表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

室井さん聞こえるか。尻が掘られた。 どうしてRTAにホモビデオが流れるんだ?

きりたんぽでも食おう

「あれれ~、もう夕方になっちゃってるよ~」


 牛歩戦術のごとき施設巡りを続けること数時間。


 まるで超常現象にでも遭遇したかのような納得の行かなさで、オレンジ色に差し込む西日を見つめて、舞愛が黄昏ている。


「随分と時間を掛けているとは思っていたけれど、まさか3フロアすら見て回れないとは、流石に予想外だよ。仕方がないから残りはボクと朱音で手分けして確認しておくことにするよ」


 聖女タワーの階層数は50を超えているが、聖神力による加速及び感覚拡大状態で行えば、数分と要せずに点検作業は完了することであろう。


「そっかぁ……ごめんね、のんびりしすぎちゃって……」


「構わないさ。こういうゆとりある時間というのも、たまには必要だろうからね」


「メリハリということですかね。しかしその論理で行くなら、舞愛さんの場合はもっと、ゆとりのない時間を持った方がいい気もしますが」


「奏詩ちゃんはあれかな? あたしに嫌味を言わないといけない病気かなにかなのかな?」


 取り敢えず、嫌味だということは伝わってくれたようで何よりである。


「じゃあ今日のところはお開きってことかな。またみんなで集まるときには、声掛けてくれると嬉しいな」


 卒のないコメントで締めに掛かる文香。


 しかしそうは問屋が卸さない。品薄のガンプラだって横流し転売する者達だ。面構えが違う。


「ふっふっふ、甘い、甘いよみんな。今日の計画は隙を生じない二段構え。とっておきのサップラーイズ、なんだよ~」


 自信満々に宣言して、葵が携帯端末の画面を印籠のように見せつける。


 すかさず文香が美優の両目を手で覆う辺り、全く信用されていない。


 いや、ある意味では信頼と実績の賜物だろうか。


「これは……『桃源郷』の宿泊予約かい? こんなものを、わざわざ今日のために?」


「前回は私が自制心を失っちゃって、ちょこ〜っとだけ迷惑を掛けちゃったからね。その罪滅ぼしってことで」


「あの、なんですか? その『桃源郷』って」


「知らないのかい? 『桃源郷』というのは……」


「ちょっと待って翔子ちゃん! 言葉で説明するより、実際に見てもらうのが一番だよ」


 得られそうだった回答を、すんでのところで差し止められる。


「あぁ……確かにそうかもしれないね。あまり待たせるのも良くないし、残りの見回りはサクッと終わらせてくるよ。確か送迎場所の指定も出来るはずだよね? 10分後に中央エントランス集合、というのはどうかな?」


「うん、私たちは構わないけど、そんなに急がなくても大丈夫だよ?」


「余計な心配さ。手を抜いたり、杜撰なチェックをしたりするつもりはない。充分な余裕を見ての提案だよ」


 *


 自信満々に宣言した翔子が、聖神力による加速効果を発動させてから7分後、中央エントランスにはきっちりと全員が集結を終えていた。


「本当に余裕でしたね」


「当然だよ。数箇所ほど意図しないアクシデントも発見したけれど、その対処を含めてもご覧の通りさ」


 聖神力なしで行った場合、数十人規模でも丸1日は確実に掛かるであろう作業量。


 この世が聖女を中心に回ってしまうのも、当たり前の話だ。


『空間の接続準備を開始します。付近にいる方は光の円より離れてください。繰り返します……』


 不意に、警告のメッセージが流れ出し、エントランスの床の上に、青く光る模様が浮かび上がった。


(聖神力の応用による、離れた空間同士を接続させる技術……人間が移動できるサイズの場合、ターミナルのように決まった施設でしか使用できないようになっているはず……それを任意の地点に対して行えるという一点だけでも、その『桃源郷』とやらが相当、特別なものということは伺い知れる……)


 警告を繰り返すこと数度、かつて鉄道走行のために使われていた踏切くらいの退避猶予時間をたっぷりと取った後、光の円から円柱形の物体がせり上がって来た。


「失礼いたします。本日宿泊予定の麻薙さま御一行で宜しいでしょうか?」


 中国あたりの神話に出てくる天女を思わせる出で立ちの女性が、優雅に問いかける。


 言ってしまえば単なるコスプレなのだろうが、風俗街と化した秋葉原で無数に蠢いていたメイドたちではとても持ち得ない、そこはかとない品性がある。


「はい、よろしくお願いします」


 葵の差し出した端末を簡潔に確認し、天女風の案内人は恭しく微笑む。


「9名様で承りました。皆様、中へどうぞ」


 円柱形の物体の中へと招き入れられる。構造的にはどうやら、エレベーターの類型であるらしい。


 扉が閉じて数秒間、ほんの僅かな振動を伴った後、外の景色は一変していた。


「桃源郷へようこそ。俗世を離れ、至福の時間をお過ごしください」


 些か違和感を覚えずにはいられない。本来の起源としては、日常生活を重視し、人の心の内側に見出すべき思想であるのだから。


 豪華絢爛に、贅の極みを惜しみなく注ぎ込んだ施設のネーミングとしては不適切であろう、と。


「うわぁ~! すごいすごーい! 空が近いよー! 雲の上だよー!」


 しかしまぁ、多くの人間にとって、本来の意味というやつはすべからく重要なものではない。確信犯然り。役不足然り。


 愉快痛快で高揚感のある場所を訪れたのならば、舞愛のようにただ全力で楽しめばいいのかもしれない。


「比喩ではなく、本当に空中の施設なのですね。こんな場所があるとは知りませんでした」


「ごく限られた一部の者以外には、宣伝も招待も行っていないからね。秘匿しているわけではないけれど、一般市民が利用できる価格設定でもなし。奏詩も聖少女学園に入学したわけだから、近い内に案内が届いていただろうけどね」


 …ニセ者だけどなぁっ!!!


「まだ夕食の時間まで少しありますし、皆様でゆったりと入浴されてはいかがですか?」


 天女風従業員の提案に、一も二もなく舞愛が飛びつく。


「是非ともそうしようよ! 空間接続で、世界中の温泉が愉しめるんだよね!?」


「……温、泉……?」


 特別というほどでもないそのフレーズに、奏詩は得体の知れない悪寒を感じた。


「……それは内風呂的な愉しみ方も出来る、と考えていいのでしょうか? それぞれの部屋に備え付けという形の……」


「はぁ……一応客室の方でも様々な温泉が愉しめるようにはしておりますが……折角でしたら、皆様で大浴場に行かれた方が……本日は麻薙様御一行での貸し切りという形になっておりますし……」


「そうだよ、奏詩ちゃん。みんなで一緒に入った方が絶対に楽しいよ!」


「温泉の醍醐味、といっても過言じゃないですしね」


 奏詩以外は全員、舞愛や文香らと同意見のようだった。


 奏詩とて、理屈ではわかっている。


 このような場所に来ておいて、わざわざ個室での入浴を希望するなど、はっきり言ってナンセンスでしかないのだと。


「……葵さん、トイレに行きたそうですね。丁度私もそういうタイミングですので、一緒に行きましょうか」


「ん? 別にそんなこと」


「あぁ、絶対に行きたそうですね。すぐ行きましょう。すみませんが、皆さんは先に大浴場の方に向かっていてください。すぐに合流しますから」


 有無を言わさず、質問を差し挟む猶予など与えずに、葵を連行してトイレの一室へと共に入る。


 特殊な用途のものでない、普通の個室だというのに、中は8畳ほどの広さがあり、スペースには充分なゆとりがあった。これならばきっと、渡部氏の多目的なお眼鏡にも適うことであろう。


「もう……奏詩くんってば、温泉って聞いて興奮しちゃったんだねぇ。こんな無理矢理に連れ込んじゃうくらい我慢の限界なんて……しょうがないなぁ……」


「ぱんつを脱ぐな。そんな理由じゃねぇ」


 どうやら防音設備も完璧のようなので、取り繕いの敬語をやめる。


「え? 履いたままの方がいいの? それはもしかしてお漏らし的な……ふふ、蒼汰くんも結構マニアックだねぇ。はっ!? まさかとは思うけど、おしっこじゃなくて、いきなりスカ……」


 葵の妄想及び暴走には触れることなく、端的に詰める。


「オレの正体がバレないように協力してくれるはずだよなぁ? そのあんたが、なんで温泉訪問なんてイベントを計画するんだよ?」


 大分強めの口調で責めているつもりだが、当の葵は何処吹く風。暖簾に腕押し、糠に釘。


 平然とした佇まいのまま、少しだけ首を傾げる。


「蒼汰くんは女の子に変身できるんでしょ? だったら何も問題ないよね?」


 疑似聖女変身薬『LGBT』には副作用がある。


 しかし肉体の一時的変異だけならば、そこまで大きな負担ではないのは事実だ。聖神力の行使さえしなければ、身体的影響は誤差の範囲に過ぎない。


 が。


「……どう考えても、問題大アリだろうが……オレは男だぞ? 一緒に入浴とか、あり得ないだろ……」


「そうかな? 聖女戦争前は、混浴の温泉とかも普通にあったはずだよね?」


「だから、そういうのは前もって了承した上で、の話だろうが……!」


「まぁまぁ、変身して入ればセーフだよ。オリンピックなんかだと、自称してれば女性用の競技に男の人が混じって無双できたらしいし」


「関係ねーし……つーか、あんた1人ならともかく、他のヤツまで巻き込むのは違うだろ……」


「バレなきゃいいんだって。というかそもそも蒼汰くんって、あたしたちと敵対してる立場だよね? テロリストの人だよね? 裸を見るとかよりも、もっとえぐいことをするつもりじゃないの? ゆくゆくは」


「……なんだろう。いきなり正論ぶっ込んでくるの、やめてもらっていいですか?」


「どしたの、急に変な喋り方して。それよりそろそろ行かないと、変な風に思われるんじゃないかなぁ?」


「……残念ながら、その通りか……こんな状況になったら、下手に回避した方が余計な疑心を生みかねない……」


「またまた~、本当は嬉しいくせに~。ムッツリラッキースケベの申し子なんだから~」


 ちょっと何言ってるかわかんない。


「大丈夫、大丈夫。もしバレちゃったときは、私に無理矢理させられた、って言い訳できるし、ね?」


「……そのつもりはない」


「ん? まぁ、バレないのが一番だしね」


「それもあるが……たとえ状況的にそうするしかなかったとしても、自分で起こした行動の責任は、自分で取るってだけだ」


「……あれ? 今ちょっとカッコつけた? これからハーレム温泉入るだけだよね?」


「ハーレム温泉言うな。オレにとっては地獄の修羅場だ」


 観念して、LGBTの錠剤を噛み砕く。


「1粒で効果は1時間。数に限りのある薬を、こんなことには1錠だって使いたくはないんだ。効果が切れる前に、なんとしても終わらせるからな」


「まるでシンデレラだね。もしくは60分コースかな」


 落差がえぐい。


「う~ん、出来ればシャワータイムはコースに含めないシステムの方がいいよねぇ」


「急いだ方がいいんじゃなかったのか?」


「そうだったね。じゃあ早速行こうか、奏詩ちゃん」


 葵がわざとらしく腕に組み付いてくる。


 彼女なりの、プロフェッショナルのイメージなのだろうか。なんの?


 *


「あっ、2人ともやっと来た~。全然来ないから呼びに行こうかと思ってたところだったよ」


 脱衣所に到達したところで、バスタオル1枚だけで大事な部分を頼りなく隠している舞愛と鉢合わせる。


 奏詩は可能な限り動揺を押し隠しながら、反射的に目を逸らしていた。


(ぐ……普段隠れている部分が、ほんの少し見えただけで……ここまでショックを受けるものか……どうにも厄介すぎるぞ、性的衝動というやつは……)


「奏詩ちゃん? どうかした?」


 平静を取り繕うとしている奏詩の内心など知る由もなく、逃げた視線の先を舞愛が追いかけてきていた。


 しかも俯きがちなところを下から覗き込む形となったものだから、加速度的に状況は逼迫する。


(たっ……『谷間』だッ……! 葵ほどのサイズではないにしろ、充分すぎる破壊力……ッ!)


 蒼汰は紛うことなき童貞であるが、潜入任務のために免疫を付ける必要があり、今のご時世では極めて希少である映像素材、いわゆるアダルト動画を、それなりに見てきてはいた。


 しかし画面越しのそれと、生で直接見る女体とではやはり大きな隔たりがあり、ミキサーでも使っているかの勢いで、奏詩の平常心と自制心は急速に失われ始めていた。


「あはは、ごめんね舞愛ちゃん。奏詩ちゃんって、誰かと一緒にお風呂入るとか経験ないらしくてね、一旦気持ちを落ち着かせてたんだよ」


 思考回路がショートしかけていた奏詩を、葵が的確にフォローする。


「あ、そうだったんだ。女の子同士とはいっても、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいもんね。じゃあ無理はしなくていいから、ゆっくりで平気だからね。みんなにも説明しておくよ」


 納得した舞愛が離れていき、どうにか危機を乗り越えた……と油断したのが命取りだった。


 不意に上げてしまった視線の先に、振り返った舞愛の後ろ姿が飛び込んできたのだから。


 安産型でぷりんぷりんの、真っ白な尻が。ヒップのユーが。


「も〜、動揺しすぎだよ、奏詩ちゃん。まぁ、ここまで悦んでくれるなら、主催者冥利に尽きるってものだけど」


 勢いよく視線を逸らしすぎてバランスを崩した奏詩を、葵が優しく受け止める。


「……さっきの舞愛さんへの説明といい、臨機応変な対処スキルは本当に高いんですよね……」


「ふっふ〜ん、私のありがたみが身に沁みたかな? 『奏詩ちゃんが物凄ぉく大量のうんこをひねり出してたんだよー』っていう説明と、どっちにしようか迷ったんだけど、どうやら正解だったみたいだね」


「……つくづく惜しいよなぁ……このクソみたいな性癖さえなければ……」


「さ、それじゃあそろそろ準備しよ。舞愛ちゃんはゆっくりでいいって言ってたけど、奏詩ちゃん的にはそういうわけに行かないもんね。プレイ時間は有限なんだから」


 明確に聞こえるように呟いた悪態を右から左へ受け流し、更に評価を下落させていくスタイル。


 必要以上にくねくねしながら脱衣する、葵の姿が可能な限り視界に入り込まないよう気をつけながら、手早く入浴の準備を進めていく。


「う~ん、こうして見ると、奏詩ちゃんってすごぉくえっちなぼでーしてるよねぇ」


 お前が言うな。そしてまじまじ見るな。


「こんなワガママボディしてたらさぁ、自分で興奮したりしないの?」


「見慣れてしまえば、どうということはない……なんて、説明するまでもないと思いますが」


「じゃあさ、最初の時はどう? やっぱり相当……」


「……いえ。初めての時は興奮するとかしないとか、そういう状況ではありませんでしたから」


「……ふ~ん……そっか」


 麻薙葵という人物が、空気を読めないことは間違いない。


 しかしこうして、踏み込むべきではない領域についてはきちんと弁えている。だからきっと、ありとあらゆる選択肢を間違えて、焼肉屋を始めたりすることにはならないだろう。


 衣服を全部脱ぎ去り、バスタオル1枚だけで露天風呂への引き戸を開く。


 広がっているのは文字通りの露天風呂。


 実際天に届いてすらいることを考えれば、もっと相応しい呼び方があるかもしれないが。


 桃源郷が浮かんでいる位置での空はまだ青さを残しており、そんな只中に裸で佇むという状況は、奇妙な開放感を呼び覚まそうとする。


「どう? 気分爽快って感じじゃない?」


 ドヤ顔の葵がまるで勝ち誇ったよう。


 彼女の推察は的確ではあるのだが、素直に認めるのも癪なので、ここは逆張りで行くことにする。


「……ほんの一握りの人間の贅沢のために、こんな大袈裟なものを造るというのは、なかなかに悪趣味だと思いますね」


「やなこと言うなぁ。流石悪者」


 返す刀で悪態をつかれる。当然の結果だ。


「お、やーっと来たよ。それじゃ挨拶代わりに、犬神家!」


 湯船に浸かっていた亜希は奏詩たちの姿を認めるなり、突然逆立ち状態になって大きく足を開いた。


「……ッ!?」


 その突拍子もない早業に、奏詩は呼吸を乱して噎せ返る。


 視線を逸らす暇もなく、大いなる陰の唇どころか、げに小さき陰の唇までをも目の当たりにしてしまったのだから。


「いきなり何してんだこのドアホッ!」


「がぼほぉっ! いっ……てぇぇ……ふみふみ! おま、ケツにグーパンはやめろし! パーでリズミカルに叩くのが当然のマナーだろ!?」


「やかましい! そんなマナーがあってたまるか! あと突然、品性の欠片もない奇行に走るヤツに、マナーを語る資格はないッ!」


 咳き込む奏詩の背中を、葵が優しく摩る。

 

「奏詩ちゃん、大丈夫? おっぱい揉む?」


 が、ショックに押し潰されまいと必死に抗っている人間にとって、その提案は慰めではなく、追い打ちそのもの。


 麻薙葵とはその自覚をまったく持たない、吐き気を催す淫乱である。


「そんなに怒らなくたっていーじゃんね? 裸の付き合いが恥ずかしいっていうから、緊張を解こうって親切心だしー」


「やり方を考えろって言ってんの! はぁ、本当にすみません。汚らしいものを見せてしまって」


「ちょ、待てよ! アタシのは全然汚くねーし! キッレイなピンク色だし! なんならもう1回……」


「やめろ」


 再び開脚倒立を披露しかけた亜希の下半身を、すかさずパイルドライバーで水中へと沈める文香。ナイスジャッジ。


「……取り敢えず、入りましょうか。少しでもこの疲れを癒やしたい気分です」


 しばしの間、大気に別れを告げていた亜希は失った分の酸素を取り戻すのに必死なようで、おそらくこれ以上の狼藉は働けまい。


「そうだよねぇ。温泉に来たなら、ゆっくりと浸からないとだよねぇ、まずは」


 何やら含みのある言い方をする葵に警戒を強めつつも、程よい温度に調節された石造りの風流な大浴槽へと身体を委ねていく。


 本来であれば、湯船に浸かる前に掛け湯をしたり、或いはシャワーを浴びたりして汗や皮脂などの汚れを落とす手順が必要とされるところであるが、聖女にそんなマナーは必要ない。


 微弱な聖神力を帯びた肉体は、微細な塵や老廃物などとは無縁であり、寧ろ湯船の方が浄化作用の恩恵を受け、入浴前より却って綺麗で清潔なものとなるからだ。


 長い髪の毛を湯に浸けないよう纏めたりしないのもその一環で、より効率良く聖神力を付与するために、施設側からそのようにお願いの一文が掲示される程。


 なので、今この場で髪を纏めているのは文香だけ。美優は元々ショートカットであるし、亜希はバカだ。


「……これが温泉というものなんですね」


「え? 奏詩ちゃん、もしかして初めてなの? 温泉入るの」


「知識としては持っていましたが……体験したことはありませんでした」


 不用意に接近してくる舞愛に、極力視線を向けないようにしながら答える。


 幸か不幸か、ここの泉質は白い濁り気が強く、ほんのりととろみもついているため、視認性はあまり高くない。


「そうなんだぁ。それってやっぱり、恥ずかしかったからなの?」


「いえ、別にそういうわけではないですが……単に機会がなかっただけです」


 今のご時世、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利が許されるのは女性だけだ。


 世界各地の有名な温泉の使用権は完全に独占されているし、知る人ぞ知る山奥の秘湯みたいなものがあったとしても、組織の下っ端をわざわざ連れて行くような、物好きの権力者は組織にいない。


「普通の人間なら、当たり前にやっていることも未体験。その類まれなる能力もそうだけれど、奏詩はなかなかに独創的な遍歴を持っていそうだね。出来れば近いうちに時間を作って、詳しく聞いてみたいところではあるかな」


 何事に於いても自信に満ち溢れている翔子は、ここでもまた自らの身体を隠すような真似はしない。


 しかし現状の発育具合では、少年の裸体とそこまで大差はないので、平常心を削がれるリスクは低かった。


「……なんだか今、物凄く失礼なことを考えられた気がしたんだけどね?」


「気のせいでしょう」


「で、どうなんだい? 初体験の感想としては」


「そうですね。悪くはないです。個人的には誰に気兼ねすることなく、1人で入浴を堪能したいところではありますが」


「えー。みんな一緒の方が絶対楽しいよー」


(考え方は人それぞれ。別に舞愛の主張を否定するつもりもない。共感を得られそうなのは……1人少し離れたところにいる、深冬くらいのものか)


「あー、この温泉気持ち良すぎるかもー。なんだか気分がぼわぼわしてきちゃったよー」


 確かに舞愛たちの表情は、普段よりも5割増しくらいの蕩けっぷりになっており、鼓動の高まりや血流の活性化具合から、奏詩自身も同じようになっているのだろうと自己分析する。


(世界中の名湯を集めた施設というのは、伊達ではないわけか。そして何より、こういった快楽的影響に対しては、聖神力の防衛機能もあまり作用しないと見た。上手く利用すれば、付け入る隙にもなり得るかもしれないな……まぁそれについては、おいおい検討するとして……)


「一旦上がりましょうか。ずっと浸かりっぱなしより、適度に外気へと触れた方がいい、みたいな話を聞いたような気がしますし」


「そうだね。じゃあ奏詩ちゃん、こっちこっち。折角だから、私が洗ってあげるよ」


「は……? なんですか、いきなり? 結構ですけど」


 遂に葵がその淫らな牙を解き放とうというのか。しかしその提案の真意はまだ読めない。


 聖女の身体に不要な老廃物など存在しない。故にこの提案を断ることに問題はない。寧ろ受ける方が不自然だ。


「まぁまぁ、ちょっとしたスキンシップだよ。深く考えないで、座って座って」


 葵が指し示すバスチェア。それは通常のものと比較して、真ん中の部分に奇妙な隙間を有していた。


 奏詩の記憶が確かならば、それはソープもののAVで見た覚えのある、所謂スケベ椅子というやつだった。


「どこから用意したんですか、そんなもの」


「ふっふっふ、私の能力は空間接続だからね。人肌の温度に保たれたローションで満たされた亜空間に、ありとあらゆるアダルトグッズを内包しているんだよ。これこそが無縫天衣(クロスオーバーロード)・第二の能力『女王の秘宝館(トイズ・ハート)』!」


 クソみてぇな能力持ちやがって。


「絶対に座りませんよ。何されるかわかったものじゃありませんし」


「ふふっ、口ではそう言いながら、大して抵抗していない……身体は」


「は? いや、そんなことは……」


 ない、はずだった。


 しかし現実には葵の言う通りで、彼女に背を押されるまま向かっていた。


 まるで吸い寄せられるかのように、スケベ椅子の元へと。


(ぐっ……こいつ、いつの間に……! オレの手足にぴったりなサイズで、いくつもの超短距離用のワームホールを生じさせ、それらを遠隔操作することによってオレの身体を操っていやがる……! こんな芸当も出来るとは予想外……いや、だがこれはあくまで聖神力によって生成されたもの、より大きな聖神力をぶつければ破壊できるはず……!)


 全身に力を込めようとしたその瞬間、未知の衝動が全身を駆け抜け、貫いた。


 鼓動が止め処なく加速し、体温が先程までよりも更に上昇していく。


(な……んだ、この、感覚は……? この女、他にも何か仕掛けを……?)


 蜘蛛の巣に絡め取られた哀れな獲物。そんなイメージがふと頭によぎった。


(まずい……この状況は、非常にヤバい気がする……! 今この場を支配しているのは、間違いなく麻薙葵……! 食われる……このままでは……!)


「ほらね? 奏詩ちゃんも、心の底では期待してるんだよ」


(違う、そうじゃない。これはそんな単純な、頭と心の二律背反だとかの話では断じてない! 考えろ、奴の仕掛けの糸口を探せ! 何が起きているのか、それを把握しない限り、ここから逃れることは決して不可能だ!)


 長男のような説明口調で必死に思考を巡らせる。


 そうでもしないとまともな意識を保っていられないくらいに、奏詩の思考回路はショート寸前だった。 まるで靄と霞と霧とが同時に掛かったかのように。


「は~い、1名様ご着席~。それじゃあ、たっくさん気持ちよくしてあげるからね」


 ブレスを多量に含んだ妖しい声音で囁かれる。


 麻薙葵のそれは左耳囁きから始まる。


 それとは、すなわち────

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ