第98話 それぞれの配信、それぞれの誠意
目の前の画面に映るパンジャビドレス姿のナナちゃんは、いつもの天真爛漫な笑顔を引っ込め、少し緊張した真剣な表情でモニターに目を配っていた。
そして、メンバーシップ会員に向けて事態の経緯を丁寧に説明していく。
ナナちゃん側も、会員の反応は概ね好意的なようだった。
『コウとならお似合いだから許す!』
『好きな配信者同士でむしろ嬉しい!』
『本当のこと教えて! 恋バナ聞かせて!』
チャット欄には、むしろ二人の交際が事実であってほしかったというような温かいコメントが流れていく。
ふと画面の端を見ると、ナナちゃんの同時接続者数は約二万人。
そしてコウさんの同接は……なんと十万人を超えていた。
(本当に……すごい人たちなんだ)
有名YouTuberだとは知っていたものの、その影響力の大きさを、あらためて——いや、ここで初めて肌で感じた気がした。
「みなさん、今回はご心配をおかけして本当にごめんなさい……!」
『大丈夫だよ! 気にすんな!』
『エンタメが一個増えただけ!』
『いっそのこと本物にしちゃえwww』
「ふふふ。みんな、ありがとう。昨日からすごく色々考えてて……すごく不安だったから、そう言ってもらえてホッとしました」
『ナナちゃん、自分を責めないで!』
『いつまでも応援してるよ!』
『笑って! ナナちゃんは笑顔が一番だよ』
温かい言葉の数々に、ナナちゃんの表情がふっと和らぐ。
「ありがとう……。実はね、二時間ほど前に、あの画像を撮影したご本人にお会いして、直接謝罪を受けました」
『えっ! 急展開すぎ!』
『どんなヤツ? 一発ビンタしてやりたい!』
『謝られても許せないよ!』
「みんなが私のために怒ってくれてるんだね。……その気持ちだけで救われるよ。本当にありがとう。みんな、大好き! これからも素敵な旅動画をどんどん投稿していくから、応援よろしくお願いします!」
ナナちゃんが深く深く頭を下げ、配信は三十分ほどで無事に終了した。
コウさんの配信もいよいよ終盤を迎えていた。
彼は真剣な眼差しで画面を見据え、先ほどの大原さんとのやりとりについて言及し始める。
「……それと、実は配信の二時間前に、あの画像を撮影したご本人から直接謝罪を受けました。今後の対応については事務所としっかり相談した上で決めていきます」
コウさんは一度言葉を区切り、カメラに向かって落ち着いたトーンで語りかけた。
「旅先で声をかけてもらえるのは嬉しいし、タイミングが合えば写真撮影にも応じるよ。それはこれまでもそうだったし、これからも変わらない。ただ……いつもお願いしていることだけど、SNSへの投稿には本当に気をつけてほしい」
一転して、その声に強い意志が宿る。
「今回みたいに、事実無根の嘘やデマが拡散されるのは最悪だ。結果として法的な対処を取らざるを得なくなるし、誰にとっても何一ついいことがない。だから……こんなことはもう、勘弁してほしい。俺のメンバーシップのみんななら、分かってくれるよね」
『もちろん! コウの言う通り!』
『マナー守って応援するよ!』
『デマ流したヤツは反省しろ!』
『これからもずっとついていくよ!』
ライブチャットがすごい速さで流れ、ぱっと目に入る限りでは、温かい賛同の声で埋め尽くされていく。それを見届けたコウさんは、表情を柔らかく緩めた。
「よし。じゃあ、今日はこのへんにしようか。また近いうちに新しい旅動画をアップするから、楽しみにしていてください」
そして最後にもう一度、カメラを見つめて静かに告げた。
「今回はお騒がせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
コウさんが深く深く頭を下げ、画面が暗転する。
こうして、二人のライブ配信は無事に終了した。
配信終了の画面に切り替わった瞬間、ナナちゃんは深く息を吐き出し、ソファへとなだれ込むように脱力した。張り詰めていた緊張が一気に抜けたのか、言葉もない。
静まり返った部屋で、彼女はしばらく無言のまま静かに目を閉じていた。
五分ほどが経過した頃、まるで計ったかのようなタイミングでスマホの呼び出し音が部屋に響き渡った。日本の事務所からのWeb通話だ。
ナナちゃんが体を起こし、通話ボタンを押す。
『ナナ、ライブ配信お疲れ様。上出来だよ』
画面の向こうから聞こえたマネージャーの声は、心底ホッとしたように弾んでいた。
事務所の報告によると、配信直後からSNSの空気は概ね好意的らしい。二人の誠実な対応と、コウさんの「好きな人がいる」という堂々とした宣言が多くのファンの心を掴み、デマを叩く流れへと完全に切り替わったのだ。
さらに、Yahoo!ニュースをはじめとする大手ネットニュースでも、早くも訂正記事が掲載され始めていた。
【旅系YouTuberコウ&ナナ、熱愛疑惑を完全否定「交際の事実なし」】
【画像撮影者と直接対話で和解——事務所は引き続き強硬姿勢を維持】
記事には、熱愛の否定だけでなく、撮影者と投稿者本人からの証言の確認が取れたこと、そこに悪意や裏取引はなく、動画を受け取った高校生の軽はずみなSNS投稿が原因であったことも簡潔に盛り込まれていた。
『撮影者とはすでに直接話し合い、和解している』という一文を公式に入れてもらったことで、大原さんや彼の従弟が必要以上にネットで特定され、攻撃されるリスクも最小限に抑えられたはずだ。
もちろん「今後も悪質な拡散には毅然とした法的措置を取る」という強いメッセージも忘れずに添えられている。
「……よかった」
ナナちゃんがポツリと呟き、胸に手を当てて深く安息の息を漏らした。
そのタイミングでコネクティングルームのドアが開き、すっきりとした表情を浮かべたコウさんが姿を現した。
彼は一度私を見つめて少し気まずそうな、照れたような表情を浮かべたあと、ナナちゃんが通話中であることを確認してから声をかけてきた。
「いちおう、無事に終わったね。どう? そっちは?」
「はい。メンバーシップのみなさんは好意的な反応ばかりでした。マネージャーさんからも、これ以上の炎上はないだろうって報告を受けたところです。コウさんは? 投稿者の方のことはお聞きになりましたか?」
「ああ。うちも概ね好意的な反応だよ。投稿者の高校生についても話を聞いた。かなり精神的にまいっちゃってて、ここ二日は学校も休んでるらしいね」
「えっ……。それは初めて聞きました。もしかして、ネットで特定されちゃったってことですか……?」
私が驚いて聞き返すと、コウさんは少し首を横に振って言った。
「いや、ネットで特定されたわけじゃない。もともと恋愛系の噂って尾ひれがつきやすいし、本人は大事になった恐怖と罪悪感でパニックになっちゃったみたいでさ。大原くんから聞いた話だと、親にも泣きついて自首するって騒いでたらしいよ」
「そうだったんですね……」
「でも、大原さんが素早く動いて画像を削除させたし、うちの事務所も『撮影者・投稿者とは和解済み』って明言してくれたからね。これ以上追い詰められることはないと思う。まあ、彼にとってもかなり痛いお勉強になったんじゃないかな」
コウさんはふっと柔らかい笑みを浮かべ、私の方へと歩み寄ってきた。
「とにかく、すみれさんが大原さんを連れて来てくれたおかげだよ。本当、助かった。ありがとう」
まっすぐに見つめられて感謝を伝えられ、私は先ほどのライブ配信での彼の言葉――『高校生の時に好きになった人に再会できた』――を思い出してしまい、再び胸がカッと熱くなるのを覚えた。
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