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花枝春色 - 鉛筆一本から始まる再起録  作者: 紬 蒼
其ノ弐:絵の世界へ
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54.脅迫

「それでは、ちょっと行って来ます」


 お昼を食べ終え、片付けた後、私は玄斎さんに着替えを持って行くことにした。

 着替えの準備は治兵衛さんにも手伝って貰い、お寺の場所も簡単に地図を描いてくれた。


 それにしても玄斎さんの薬ってよく効くんだ。

 漢方も意外と侮れない。


 そんなことを思いながらお寺に行くと、入口には同心と岡っ引きと思しき人物が数人立っていて足が止まる。

 よく見ると、以前ひったくり犯の似顔絵を描いた時に行った番所で会った人達だった。


「あっ、梅之助はんっ」

 岡っ引きの一人が思い切り私の方を見てそう叫んだ。

「梅之助?」

 隣の同心も私に視線を向ける。

「ああ、あん時の。名前は梅吉やなかったか?」

 気づかれてしまっては避けられない。

 仕方なく入口まで近づく。

「なんや、梅吉はんも病になったんか?」

 岡っ引きに問われ、なるべく低めの声で玄斎さんに着替えを届けに来たことを正直に伝えた。

「一緒におった絵師のとこに世話になってるんやなかったか?」

 同心に問われ、その絵師と一緒に玄斎さんの家で世話になっている、と情報を訂正した。

「そうやったんか。せやけど、絵師と医者とはまた妙な組み合わせやな」

 同心が腕を組む。

 あれ? 正確に事情を説明しない方が良かった?


「おい、医者を呼んで来てやれ」

 一瞬焦ったけど、同心はそう言って岡っ引きに指示したので、密かにホッと胸を撫で下ろす。

「へい。ところで、なんてお名前で?」

「玄斎さんです」

「それは名前やろ。姓はなんて言いはるんや?」

 そういえば、苗字ってなんだろ?

 あ。確か昨日、玄斎さんを呼びに来た医者の人が『藤村』と声を掛けていた気がする。

「藤村です」

 そう伝えると、岡っ引きは「ああっ」と分かった顔をして寺の境内へと駆けて行った。

 そして、しばらくして再び戻って来ると、玄斎さんではなく別の人を連れて戻って来た。


「藤村は今ちょっと手が放せまへんよって、わしが代わりに来ましてん」

 その人はそう言って軽く会釈をした。

 確か昨夜、玄斎さんを呼びに来た人だ。

 頭がつるつるでお寺で会うのもあってお坊さんにしか見えないけど。


「それが着替えでっか?」

「あ、はい。お願いします」

 風呂敷包みを差し出すと、私をじっと見てから。

「昨夜()うた人やろ?」

 そう言われて。

「あ、はい。夕べ……」

 ついそう頷いてしまってから、そこで慌てて口を閉ざした。

 けれど、既に遅く、その人はニヤリと笑みを浮かべていた。

「ほな、ちょっと話したいことがあるさかい……ちょっとだけ中に入れてもよろしおますか?」

 そう同心に許可を得て、私を中に入れた。


「あんた、そないな恰好(なり)して藤村と一緒に住んどるんやって?」

 その人は寺の隅、人目のない場所に連れて行き、私にそう訊いて来た。

 答えずに俯く私にさらに続ける。

「確か藤村は絵師と一緒に住んどったな。夕べ藤村が背負っとった奴や。独り身の男が二人で暮らしとるとこにまた独り身の若い男が来て、それが陰間やっていう噂が立っとったけど……それがまさか女やったとはなぁ。そないにまでして隠す理由(わけ)は……なんやろな?」

 その人の口許にはさっきからずっと笑みが浮かんでいる。

 どうしよう。

 女だってバレてしまった。

「藤村と絵師で一人の女を囲っとるんかいな? 外に遊びに行かへん理由はあんたがおるからやな? 藤村にそないな趣味があったとはなぁ?」

「玄斎さんとはそういう関係じゃ……」

()()さん? 名前で呼び合う仲やのに? しかも若い男二人と一つ屋根の下におって?」

「信じて貰えないかもしれませんが、本当にそういう仲じゃ……」

「仮に本当に(ちゃ)うかっても、女やって知れたら周りはどない思うやろか?」

 その言葉に私は血の気が引くのを感じた。


 お松さんにバレた時にもっと気を引き締めるべきだった。

 お松さんにも言われてた。

 もっと男らしくしないとって。

 家にいる時から気をつけろって。

 他の人にバレたら、私だけじゃない。

 玄斎さんや治兵衛さんにも危険が及ぶって気づいてたのに。

 分かってたのに、気が緩んでた。


「あ、あの……このことは誰にも……」

「言わんとってって? それはあんた次第や。今夜、わしんとこにも来るんやったら誰にも言わへん。約束したる」

 その提案に手が震えた。

 提案を受け入れる以外、選択肢が見当たらなかった。

 断れば他の人の命を危険に晒すことになる。

「……分かりました」

 絞り出すようにそう答えた。

 そう答えるしかなかった。

「ほな、戌の刻にまたここでな。裏から入るんやで?」

 ええな? と念押しをするように肩を叩かれ、その人は上機嫌で去って行った。

 残された私はその場にしゃがみ込み、しばらくそこから動けなかった。


 どうしよう。


 考えても考えても解決策は見つからなくて。

 気づけば家の前まで帰って来ていた。

 そして、玄関の戸を開けると。


「治兵衛さんっ」


 居間で倒れている治兵衛さんの姿があった。


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