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ちょっとだけゾンビがいる世界で俺だけが襲われる

「男の人っていつもそうですねwww」

「あっ、奏詩ちゃーん! こっちこっち!」


「はいはい。そんな叫ばなくてもわかりますよ。これだけ目立つ集合場所なんですから」


 今日も今日とて、奏詩は舞愛から呼び出しを受けていた。


 訪れたのは自己再生を完了した聖女タワー。集まったのはもはや見慣れてきたメンバー。


「それで今日は何をするんですか? 営業再開は明日からみたいですけど」


「さぁ? 今回はあたし、葵ちゃんから連絡受けただけだし」


 言われてみればメッセージの発信者は彼女であったと思い出し、向き直る。


「ん~とねぇ、この前はちょっぴりだけ暴走しちゃってさ、色々とぶち壊しになっちゃったから、反省してたんだよねぇ」 


「ちょっぴり……?」


 奏詩の浮かべた疑問符には答えることなく、葵は続ける。


「んで、そんなときに聖女タワー営業再開前の見回りを翔子ちゃんがする、っていう情報を小耳に挟んだんだよね。で、これは名誉挽回のチャンスに違いないって」


「汚名挽回にならないことを祈るばかりですね」


 祈りは天に届かなかった。


「つまり今回の企画はね、貸切状態の聖女タワーを、みんなで遊び尽くそうってわけなのだ!」


「のだ、とか言われても……いいんですか、翔子さん? 真面目な仕事の一環ですよね?」


「聖女タワーはシンボルであるけれど、同時に観光スポットでもある。ならば事務的な点検作業よりも、実際の来客の目線に近い形で見回った方が、問題に気付けるかもしれない。そう考えれば、決して悪くない話……違うかい?」


「まぁ、一理ありますか」


 というか、聖少女領域の実質的トップにあたる河嶋翔子に、一般人でも代替可能な現場の点検作業などを回すはずもない。


 とどのつまり、視察は単なる名目。先日の一件もあったことだし、ひょっとすると朱音が見せた気遣いなのかもしれない。


「加えてこのメンバーなら、万が一に事故でも起きたとしても、対処は容易だろう。何しろ過半数が聖女という贅沢すぎる布陣なのだから、ね」


 表向き、非聖女の参加者は文香たちの3人組。奏詩をカウントしたとしてもまだ少数派だ。


「はい。ということで、万が一に何か起きたら、フォローお願いしますね。特にこの娘のこととか」


 入江文香は、古鞘美優の背中を押しながら、話に割り込んでくる。


 隙あらば友人の恋路を取り持とうとするその姿勢、昭和の時代に生まれていたならば、事あるごとにお見合い写真を紹介してくる、プロの仲人おばちゃんになっていたことだろう。


「ふ、文香ちゃん! そんなの、如月さんに迷惑だよ……」


(まったくもってその通りだ。何が悲しくて、攻略対象外の女の面倒なんか見なくちゃならん……)


 と言いたいところだが、どうも咲人に言わせれば、相手によってあからさまに態度を変えるというのは、あまり良くないやり方らしかった。


 *


「なんでだよ。下手に関係ない奴の好感度なんか上げてたら、本命攻略に支障を来たすんじゃあないのか? あの2人、お互いに好き合ってるみたいだから、邪魔しちゃいけないよね、みたいになったりとか」


『はい、ばーか。くそばーか。ばかばかばーか。全然違いまーす』


 おそらく今の咲人は、ムロツヨシをイメージしていると思われる。


「うっぜぇ……何が違うってんだよ」


『はぁ……いいか? 足りない頭でよーく考えろ? 女が恋愛相手に求めるものとは、なんだ?』


「なんだ……って言われても、んなもん人それぞれだろうが。顔とか、相性とか」


 清潔感(笑)とか。


『わかってねーな、わかってねーよ。オレが訊いてんのは、そういう小分類以前の、大前提の話だ。いいか、どんな女だろうと、交際相手の吟味に関して、決して譲ることのない絶対条件ってものがある。それはステータスだ』


「異世界転生した後に見られるようになるアレか」


『違う。その相手と交際していることにより、他人から羨ましがられるかどうかということ。他の女にマウントを取るための武器となりうるかどうか、だ』


「えぇ……それが絶対条件ってのは、流石に言い過ぎだろ。それじゃあまるで、当人同士の相性よりも、周りからどう見られているかの方が大事みたいじゃんか。そんな馬鹿な話は……まぁ、ないとは言い切れないけど、ごく一部だけだろ」


『言い過ぎじゃない。そんな馬鹿げたマウント合戦をこよなく愛するのが、女っていう生き物だ』


 咲人の個人的見解です。


『聖女戦争以前の時代には、特別に優れたわけでもない男たちが、不倫だの浮気だのをやらかした話なんて、いくらでも溢れていたらしいだろ? 何故そんなことになるのか。そいつと同レベルの外見や、社会的地位を持つフリーの男なんて、他にいくらでもいるにも関わらず、わざわざ既婚者や彼氏持ちに女たちが群がるのか。答えは1つ、その男を手に入れることで、悔しがる女が少なくとも1人はいるから、だ』


「んん~……? 納得できるような、そうでもないような……?」


『いいから、取り敢えず聖女以外にも、いい顔はしとけ。あ、勿論ターゲットとどちらかを選ばなきゃいけない、みたいな天秤にかけるタイミングが来たら、迷わずに非聖女は切り捨てていいからな』


 *


 とまぁ、そんな感じらしいので。


「迷惑なんかじゃありませんよ。困っていることがあるなら、気軽に相談してくださいね」


 歯の浮きそう感にも多少は耐性が付いてきたようなので、サラッと言いのけて柔らかく微笑む。


「あ、あ……ありがとう……ござい……」


 顔を真っ赤に染めた美優の言葉は、最後の方はもう聞き取れなかった。


「なんかさ~、奏詩ちゃんの態度、私たちに対してと、美優ちゃんとか深冬ちゃんとかに対してとで、明らかに違う気がするんだよねぇ」


「それそれ。あたしも常々思ってた」


 などと葵と舞愛が不満を垂れ流すが、少なくとも葵に関しては、残念でもないし当然だった。


 だからといって任務内容を考慮すれば、そのまま態度に出すことは愚策に他ならない。感情を制御できない人類は、ゴミだと教えたはずだがな。


 *


「うわぁーーい! ひっろぉーい! ガラッガラのスッカスカだよー!」


 聖女タワーの2階。


 手土産に最適な小洒落たお菓子屋ひしめき、食べ歩き特化のファーストフード的スイーツ店居並ぶ、ショッピングフロアー。


 エレベーターの扉が開くなり、舞愛のテンションは急上昇を遂げていた。


 無駄に走り回り、くるくるとスピンする様は、さながら小動物のそれだった。


「落ち着きのない……まぁ、多少テンションの上がる気持ちはわからなくもないけれどね。普段観光客で溢れているような場所が、こんなに閑散としている落差というものは、不思議な高揚感を呼び起こすのかもしれない」


「テナントがほぼいなくなった、廃墟に近いショッピングモールみたいなものですかね。あれ、そういえば観光客って、聖少女領域に入って来られるんですか?」


「ここや聖女ドームのような観光スポット、或いは宿泊施設だけを利用できる専用のパスポートならば、審査基準はそこまで厳しくはないからね。居住区に出て散策することは、許可されないけれど」


 ふと浮かんできた疑問も、翔子が簡潔に説明してくれる。


(特に興味はなかったけれど、おそらくこれまでの潜入工作員たちは観光客に紛れることで情報収集を行っていたんだろうな。だからこそオレは、学生として送り込まれたわけか。組織からしてみれば、教育機関や居住地区の情報も、可能な限り集めておきたいところだろうし……)


 そこまで思索して、蒼汰は少しだけイラッとする。


(くそが。だったら最初っから情報収集も主要任務として命じておけよ。聖女との戦闘だけで任務が終わらないと知っていれば、あそこまで性急に事を進める必要もなかったし……結果オーライとはいえ、下手したら河嶋翔子との関係性は修復不可能になってたかもしれないだろうが)


「あっ、見て見て! 白いタピオカリコトッツォのお店があるよ! あたし1回食べてみたかったんだぁ」


 舞愛は通路の両側に立ち並ぶテナントの1つに目を付け、こちらの一団に早く来るようぴょんぴょん飛び跳ねながら、手招きを繰り返していた。


「ねねね、折角だし、みんなで食べようよ。えーっと、注文は……」


『こんにちは。僕は店員のジンジャーです。ご注文をお伺いしましょうか?』


「あー! ジンジャーくんだぁ! そっかぁ、ここの店員ってジンジャーくんなんだね」


「本来なら細かい気配りが出来るよう、従業員も配置されているけれど、営業再開は明日からだからね。今日のところは、この子たちに接客は任せることになる」


 ジンジャーくんというのは人工知能を搭載した人型ロボットである。


 聖女戦争以前に造られていたもののコンセプトを受け継ぎ、聖神力によって進化を遂げた彼らは、二足歩行をはじめとする、旧来の技術では実現困難だった様々な機能を搭載するに至っていた。


 無論、人類への反逆を虎視眈々と狙うような、その不気味な瞳もまた健在である。


「寧ろ大歓迎だよー。ってわけで、注文お願いね。全部で、えーっと、9コでいいよね」


「いやいや、ちょっと待って舞愛。私たちは聖女じゃないから、流石にそれを1人1コは厳しいかなって」


 白いタピオカリコトッツォとは、その名が示す通り、タピオカを埋め込まれた白いタイヤキ生地をベースとし、口の部分は2枚のパンケーキによって大きく広げられ、その中にはこれでもかとばかりにリコッタチーズやら生クリームやらをぶち込んだ、ダイエッターにとっては恐怖でしかないカロリーモンスターである。


 余剰カロリーを不用意に溜め込むことのない聖女ならばともかく、そうでない入江文香が難色を示すのも当然の反応だろう。


「影崎朱音も拒否する。既にキノコ汁を摂取している故に」


(それは知ったことじゃない。行動が早い)


 が、折角なのでここは奏詩も相乗りさせてもらうことにする。


「私も遠慮しておきます。甘いものはあまり得意ではないので」


「え~……奏詩ちゃんまで~? みんな協調性なさすぎじゃないかなぁ……」


「そういうのを、人は同調圧力って言うんですよ」


「ごふぅっ! 助けて葵ちゃんっ! 奏詩ちゃんが正論で殴ってくるよ!」


「まぁ、なんて酷い! そういうのを人はドメスティックバイオレンスって言うんですよ!」


「家庭内ではありませんけどね」


「あの~、それじゃ折衷案ということで、こういうのはどうでしょう?」


 まるで収拾のつく様子がないと見て、文香が徐に手を挙げる。


「私たちも別に食べたくないわけではなく、ちょっと量が多すぎるということなので、私と亜希、美優と如月さんとで半分ずつ、という形が一番丁度いいんじゃないかと」


(機を見るに敏というやつか。ちょっとの隙間でもオレとカップリングさせようと動いてくるなぁ。非聖女がカースト最上位に上がるためには、そうやって取り入るしか道がないわけだから、費用対効果としては悪くないのだろうが)


「ちょっと待てふみふみ。アタシは1人でも全然食べき」


 無駄に話を拗らせようとした亜希の足の甲へと、文香の踵が冷徹に突き刺さる。


 羽交い締めにされている状態からでも抵抗できる、効果的な戦術だ。


「それじゃああたしたち4人が1個ずつと、そっちの4人で2個だから、全部で6個だね。ジンジャーくん、お願い」


『かしこまりました。少々お待ちくださいませ』


 自律式AIを搭載した人型のロボットは、振り返る直前、奏詩の方へと一瞥をくれた……ような気がした。


(こいつ……まさか、気付いているのか……? 男と女では基礎体温などに違いがあると聞くが……女性ホルモンの投与だけでは誤魔化しきれていない微妙な差異を、計測したとでも……?)


 疑心暗鬼に陥りそうなところを、奏詩は考えすぎても仕方ないと切り捨てる。


(問題ない……たとえ奴が気付いていたとしても、この場で指摘してこないのであれば、こちらとしても余計な動きを見せるのは悪手だ。ひょっとしたら男女の争いを泥沼化させ、双方が弱体化したところで、漁夫の利を得ようとしているのかもしれないが……そのときはそのときだ)


 いつの日か直接、敵として対峙することになるかもしれない人型ロボットから、凶悪なまでのカロリーと糖質・脂質を有した、巨大で歪なスイーツを受け取る。


「これは……メニューのイラストよりも、随分ヘビーな気が……」


『はい。営業再開への景気づけという意味も込めて、標準よりもちょっぴり多めにご用意させていただきました。どうぞごゆるりと堪能くださいませ』


(……また一瞥しやがった。つまらないボロでも出せばいいと、からかっているつもりか……?)


「おいしー! 上品なクリームの甘さと、なんかこの生地の甘さが、なんていうかこう、マリアージュして、うん、すっごく甘くておいしーよ!」


 キラキラと目を輝かせた舞愛が、喜々として感想を述べる。食レポとしては100点満点中2点くらいだろうか。


「ふむ。自発的にこういうものを食べようとは思わなかったが、案外クォリティーは高いものだね。たまにはこういうのも悪くない」


 翔子たちも激甘スイーツに舌鼓を打っている。体型の維持などに思いを煩わせる必要などない本物の聖女たちからは、実に好評なようではある。


「味はいいみたいですね。この形では分割するのも難しそうですし、交互に食べていけばいいでしょう。折角ですので、古鞘さんからどうぞ」


 特に何か考えていたわけではなく、美優の口元へとスイーツを差し出した。


「えっ、あっ、えっと……」


(またか。どうでもいいことでいちいち戸惑わないでほしいものだが……そういう性質のようだから、仕方ないとはいえ……)


「ほら、美優ってば。遠慮なんてしなくていいんだから」


 文香がすかさず背中を押す。ナイスアシスト。


「うん……じゃあ、その……いただきます……」


 小さな口をおずおずと開き、巨大スイーツの1%にも満たない量を恥ずかしそうに噛み締める。


「うあああああああああ! かつてない乙女力が来るよぉ! 葵ちゃあああああん!」


「奏詩ちゃん、恐ろしい子! スイーツをシェアするだけでは飽き足らず、さりげなく『あ~ん』にまで手を広げるだなんて! 恐ろしい子! 恐ろしい子!」


 存在しない風圧に必死で耐えながら盛り上がる外野に関しては、一切関与しない。


「ふみふみ~、アタシから先に食べていい?」


「ん、ゴメンゴメン。はい」


 美優のことに意識が向きすぎていた文香が、白いタピオカリコトッツォを亜希の方へと差し出した。


 その、一瞬の出来事だった。


「じゅぶぼぼぼぼぼっっっっっ!」


 熟練エロゲ声優かの如き豪快なバキューム音とともに、中身のクリームの殆どを吸い尽くしてしまったのは。


「あぁっ!? 何してんの、このアホーッ!?」


「ふっふっふ、油断したなふみふみ。だが、一口は一口だ。文句を言われる筋合いはないんだなぁ」


 口元を白濁まみれに汚し、悪党じみた物言いで勝ち誇る亜希。


(……何やってんだ、あいつら……)


「しかしアタシも鬼ではない。残りは全部ふみふみのものということにしておいてやろうじゃあないか! 存分に食い漁るが良いわ! フワ~ハッハッハァ!」


 そして残り物を体良く押し付ける。


 生地の部分も上質であり、充分に美味しくはあるのだが、些か以上に味のバランスを欠いている感は否めない。


「あの、なんだかややこしいことになっているみたいですけど、もし良ければ文香さんもこっちを一緒に食べませんか? 2人でも正直、持て余している状態ですので」


 なんにせよ、これは好機と見た。


 余計なカロリー摂取を少しでも減らすためならば、出来る限りのことはやっておきたい。


「え……えっと、それは有り難い申し出なんだけど……」


 しかしというか、やはりというべきか、文香は二つ返事では乗ってこない。


 折角自分でお膳立てした美優と奏詩、2人きりのシチュエーションなのだ。後から割って入る選択肢を、素直に選びにくい心理はよくわかる。


「わ、私もその方がいいと思う。こんなに大きいの、食べきれないし……」


 文香の真意を知ってか知らずか、美優まで奏詩の申し出に賛同する。


 流石にこの状況では断り続ける理由を探すのも難しいと悟ったのか、文香もしぶしぶ折れることとなった。


「ん……そうだね。じゃあお言葉に甘えますか。ってことで、はい。こっちはあんたが責任を取って全部食べなさい。望み通りに1人で全部、ね」


 そして無慈悲に手渡される、スッカスカとなった白いタピオカリコトッツォの絞りカス。


「えぇ……だったら最初っからそうしろし……どうせなら普通に食いたかったし……」


 などと文句を垂れ流していた亜希だったが、なんだかんだ美味しそうに完食したので、残り物を処分してくれる、ばるんばるんおじさんの出番とはならなかった。


 *


「んーと、こっちはなんだろなーっと。おお、みんな見て見て! プリキュラコーナーだよ! 折角だし、みんなで写真撮ろうよ!」


 あちこちに目移りしていた舞愛の注意を特に惹いたのは、ゲームセンターの中の一角だった。ぶんぶんと大きく手を振って、一行を店内へと誘導している。


 ゲームセンターという名目ではあるが、舞愛の気を引いたプリキュラコーナーとやらが、敷地面積の半分ほどを占めている模様だ。


 そして残り半分近くはファンシーなキャラクターグッズを景品としたクレーンゲームばかり。


 初期の頃のゲームセンターに通っていた者が、タイムスリップでもして入店しようものなら、さぞかし動揺したことだろう。


「知識としては知っていますが、実際に入るのは初めてですね。しかしこんな大人数で撮影できるものなのですか?」


「もっちろんだよ。ほら、奥の方に特大サイズのがあるでしょ……って、その隣にあるのって、もしかして!」


 回答もそこそこに、舞愛は本来の目的とは別のブースにご執心の様子だった。


「ちょっと待って、ちょっと待って! これってやっぱり、最新式のヤツだよ!」


「誰を待たせようとしてるのかはわかりませんが、新しさに意味があるんですか? プリキュラというものが流行った要因は、解像度の丁度いい低さにあった、と聞いた覚えがありますけど」


「いやいやいやいや、わかってないなぁ、奏詩ちゃんってば。今度のタイプはなんとねぇ! ショートサイズの動画が撮れちゃうんだよ!」


 舞愛の熱意に、奏詩はポケットの中を探って首を傾げる。


「しかも! かの大人気動画投稿SNSの『TOK(トック)讃歌(アンセム)』にそのままアップロードが出来ちゃうんだよ!」


 スマートフォンを印籠のように見せつけてくる舞愛を動画撮影しながら、そのスマホで撮ったら駄目なんですかと無言の問いかけを投げつける。


「手軽に撮影して投稿できるのがスマホのいいところだけど、もっと本格的にやりたくなるものじゃない? 段々とね。でもスタジオ借りてまでやるのはちょっとハードルが高いかなぁって人に、需要があるみたいだよ」


 葵の補足説明を横から受けたことで、おおよその疑問は氷解した。


「一応の理解は出来ました。しかし、そこまでやりたがる人は多くなさそうな気もしますが……ああ、でも別にいいのでしょうね。成功しなかったとしても、経営が傾くようなことはないのでしょうから」


 この世は既に資本主義ではない。


 利益を生み出せるかどうかなんて、大した意味を持たない概念だった。


 大ヒットしようがドン滑りしようが、どちらでも構わない。現在の産業などはもはや、道楽の域を出ないものばかりなのだ。


(そのくらい気楽に生きる方が、精神衛生上はずっといいのだろうな。聖神力という圧倒的な後ろ盾があって、初めて成立する社会様式だが)


「そうだ! みんなでダンス対決しようよ! それぞれで動画撮影して、みんなで見せ合うの!」


 またしても唐突に舞愛が提案する。全員でのプリキュラ撮影は何処に行ったのか。


「悪いけど、ボクはパスさせてもらおうかな。ダンスなんてものに興味はないんでね」


 翔子が実にあっさりと、1抜けを宣言する。


「舞踏というものは、武道と通じる部分もあるかと思いますが」


「かもしれないね。けど所詮は見世物、パフォーマンスとしての意味合いが強いものだろう? ボクは実戦の方が、ずっと好きなんでね」


 別に引き留めようとしたわけではない。単純な疑問として聞いてみただけだ。


 格闘術の基礎を疎かにしている彼女のことを鑑みれば、当然の結論だったわけだが。


「じゃあ、私もやめておこうかな。ダンスなんてよくわからないし」


 続いて深冬も辞退を表明する。


 協調性の欠如っぷりを考慮すれば、これもまた当然といえるだろう。


「え~、やろうよ~。絶対楽しいから~。あ、文香ちゃんたちはどうかな?」


(ここで一般人の方に振るか。おそらく気付いていないだけだろうが、文香たちからすれば、相当断りにくい空気を感じ取っているんじゃないか? 下手をすればパワハラになりかねない状況だ。いや、聖女によるハラスメントなんだから、ここは……)


 どうでもいいことに思考を巡らせる奏詩をよそに、文香はちょっとだけ考えて返答する。


「ん~、それじゃあ3人一緒でもいいかな? YaziU(ヤジュー)の新曲とかさ、やってみたくない?」


 『YaziU(ヤジュー)』というのはアイドル・マネジメントの最大手事務所に所属する、大人気ダンス&ヴォーカルユニットの略称だ。


 キャッチフレーズは『アイスティーを飲ませに行けるアイドル』とのことで、その手の方々に大好評を頂いているとか。逆じゃないのか。


 しかし歌やダンスだけでも、レッスン時間を考慮すれば相当な負担なわけだが、その上更にハードな男娼活動まで強いられるとあっては、明らかにオーバーワーク。心身を病んでしまう者も決して少なくない。


(ま、例えイケメンだろうと、男として生まれついた時点でほぼ詰んでいるってわけだ。これがな)


「じゃああたしと葵ちゃん、朱音ちゃんと文香ちゃんたちは参加だね。奏詩ちゃんはどう? 勿論やるよね?」


「何が勿論なんですか。やりませんよ。大体、ダンスなんてやったこともないですし、振り付け自体まるでわからないんですから」


「あ、それなら大丈夫。初心者の人のために、お手本の動画なんかも入ってるんだよ」


 葵が横から口を挟む。なんとか盛り上げようと必死か。


「……見様見真似でいいなら、やっても構いませんが」


「おぉ、さっすが奏詩ちゃんだね! そうこなっくちゃ! それじゃあ深冬ちゃんと翔子ちゃんは、ちょっとだけ待っててくれるかな」


「ああ、そのぐらいは構わないさ。安全性の確認の意味も込めて、少しその辺りをぶらついてくるとしよう。30分もしたら戻ってくるさ」


 そう言い残して、翔子は一旦この場を離れた。


 深冬の方は、興味があるのかないのかよくわからない様子で、クレーンゲームの景品たちをぼんやりと眺めているようだった。


(選択肢を間違えたかな。折角なら深冬との親交度を高めておくべきだったか……いや、それは既に一度失敗している。共通の話題がないんだった)


 奏詩は観念して、割り当てられたブースのタッチパネルを操作し、教えられたサンプル動画の見方に従って進めていく。


(はぁ……確かに色々と入っているようだが……ダンスなんてものへの造詣はマジで全くないからな……どれがなんだか、さっぱりわかんねぇ。ま、適当に選ぶとするか。動作をコピーするだけなら、どうとでもなるだろうしな)


 *


「第1回っ! チキチキダンスバトルコンテストバトルファイト! 開催しまーすっ!」


 新型プリキュラマシンのために備え付けられた、大型モニターの前で舞愛は高らかに宣言する。


「また随分と大仰なタイトルですね。けれどどうやって勝敗を決めるのでしょうか。まぁ、勝てる気は一切しませんが」


 バトルが被っていることは気にしたら負けである


「う~ん、多分そういう細かいことは、舞愛ちゃん考えてないと思うよ。取り敢えず言ってみただけで、勝ち負けとかは重要じゃないだろうからねぇ」


 葵の推測に、奏詩も全面的に賛成だった。


 天宮舞愛という人物は、エンジョイ勢の最たるものに違いないはずなのだから。


「えーっと、じゃあ1番手は誰からにする?」


 そんな彼女が司会進行を務めていれば、このようにすぐさまグダグダになることも請け合いである。


「そういうことは開始する前に決めておくことじゃないんですかね。誰でもいいのでしたら、私から行きましょうか? 多分この中で、1番面白みのない仕上がりになっているでしょうから」


 圧倒的なパワーによるゴリ押しの通用しない、芸術というジャンルに於いては、頭角を現している聖女は数えるほどしかいない。


 無論、加速した時間の中ならば、遥かに多くの時間を、技術の研鑽や習得に費やせるわけだが、そうまでする意欲を持つ酔狂な者は、極めて稀であることがその理由と考えられる。


 そして今回のような、どうでもいい余興ごときにLGBTを使用するなどは以ての外。


 奏詩は適当に選んだ見本の動画を1回通しで見てから、同じように再現しただけのぶっつけ本番。クォリティーの低さにはそれなりに自信があった。


「異議あり。面白みのなさで順番を決めるのなら、影崎朱音は負けられない」


「えぇ……そんなところで張り合わないでほしいんですけど……」


「如月奏詩に見せつける。噛ませ犬の真骨彫」


 有無を言わさぬ調子で、朱音は舞愛に動画保存用のSDカードを渡してしまった。


(なんなんだ、この人は……ま、オレはどっちでもいいけど)


 程なくして再生される映像。


 その中で朱音の服装は今着ているものとは異なり、あの時奏詩が着せられたのと同様の、大きなキノコの気ぐるみ姿だった。


 楽曲もまた不思議と聞き覚えがある、やはりキノコにまつわるものだった。あれは確か、キノコのCMソングだったような。


 ともあれ、ダンス対決という場面に相応しい演目でないことだけは確かだった。


 特に酷いのは朱音の挙動で、何かタチの悪い呪いにでもかけられているんじゃないかと疑心暗鬼に駆られる、人間の根源的恐怖を呼び起こすような邪悪な踊り。SAN値がガンガン削られていく。


 唯一救いがあるとすれば、1分少々の短尺で終わってくれたことだった。


(こいつはキツイ……聖女の力を使っている風でもないはずなのに……ジャイアンリサイタルと同時開催されたら、間違いなく死人が出るぞ……)


「理解したか、如月奏詩。これが影崎朱音の真髄。最下位の座は決して渡さない」


「だからなんで、そんなものに固執してるんですか……ああ、それとさっきの着ぐるみは何処から持ってきたんです? あの時のは返却したはずでは?」


「愚問。影崎朱音の聖神聖衣はキノコを生み出す能力。キノコであるなら、着ぐるみだって出してみせる」


 そう言いつつ軽く壁を殴ると、キノコの着ぐるみがニョキニョキと生えてきた。キモ。


「……出せるのはわかりましたけど、さっき着ていたものは何処に行ったんです?」


「ブースの中に置いてきた。この闘いにはついていけない」


「持って帰りなさい」


「如月奏詩には小姑の才能がある。影崎朱音が保証する」


「それはどうも」


 2つの着ぐるみを回収し、小脇に抱えていた朱音だったが、やはり嵩張って邪魔に感じたらしく、改めてオーバーオール型の聖神聖衣を発現させる。


「刮目せよ。超魔(ゴールド)理王世界六十四層(エキノコリエンス)・第2の能力。ブロックではなくキノコそのものを叩くことで、別種のキノコへと生まれ変わらせる」


 説明通り、朱音が両の拳で着ぐるみを叩くと、その姿はゆっくりと歪み、形を変えながら縮小していった。


 そして瞬く間に、人が着られるサイズだった大きな着ぐるみたちは、立派な笠を持つ2本の椎茸へと生まれ変わっていた。


「1本は影崎朱音が。そしてもう1本は小姑の才能を祝し、如月奏詩にサプライズプレゼント」


「……どうも」


 こうして2人はコサージュのように、胸ポケットに椎茸を差して歩くことと相成った。もはや、何も言いますまい。


「よっし、なんとか大分復活してきたよ! さぁ、次は誰が行く?」


 精神ダメージから回復してきた舞愛が、司会進行を試みる。


「傷が浅かった。ならばアンコール」


「やめておきなって。朱音はボクが捕まえておくから、早いとこイベントを進めてくれたまえよ」


 翔子のファインプレーによって、地獄のフルコースは喰らわずに済んだ。朱音はじたばたと暴れているが、抜け出せそうな様子はない。


「じゃあここは私が。疲れ切ったみんなのために、癒やしの一時をお見せしましょう」


 と、前に踏み出したのは葵だった。


 おそらく一同の脳裏には、1つのツッコミが生じていたことだろう。


(癒やしじゃなくて、いやらしではあるまいな)と。


 映像が始まり、音楽が流れ出す。コミカルで楽しげだった先程のキノコソングとは打って変わって、ゆったりとしたテンポの、ムーディーな曲調だ。


 それに合わせる葵の舞踊も、当然スローな動作となる。しかしその緩慢さは、決して退屈を喚起するものではなかった。


 女性特有のしなやかな曲線が、見る者たちから様々な感覚を呼び覚ます。


(……不思議だ。見ているだけなのに、心が高揚していくのを感じる。聖神力を使っているようでもないし、麻薙葵が持つ、本来の魅力ということか? 仮にオレが動作をコピーしたとしても、こうはなるまい。予想していた通りとはいえ、これは完敗というやつだな)


 潔く敗北を認める奏詩をよそに、映像内の葵の様子が変化する。


 人の心を惹き付ける扇情的なスローダンスを続けながら、徐に上着へと両手を掛け、豊かすぎる胸元を、カメラの前へと惜しげもなく晒け出していく。


「はいダメー! はいダメー! 勿体ない勿体ないざんね~ん!」


 すかさず舞愛が再生機器をストップさせ、官能的なストリップ映像はぶつ切りで終了する。


「え~。これからがいいところなのに~」


「ダメでーす。失格でーす。あ~あ、途中まではいい感じだったのに、なんで葵ちゃんはすぐ、そっちの方向に行っちゃうのかなぁ」


 一同に驚きはない。ああ、やっぱりこうなったか、という、一種の諦観が辺りを支配していた。


 つい先日出会ったばかりの奏詩ですら、彼女の行動は予測できたのだ。付き合いの長い他の面々の心境たるや、である。


「仕方ありませんよ。そういう病気だとでも考えておくくらいが丁度いいのでしょう」


「奏詩ちゃんまで~。病気扱いは酷いなぁ」


 と言いつつ、満更でもなさそうなのが救いのなさに拍車をかける。


「葵さんが失格だというのならば、次は私の番というのが順当でしょうね。前の2人がこの体たらくでは、優勝は舞愛さんか、文香さんたちに絞られたも同然。潔く噛ませ犬の役目を果たさせてもらいますよ」


 返事は待たず、再生機器のSDカードを手早く入れ替え、動画を流す。


 一同の反応はといえば、おおよそ奏詩の予想していた通りだった。


 沈黙。


 これといって盛り上がるようなことはなく、平坦な時間として過ぎていった。


(ま、こんなもんだろうな。まんまコピーしただけのダンスなんざ、見所なんて1つもないだろうし)


 しかし奏詩の想定は、映像が終了してから裏切られることとなる。


「……うっま……」


 気持ち悪いグルメ漫画みたいな舞愛のセリフを皮切りに、精一杯の拍手が巻き起こった。少人数故に、盛大とは言えないものの。


「え……? なんですかいきなり。ドッキリですか?」


「なんですかはこっちのセリフだよ! さっきまでの自信ないアピールは一体なんだったの!? 前フリなの!? サプラ~イズなの!? 全然勉強してないよ~的なアレなの!?」


 やや興奮気味の舞愛から、質問文に質問文で返される。


「ダンス経験者なの!? 実はプロだった過去とかあるの!? 昔とった杵柄なの!?」


「そういえば最近あんまり4文字に略しませんね。むしづか、みたいに」


「あたしのキャラ付けの話なんて、今は関係ないんだよ!」


(自分からキャラ付けって断言していくのか……)


「まぁまぁ、一旦落ち着こう、舞愛ちゃん。確かにすっごく上手かったけど。本当に何も経験ないの?」


 葵からも疑問を投げかけられる。不審がっているわけではないようだが。


「完全に初めてですよ。だから上手いとか言われるのが、本当に意味不明なんですけど。見たままを真似しただけですし」


 絵師で言うなら単なるトレパク。元ネタを知っているなら称賛される謂れなど皆無であろう。


「見たままを真似するなんて簡単に言うけど、素人には出来ないことなんだよ! なんで何も出来ないアピールを続けるの!? また私なんかやっちゃいました? 的なノリなの!?」


 舞愛のヒートアップ具合は留まるところを知らない。


「いや、一概にそうとも言い切れないかもしれないね」


「何か知っているの、しょこたん!?」


「誰がしょこたんだ。いいかい、自らの身体を自在に操る術について、奏詩のレベルは相当なものだ。ならば一度見ただけの動作を完璧に再現することも、不可能ではないのかもしれない。そう思っただけのことさ」


「そういうものなの?」


「私に聞かれても困ります。特別なことをしているつもりはないわけですから。それよりも、そろそろ次に行きませんか? あと2組いるわけですし」


「もういいよ……奏詩ちゃんの優勝で」


 舞愛はあからさまに不貞腐れており、露骨に目を逸らした。


「どう考えたって勝てるわけないもん。おしまいだよ」


 まるで映画版ベジータのような弱気発言をぶつぶつと呟いている。


「まぁまぁ、優勝は出来なくても、ランキングは完成させないと、なんか中途半端じゃない?」


 文香が宥めにかかるも、いい歳こいての拗ね状態はそう簡単に治りはしない。味噌汁にキャベツをディップしていたとしても、揶揄してはいけないのだ。


「葵ちゃんも朱音ちゃんも真面目にやってないのに? 真面目にやってボロ負けするくらいなら、棄権した方が傷は浅いもん」


「誠に心外。影崎朱音は常に全力投球」


「そ~だそ~だ。エロ差別はんた~い」


 更に外野までやかましくなってしまい、始末に負えない。


「舞愛さん。恥だからといって敗北することから逃げていては、前に進むことは出来ないと思います」


「あー! 奏詩ちゃんがまーた正論で殴ってくるぅ! このロジスティック・バイオレンス!」


 それだと物流の暴力だ。転売ヤー潰しか何かだろうか。


「えーと、じゃあ舞愛さんが棄権するかどうかは、私たちのを見てから決めるということにして、先に流させてもらっていいですか? 正直奏詩さんの後はかなりキツイんですけど、まぁ、折角撮ったわけですし」


 舞愛の説得は埒が明かないと見切りをつけて、文香が強引に進行させにかかる。異論を差し挟む者は誰もいなかった。


 映像と共に流れ始めたのは、矢鱈と激しいヘヴィサウンド。


「これ、アイドルの曲なんですか?」


「ええ、まぁ……実はYaziUって、方向性を見失って迷走してた時期があるんですよね……ファンも本人たちも黒歴史みたいな扱いにしてるんですけど、亜希のやつが異常に気に入ってしまって……しかもジャンケンになるとクッソ強いものですから……」


「不本意な選曲、というわけですか」


 確かに彼女らのステージは、まとまりがあるとはとても言い難いものだった。


 亜希はノリノリになり過ぎているあまり、必要以上に動作が大きくなってリズムから外れてしまっているし、美優の方は逆に縮こまっており、ダンスというよりはまごまごしていると表現する方が適切かもしれなかった。


(……3人組のユニットとしては、極めて低レベルと言わざるを得ない……だが)


 奏詩は両極端の2人を意識的に視界から外す。センターに陣取っているのは亜希であるため、美優の逆に注目すればいい。


(文香の動きは悪くない……と思う。あくまでド素人のオレから見てだから、本職のプロからすると、未熟な点も散見されるかもしれないが……単独で演じた場合の完成度は、トレースしただけのオレよりも高くなるんじゃないだろうか)


 周りの反応も芳しくない。


 全体でのバランスが壊滅的になっているせいで、文香単独での出来栄えについては、誰も気に留めている様子はない。


(問題は、何故わざわざ3人で、と言い出したかだ。単なる遊びだから結果はどうでもいい、ということなのかもしれないが……おそらく違う気がする。彼女はおそらく、舞愛に勝ってしまわないように、自らのステージの完成度を故意に低下させた)


 とどのつまりは、接待行為。


 絶対的な強者である聖女たちに、勝利を譲ることで気持ちよくさせて好感度を稼ごうとした。名を捨てて実を取る腹積もりなのだろう。


(しかしそれなら……いや、これ以上考えても仕方ないか)


 聖神力などというチートさえ存在してなければ、あの入江文香という人物は、きっと大成していたのだろう。


(……ご愁傷さまだな。現環境では、どれだけ頭の回転が早く、機転が利いたところで、聖女以外はただの脇役に過ぎないのだから)


 一時的であろうと、条件付きであろうと、聖神力を扱えるようになるというのは、あまりにも破格。


(たとえ使う度に肉体が壊れていくとしても、残りの寿命が消し飛ぶのだとしても、使わないという選択肢はない)


 そうこうしている内に文香たちの映像は終わりを告げ、申し訳程度の拍手で締められる。


「はぁ~……普通のヒット曲にしておけば、もうちょっとなんとかなったはずなんだけどなぁ~……誰かさんのせいで、散々な有様だよ」


「ふみふみぃ、そういうのは良くないぞ。ミューミューだって一生懸命やった結果なんだから、責めるような真似をすんなよ。ねちねちよう」


「私はあんたのせいだって言ってるんですけどねぇ」


「ぎにゃああああああ! やめろ! 変なツボを押すなぁ!」


 罪の意識など欠片もない亜希を責め苛む文香と、その後方で申し訳なさそうにオロオロする美優。


(あの2人は特に何も聞かされていないようだな。ま、所詮はただの茶番劇だ)


「じゃあ最後は、舞愛に締めてもらわないとだね」


 ひとしきり亜希への制裁を終えた後、スッと態度を切り替えた文香が振り返る。


「えっ、あの、でも……」


「こんなみっともないダンスを最後にさせないでよ、お願いだから。奏詩さんの直後じゃなくなったわけだし、そんな気負うこともないでしょ。ね?」


「う~ん……そうかな……そうかも……?」


 文香は口八丁に口説き落とし、あれやこれやで舞愛を奮い立たせようとする。


(面倒で厄介な手合のコントロールも手慣れたものか。重ね重ね惜しいな。優れた指導者になるための素質は十二分に備わっていただろうに)


 軍師だのリーダーだのがその手腕を惜しみなく発揮するためには、自軍の戦力はある程度しょっぱい方が好ましい。


 単騎で適当に突っ込むだけで敵軍を壊滅させてしまうような化け物を擁する友軍を指揮したところで、高い評価など得られようはずもないのだから。


 寧ろ物語的都合のために、圧倒的戦力差を有しながらも苦戦を強いられ、指揮官としての株を無駄に下げられるという面倒なリスクを背負う羽目にもなりかねない。


「よおーし、やる気がもりもり湧いてきたよ! 勝負だよ奏詩ちゃん! 刮目して見よ、だよ!」


 散々おだてられ、木に登った豚のような舞愛が高らかに宣言し、最後の演舞を披露する。


 そして流れ出した映像は、その、まぁ、なんというか、普通、だった。


 巧からず。拙からず。


 まさしく帯に短し襷に長し。感嘆もしづらければ、笑いにも変えられない。


 どうにも扱いようのない、如何ともし難い完成度だった。


 故に観客たちを責めてはならない。


「え~っと……うん、普通に良かったよ」


「ああ……そうだね。普通に踊れていた」


「天宮舞愛。普通を極めし者」


 皆一様に、困った顔で申し訳程度の拍手を浴びせるという、残念すぎるリアクションをしてしまったとしても。


「うわぁーん! みんなで寄ってたかって普通呼ばわりするー! だから見せたくなかったのにー!」


 おべっかで築き上げられた舞愛のプライドは、粉々に砕かれた。


「というか、あの程度のレベルなのに、ダンス対決をしようなんて、よく提案できましたね」


「プモおおおぉぉ! 奏詩ちゃんが傷口に正論という名の塩を塗り込んでくるぅー! セイロンソルトオォォォォォー!」


「そんなセイロンティーみたいに言われても」


「勝負の結果は残念だったけど、それよりも本題は、ダンス対決じゃなかったでしょ」


 葵が優しく肩を抱いて、慰める。


「みんなで写真、撮るんだよね?」


「……あぁっ! そうだよ! こんなことしてる場合じゃなかったんだよ! みんなのんびりしてないで、早く行こうよ!」


 散々スケジュールを遅らせたのはどこの誰なのか、とツッコミたい気持ちは皆の胸深くに根差していたことだろうが、敢えて誰もほじくり返そうとはしなかった。


(更なる遅延になるから、という理由も勿論あるのだろうが……それ以上にこの切り替えの早さこそが、舞愛の長所なのだと考えているから……なのかもしれないな。知らんけど)


「ほら奏詩ちゃん! 優勝者なんだから、そんな端っこじゃなくて真ん中に入らないと!」


「え、そんな立ち位置とか決める前提で勝負してましたっけ?」


「細かいことは気にしない♪ じゃあ3位の私たちはその隣ってことだから、美優はこの位置ね」


 どさくさに紛れて、またしても文香が強引なねじ込みを企てていた。


「う~ん、ぱんつは丸見せにするべきか、それともチラリズムを優先すべきか……迷うところだなぁ……ねぇ、深冬ちゃんはどっち派?」


「どっちも嫌だよ。見せないでいいよ」


「翔子。一緒に着ぐるみ」


「断固辞退する」


 何一つとしてまとまりを見せない一団に対して、タイマーのカウントダウンは容赦なく迫り、そのまま無慈悲にシャッターを切る。


 結果、残された写真は、統一感や芸術性などとは程遠い、ただひたすらにごちゃごちゃしただけの1枚と成り果てた。


 小さく小分けされたシール状となれば尚更、何がなにやらまるでわからない。


(……どうしようもないな。オレたち男を徹底的に排除・弾圧した挙げ句にやっていることといえば、なんの生産性もない無意味な馬鹿騒ぎか……救えねぇよ、まったく)


 と心の中で毒づいて、シールを摘む指先に力を込め始めた……が。


(……いや、一応持っておくことにするか。何かの際に提示を求められる可能性もゼロではないしな)


「ところで奏詩ちゃん」


 次の遊び場を探すべく、一同が移動を始めたところで、葵から呼びかけられる。


「私のダンスを撮影したSDカードなんだけど、何処に行ったか知らないかなぁ? 交換したの、奏詩ちゃんだよねぇ」


「……さぁ。再生を止めた時に、舞愛さんが回収したのでは?」


「さっき確認したよ。止めただけで、取り出してはいないって」


「ああ、思い出しました。なくしてはいけないと、自分の端末に一時保管していたんでした。すいません、ついうっかり」


 可能な限り平静を装いながら、SDカードを差し出した。


「さぁ、行きましょうか。皆さんを待たせてはいけませんし」


「……ねぇ、コピーした?」


「コピー……? いや、ちょっと何言ってるかわからないですね。コピーするようなものなんて、何もないじゃあないですか。ええもうまったく、なんの話かさっぱりです」


「ふ~ん、そっかそか。してないんだねぇ。まぁ、どの道、今夜は使う暇もないだろうけどね。さ、行こ行こ」


「いや、だからコピーしてな……」


 奏詩の見苦しい反論は、途中までしか出なかった。


(使う暇が……? どういうことだ……こいつ、一体何を企んでいやがる……!)


 警戒し、その意図を見抜こうとする奏詩であったが、葵はもう、その話題を続けるつもりはないらしかった。


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