第96話 騒動の当事者の訪問と謝罪
私はホテルへ戻る前に、ナナちゃんへメッセージを送った。
『画像を撮影した本人の話を聞きました。直接お二人に謝罪したいそうですが、お会いいただけますか?』
数分後、返信が届く。
『コウさんにも伝えました。ロビーで待っています』
短い一文からも、二人がすぐに判断してくれたことが伝わってきた。
◇
ホテルへ戻ると、ロビーにはコウさんがいつになく厳しい表情を浮かべて一人で立っていた。そして、私たちの姿を見つけると、静かに歩み寄ってくる。
その瞬間だった。
「……っ」
隣を歩いていた大原さんの体が大きく震えた気配がした。
憧れ続けてきた人を目の前にした緊張だけではない。自分が原因で、多大な迷惑を掛けてしまった相手。そう思うだけで足がすくんでしまうのだろう。
コウさんの数歩手前で立ち止まると、大原さんは、突然、深々と頭を下げた。
「この度は、大変なご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」
ロビー中に響くほど大きな声だった。周囲の宿泊客が何事かとこちらを見る。
コウさんは一瞬だけ眉間に皺を寄せたあと、小さく息を吐いた。
「……ここじゃ目立つな」
静かな口調だった。
「レストランスペースへ行こう。話はそこで聞きます」
そう言うと私へ視線を向ける。
「ナナちゃんも呼ぶから、すみれさんも同席してもらえるかな」
それから少しだけ眉を寄せた。
「それと……すみれさん」
「はい」
「海外で、知らない男性を簡単に信用しちゃ駄目ですよ」
思いがけない言葉だった。
「今回は結果的によかったけど、相手が誰かわからないまま付いて行くのは危ない」
「……ごめんなさい」
「いや、心配しただけです」
短くそう言うと、コウさんは先に歩き出した。
◇
ホテル内のレストランスペースは昼を過ぎていたこともあり、人影はまばらだった。
私と大原さんが並んで座り、その向かいへコウさんが腰を下ろす。少し遅れてナナちゃんも駆け込んできた。
「すみません、お待たせしました!」
席へ着くなり、大原さんへ鋭い視線を向ける。
「この方が……?」
コウさんが静かに頷く。
「画像を撮影した本人だそうだ」
ナナちゃんは小さく息を吸った。
「……そうですか」
その一言だけで十分だった。場の空気が張り詰める。
私はたまらず口を開いた。
「こちら、大原勇気さんです。今年二十五歳になる服飾デザイナーで、三ヶ月の予定で先週からインドを旅行中だったそうです」
紹介されると、大原さんは再び頭を下げた。
「申し訳ありません……。大原勇気です」
震える声だった。
「大原さん。先ほど私に話してくださったことを、お二人にもお話ししてください」
私が促すと、大原さんは、先ほど私に語ってくれた経緯を、一つひとつ丁寧に話し始めた。
一昨日、マーケットで偶然コウさんを見かけたこと。翌日、タージ・マハルで再び出会い、嬉しさのあまり記念に動画を撮影したこと。その動画の一場面を従弟へ送ったところ、本人が勝手にSNSへ投稿してしまったこと。
そして昨日の夕方、炎上を知って一睡もできず、今日も最初にコウさんを見かけた通りで待ち続けていたこと。
話し終えると、大原さんは椅子に座ったまま、深く頭を下げた。その勢いで額がテーブルへぶつかる。ゴンッと鈍い音だけが静かな店内へ響いた。
「本当に申し訳ありませんでした!」
しばらく沈黙が流れた。
最初に口を開いたのはコウさんだった。
「……事情は分かりました」
声は落ち着いていた。
「でも、一つだけ分かってください」
真っ直ぐ大原さんを見る。
「ネットへ流れた画像は、もう完全には消えません」
「……」
「僕には広告契約があります。そして、ナナちゃんにも企業案件があります。今回の騒動でYouTube動画の今後の内容も知られてしまいました。さらに、僕たちの写真を使ったAI画像まで出回り始めています」
大原さんの肩が震えた。
「謝って終わる話ではないんです」
「……はい」
涙がぽたぽたとテーブルへ落ちる。
「ただ」
コウさんの険しい表情が、少しだけほどけた。
「自分から名乗り出て、ここまで来てくださった誠意は伝わりました」
大原さんが顔を上げる。
「僕たちからは、この場で許すとも、許さないとも言えません。日本の事務所とも相談して判断します。ですから、連絡先を教えてください」
「……はい」
大原さんは、震える手でスマートフォンを受け取り、名前と住所、電話番号、メールアドレスを入力していく。すべて入力し終えると、もう一度深々と頭を下げた。
「本当に……申し訳ありませんでした」
その姿を見ながら、私は静かに息を吐いた。
彼の軽率な行動が、多くの人を巻き込んだ。その事実は変わらない。
それでも、逃げずに自らここへ来た勇気だけは、本物なのだと思えた。
(お名前の通り、勇気ある行動でしたね……)
コウさんはスマートフォンの画面に目を落とし、時間を確認する。
「……ライブ配信まで、あと二時間か」
そう呟くと、私たち三人を見渡し、小さく頷いた。
「ここからは、僕たちの仕事だ」
プロとして、ファンに自分たちの言葉で真実を伝える――。その覚悟が、その一言には込められていた。
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