す必要があるんやないか? それに……そないなことになったんはもしや俺のせいやったりするか? 例えば……昼間、着替えを届けてくれはった時に脅された、とか?」
玄斎さんの言葉に私は思わず顔を上げて玄斎さんを見上げた。
「……やっぱりな。俺に風呂敷包み渡した時のあいつ、えらい上機嫌やってん。以前から悪い噂のある医者でな。正直あんまり好かへん奴やったんや。で? 何言われたんや?」
そこまで言われてしまっては、これ以上隠し通せない。
そう観念して、私はあの医者との会話を玄斎さんに話した。
「ほな、今ここにおるっちゅうことは、あんな奴の言うことを聞くつもりやったんか?」
話を聞き終えた玄斎さんは怒っていた。
声を荒げることはなかったけれど、その声音には明らかに怒りが籠っていた。
「……言うことを聞くしか、ないじゃないですか。じゃないと、玄斎さんと治兵衛さんに迷惑が……」
「せやから自分一人が酷い目に遭うて、それで俺らが良かったって言うと思うたんか? 俺らをなんや思うとるんや?」
玄斎さんはそう言って、私の腕を掴んだ。
「え? ど、どこに行くんですか?」
「帰るんや。あんな奴んとこに行く必要ない」
「で、でもっ」
反論しようとしたけど腕を掴む力が強くて、有無を言わせぬ雰囲気があって、私は小走りになりながら家に連れ帰られた。
「治兵衛ッ。ウメを外に出したらいかんでっ」
玄関の戸を開けるや否や、玄斎さんはそう言って私を家の中に押し込んだ。
そして、すぐにピシャリと戸を閉め、玄斎さんは一人、出て行った。
多分、あの男のところに。
「何があったんや? 玄兄はなしてあないに怒っとるんや?」
治兵衛さんの問いに私は俯いた。
ちらっと見た治兵衛さんの顔は赤い顔をしていた。
さっきより熱が上がってるんじゃ……?
「……外は危ない言うたやろ? 追いかけて止めるべきやったんやが……俺のせいで、すまんかったな」
「え? い、いえ。治兵衛さんのせいじゃ……」
何か誤解されてる?
「何があったんや?」
心配そうに見つめられ、私は治兵衛さんにも同じ話をした。
「……それは玄兄が怒るんは当然やな。俺らはそんなに頼りにならへんか?」
話を聞き終えた治兵衛さんはそう言って私を睨んだ。
治兵衛さんも怒っている。
二人を守るために黙っていたのに。
いつもこうだ。
良かれと思ってやったことが、結果的に相手の気分を害してしまう。
「私はただ……迷惑を掛けたくなくて……」
「せやけど、震えるくらい怖い思いをしとって、それを一人で我慢するんは違うと思うで? それにそういうんは迷惑とは言わへん。頼ってええんや」
そう言って治兵衛さんが優しく笑みかけてくれた途端、なぜか急に涙が溢れてしまった。
泣きたかった訳じゃない。
なのに、溢れて止まらなくなってしまった。
そんな私を治兵衛さんがそっと抱きしめて、背中をぽんぽん、と撫でてくれた。
そこに玄関の戸が開く音がして、咄嗟に治兵衛さんが私から離れる。
玄関を振り返ると、そこには玄斎さんがいて、怪訝そうに私達を見ていた。
「何しとるんや?」
問われて治兵衛さんは「な、何もしてへんでっ」と慌てた。
私も気まずくて玄斎さんから視線を逸らす。
「……ウメ、話つけてきたさかい、何も心配せんでええで。治兵衛、すぐ薬作ったるさかい、ちょっと寝て待っとき」
玄斎さんはそう言って家の奥、薬棚の方へと行ってしまった。
また、玄斎さんに助けられてしまった。
でも、一体あの男になんて話したんだろう?




