第78話 ジャイプール到着と、風の宮殿を一望する特等席
駅弁の夕食を終えた私たちは、そのまま車内でジャイプール到着後の行動について話し合った。
ジャイプールに到着するのは正午の予定だ。着いたらそのまま、宿泊先である四つ星ホテル『ウメイド バワン ヘリテージ スタイル ブティック ホテル Jaipur Pink - A Heritage Hotel』に向かう。
このホテルは駅から車で十分ほどの距離にあり、今回は事前に駅までの送迎サービスがあるとのことだ。
市街地が世界遺産に登録され、「Pink City ピンクシティ」と呼ばれるラージャスターン州の州都・ジャイプール。ローズピンクに彩られた街並み、宮殿、おしゃれな雑貨店にカフェなど、ムンバイとはまた違ったインドの景色が見られそうで、私の胸は自然と高鳴っていた。
定刻から一時間ほど遅れて無事にジャイプールへと到着し、送迎車でホテルへと案内された。チェックインを済ませた私たちが案内されたのは、四名まで泊まれるという『ロイヤルデラックス・ファミリールーム』だった。
「えっ! ええ〜! すっごーい! ひっろーい! それで、可愛い! さすがは狭山さん! お金持ちい!」
「……ちょっと、これは。いったい、お幾らするんですか? このお部屋」
キングサイズの木目調のベッドが置かれたメインベッドルームに、それぞれシングルベッドが置かれた寝室が二部屋、さらには窓から街を一望できるシティビューの豪華さに、私とナナちゃんは思わず声を上げた。
「まあ、ナナちゃんの撮れ高を考えたら、ありなんじゃないかなと思ってね。偶然、セール価格で出ていて、割安だったんだ。いちおう、ナナちゃんには同部屋でもいいか確認したんだけど。ベッドルームも分かれているし、それぞれにトイレとシャワーはついてるからね。すみれさんも、個室が恋しいだろうってナナちゃんが言ってたからさ」
「えっ?」
私は思わずナナちゃんを見る。
「はい。すみれさんにも、ゆっくり休んでほしいなと思って。狭山さんも一緒のファミリールームなら、寝室は分かれてるし、すみれさんも納得してくれるかなって思いました」
常に私を気遣ってくれるナナちゃんの優しさに、心がじんわりと満たされていく。
朝食付きだというその部屋は、まるで小さな宮殿のようで、装飾の色使いやタイルがとても可愛らしい。こんな贅沢な旅をしてしまって、二人と離れて一人旅に戻った時に大丈夫だろうかといらぬ心配をしてしまうが……今はとにかく、この心地よさを満喫させてもらおう。
◇ ◇ ◇
荷物を置いた私たちは、名前からして魅惑的な響きのある「ハワ・マハル 風の宮殿」を一望できるカフェ『The Tattoo Cafe & Lounge』で遅いランチをとることにした。
三階にあるカフェからの眺めは最高で、「風の宮殿」を真正面に見ながら食事が楽しめる。ただ、入店の際に一人二百五十ルピーのカバーチャージを前払いし、それがそのまま飲食代に充当されるというシステムだった。
今日の観光の費用は、コウさんが代表して一括で支払ってくれた。『旅費は後でまとめて精算しよう』ということで、その場はありがたく甘えることにした。
「不思議な料金形態ですね? こんなところ他にありますか?」
ナナちゃんが、日本語だからとかなり直球な感想を口にする。
「まあ、この立地だしね。何しろ、世界遺産を正面に見ながらお茶ができるわけだろう。こうして最低料金を決めておかないと、飲み物だけで長居する客もいるんじゃないかな」
「ああ、なるほど。そういうことですね。じゃあ、金額分しっかり食べなくっちゃ!」
「ははは。そうだね。でも、食べすぎると暑さにやられちゃうぞ。ほどほどにね」
ネットのレビューを見ると『景色は最高だけど少し割高』なんて声もあったけれど、この絶景の場所代と考えれば十分納得のいくシステムだろう。
私は二人の軽快な会話に耳を傾けながら、納得して周囲を見渡した。
ハワ・マハルの眺めは絶好の撮影スポットになっており、テラスやバルコニーはかなり混雑している。ウェイターさんがとても親切に来店者の写真やビデオを撮ってくれていて、サービス満点だ。
私とナナちゃんはマンゴーラッシーに、色々なカレーが乗ったターリー。コウさんは、ペリエとクラブサンドイッチを注文した。
「ええ! コウさん、インドでクラブサンドイッチですか!?」
「まあね。二人もインドに一年もいたら、カフェで洋食っぽい選択肢があればそっちを選ぶようになるよ。もちろん、ターリーも美味しいけどね」
運ばれてきたターリーはかなりのボリュームで、食べ切れるか少し不安だったが、意外にもペロリと平らげてしまった。この暑さなのに夏バテすることもなく、よく寝て、よく食べて、激減していた体重も徐々にだが戻ってきている気がする。
「さあ、腹ごしらえも済んだら、向かいの風の宮殿を観光しに行こうか。十七時までだけど、入場は十六時半で閉まっちゃうから、腹ごなしにちょうどいいよ」
「はい! でも、メインの観光施設を『腹ごなし』って、なんだか夢がないなあ、コウさん! ねえ、すみれさん」
「ふふふ。でも、お腹がいっぱいで動きたくない今の状態でも、道を挟んで向かいに移動するだけで観光できるのはありがたいですね」
「でも、その前に。すみれさんとコウさんのツーショット写真を撮りましょう! もちろん、三人一緒にも!」
私たちはトップYouTuber撮影の素晴らしい記念写真を何枚も撮った。もちろん、『くまのスミレ』も風の宮殿をバックにばっちり撮影した。
◇ ◇ ◇
ハワ・マハルは、一七九九年に建てられた五階建ての宮殿だ。
蜂の巣のようなユニークな外観と、九百五十三個もの小窓が特徴で、かつて宮廷の女性たちが、外から姿を見られることなく街の様子を眺めるために使われていたとネットで読んだ。
エントランスは裏口にあり、入場料を支払って回廊を登り、ジャイプールの街を一望できる塔の上へと向かう。
「なんか、奥行きがほとんどないユニークな薄い建物ですね」
「ああ、そうだね。女性たちがそれぞれの窓から外を見るためだけに作られたらしいから」
「へえ。……なんか、少し気の毒な感じですね。外観はこんなに綺麗な建築ですけど」
「ああ。側面から見てみたらいいよ。正面はあんなに大きいのに、側面はすごく薄いからね」
さすがは有名観光地だけあって、内部にはたくさんの観光客がひしめき合っている。
ナナちゃんは少し離れた場所で、一生懸命に動画の撮影に励んでいた。
私は小窓の傍に立ち、ぼうっと外の景色を眺めていた。
かつてここにいた女性たちも、こうして小さな窓の枠越しに、外の世界を焦がれるように見つめていたのだろうか。
「最近は、夕陽に染まるハワ・マハルを外から撮るのが流行ってるようだよ。夕暮れ時は、さっきのカフェが大混雑するらしい」
不意に、すぐ後ろから声が降ってきた。
いつの間にか、コウさんが私の背後に立っていたのだ。
「あっ!」
一瞬驚いて振り返った私の肩が、予想よりもすぐ近くにあった彼の肩に、こつんとぶつかった。
「す、すみません。びっくりしてしまって」
「いや、俺が近づきすぎたんだ。急に話しかけちゃって、ごめん」
少しだけ気まずそうに目を逸らす狭山さんと、至近距離で見つめ合う形になってしまい、私は誤魔化すように再び小窓のほうへと向き直った。
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