第97話 同時ライブ配信と、プロ意識
大原さんは肩を落としながらも、直接謝罪できたことにどこか安堵したような表情を浮かべていた。
「それじゃあ、今日のところはこれで。今伺った経緯を事務所に報告して、事実関係の確認が取れ次第、追って連絡させてもらいます」
コウさんが静かに告げると、大原さんは真剣な表情で深く頷いた。
「本当に、本当にすみませんでした……! お忙しい中、直接お詫びするお時間をいただき、本当にありがとうございました!」
彼は何度も頭を下げた。その姿を見ていて、私は『この人は本当に悪意があってやったわけではないんだな』という印象を強くしていた。
配信の準備があるコウさんとナナちゃんは、すぐにホテルの部屋へと戻る。けれどコウさんは、私と大原さんを交互に見つめ、どこか落ち着かない様子で足を止めていた。
「……すみれさん、一緒に戻らないの?」
低く抑えた声には、私を一人残していくことへの懸念と、どこか後ろ髪を引かれるような色が滲んでいた。直前の告白のこともあってか、その視線はどこか切なく、私を繋ぎ止めたいようにさえ見える。
「大原さんの様子が少し心配なので……用事が済んだら、すぐ戻りますね」
そう答えると、コウさんは一瞬だけ何かを言いかけたように唇を動かしたが、最後はぐっと呑み込んで「……わかった。無理はしないで」と短く呟いた。
部屋へ歩き出しつつも、彼は何度も私の方を振り返り、名残惜しそうに視線を残しながら去っていった。
二人を見送り、一人で椅子に腰かけたまま項垂れている大原さんに優しく声をかける。
「大丈夫ですか……? 一応、直接謝罪は受け取ってもらえましたし、あとは日本の事務所からの連絡を待つしかありませんね。私が言うのも変ですが……どうか元気を出してください」
大原さんはゆっくりと顔を上げ、「はい、ありがとうございます……」と小さく呟き、こくりと頷いた。
彼の表情には、まだ深い後悔が残っていた。このまま一人で帰して大丈夫なのだろうか。そんな心配が消えず、私は念のため連絡先を交換しておいた。
彼は「これから部屋に戻って、ライブ配信を見ます」と言い残し、トボトボと滞在先のホテルへ帰っていった。
その後ろ姿を見送ったあと、私も慌てて二人が待つ部屋へと駆け戻った。
◇
現地時間、午後三時三十分。日本時間の十九時ぴったり。
コウさんとナナちゃんの同時ライブ配信が、ついに始まった。
画面越しに見るコウさんは、涼しげな麻シャツ姿だった。カーテンを閉め切った室内の窓を背にし、カメラを見つめる表情は普段通りに穏やかで、さすがはトップYouTuberだ。
一方で、こちらの部屋ではナナちゃんのライブ配信が始まった。彼女はいつものパンジャビドレスを着ていた。コウさんとは対照的にカーテンを開け、窓からの光に向き合うような明るい画角で語り始めている。
一見すると、同じホテルの別々の部屋で配信しているとは思わないだろう。
配信が始まる直前まで、二人が何度も念入りにすり合わせていた対策の成果だった。
同じホテルに滞在している事実が漏れれば、要らぬ推測や噂をさらに増長させるリスクがある。それを防ぐため、二人は細部にまで徹底した計算を巡らせていたのだ。
背景は、コウさんがカーテンを閉めた窓を背にし、ナナちゃんは窓から差し込む光を横から受ける壁側を選び、二人の画角が重ならないように調整していた。
もちろん、わずかな内装の違いから宿泊先を推測される可能性もある。二人は鏡やガラスへの映り込み、特徴的な家具やカーテン、窓の外の景色が入らないよう、カメラの高さや角度まで細かく確認していた。
背景を加工して隠す方法もあるが、今回はあえて実際の映像を見せることにしたらしい。余計な演出をせず、自分たちの言葉で誠実に伝えるためだった。
音声面の配慮も徹底していた。
お互いの声はもちろん、ホテルの環境音がマイクに入るのを防ぐため、それぞれの配信には、緊張感を和らげるため、普段の配信でも使用している控えめなBGMを使用し、ノイズキャンセリングを最大に設定している。万が一にも同じホテルにいると思わせるような、「さっき部屋で」「今、隣で」といった不自然な発言は一切口にしないという取り決めも交わしていた。
配信開始直後に、お互いの音声をイヤホンで確認しながら慎重にスタートを切った。
『同じ部屋にいるの?』
『背景、似てない?』
『隣から何か聞こえた気がする』
ライブチャットには時折、二人の関係を探るようなコメントも流れていた。
けれど、コウさんもナナちゃんも、事前に決めていた通り、それらに反応することはなかった。不必要な憶測を広げないために、あくまで今回の騒動の説明だけに集中していた。
二人とも、まずは両事務所から出された公式プレスリリースを静かに読み上げることから始めた。
そして、画面の向こうにいるメンバーシップ会員たちのライブチャットをひとつひとつ丁寧に拾いながら、誠実に言葉を紡いでいく。
『コウ、ナナのこと実は好きなんじゃないの?』
「いや、いい子だとは思うよ。でも、同じ職業の可愛い後輩って感じだな」
『コウの元カノって、みんなナイスバディのモデルだもんな』
「おいおい、それも噂な。鵜呑みにしないでくれよ」
『ナナと付き合っちゃえば。美人とイケメン、お似合いだよ!』
「……俺さ、今、好きな人がいるんだよ。片思いだけどさ」
『キタァァァ! イケメンの片思い!』
『キャァ! モテ男のギャップ萌え!』
『相手誰!? 気になる!!』
「ははは。本当にな。でも、高校生の時に好きになった人に再会できたんだ。だから、こんな噂で俺の恋の邪魔をされたくないんだよ」
――ドキッ。
画面越しに見るコウさんの真剣な眼差しに、思わず頬が熱くなる。
まるでカメラのレンズを通して、私のことを直接見つめているかのようだった。
『ええ!! コウ、がんばれ!!』
『こんなデマ画像撮られてる場合じゃないじゃん!』
『ウケる! 純情なコウ、最高かよ!』
『応援する!! 絶対射止めろ!!』
ライブチャットのコメントが、ものすごい速さで流れていった。
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