第62話 喧騒の市場と、素焼きのカップの温もり
レオポルド・カフェを出た私たちは、外の賑やかな通りで挨拶を交わし、片山さんと別れることになった。
「じゃあ、明日のお昼にコウの家で。後で住所と位置情報をショートメールで送るよ。まあ、分かりやすい場所だと思うけど、どこかで待ち合わせをしよう。あと、ナナちゃんの貴重な時間を割いてもらうんだから、コウになんかネタを準備させとくよ」
「はい、ありがとうございます! すっごく楽しみです! コウさんにも、編集頑張ってくださいってお伝えください!」
ナナちゃんが弾けたような笑顔で頭を下げる。私はその二人のやり取りを見つめていた。
片山さんの、ナナちゃんを見る目がとにかく優しいのだ。それは決して下心のようなものではなく、まるで年の離れた可愛い妹の成長をあたたかく見守るかのような眼差し。もしかしたら、実際に妹さんでもいるのかな、なんてことをぼんやりと考えながら、私は二人の微笑ましい空気感を眺めていた。
片山さんと別れた後、私たちは『Colaba Causeway コラバ・コーズウェイ』と呼ばれる活気溢れる市場を眺めながら歩き出した。観光客向けのお土産やアクセサリー、洋服、アンティーク雑貨などが所狭しと並ぶ賑やかなストリート。露店での値引き交渉も楽しみの一つらしい。けれど、正直なところ今の私にはそんなパワーはなく、値札表示がないと腰が引けてしまう。
ナナちゃんは、カフェで少し押してしまった予定を取り戻すかのように、手元のGoProで器用に自撮りを交えながら、周囲の撮影をテキパキと進めていく。
通りの両側には、露店や小さなお店がびっしりと並んでおり、特に美しいアクセサリーショップが数多く目についた。
前夜のホテルでの作戦会議の際、ナナちゃんが「インドの宝石産業って、実は世界的にもものすごく規模が大きいらしいですよ」と教えてくれたことを思い出す。
インドはダイヤモンドの加工などで世界的に有名らしいけれど、店頭に並んでいるのは、そうした本物の高級な宝石ばかりではない。むしろ、きらきらと輝くガラスや天然石を使った、日常的に気軽につけられそうなイミテーションの綺麗なブレスレットやアンクレットが、大量にひしめき合っている。
確かに、通りを行き交う現地の女性たちを観察していると、細いバングルタイプの腕輪をジャラジャラと重ね付けしている人がとても多いようだ。
美しい伝統衣装であるバティック柄の衣装に、太陽の光を反射してキラキラと光るアクセサリーを合わせた姿は、特別な日のドレスアップというよりも、ごく自然な日常の着こなしとして街に溶け込んでいる。
(あ……っ)
ふと、一軒の店先に並べられた、真鍮のリングスタンドに目が留まった。
そこに飾られていたのは、おもちゃのようなイミテーションの指輪。けれど、中央にはめ込まれたカットガラスは、光を浴びて、私の大好きな宝石にそっくりな――吸い込まれそうなほど深い新緑の輝きを放っていた。
――エメラルド。
ふと、胸の奥がちくりと痛んだ。
本来であれば、結婚予定日だったはずのその日は、私の二十代最後となる誕生日でもあった。私の誕生石は『エメラルド』だ。愛の力が非常に強く、恋愛成就や幸せな結婚のお守りとして世界中で知られている、世界四大宝石の一つ。
昔から大好きだった、自分の象徴のようなその美しい緑の石が――今の私にとっては、あまりにも遠い存在になってしまった。今の私がエメラルドを身につけたところで、一体何を祈ればいいのだろう。
もし予定通りに結婚していれば、今頃私の薬指には、二人で選んだ本物のエメラルドとダイヤの結婚指輪のリングが嵌められていたはずだった。
(そういえば……私の誕生日、もう十日も前に過ぎちゃったんだな……。結婚記念日だったかもしれないのにね)
日差しを反射する緑のイミテーションを見つめたまま、胸の奥がちくりと痛んだ。
本来であれば、新婚さんと呼ばれ幸福の中で迎えるはずだった、二十代最後の誕生日。あの裏切りと混沌の中で、お祝いの言葉を交わすこともないまま、私の幸せな記念日はいつの間にかこぼれ落ちていた。
ナナちゃんの話によれば、インドを支えている宝石の集積地は大きく分けて二つあるらしい。一つがここ、インド最大の都市であり、人口約二千百万人以上を抱えるムンバイ。そしてもう一つが、街全体がピンク色に染まっていることから『ピンクシティ』と呼ばれるジャイプールだ。
明後日の夜には、私たちもそのジャイプールへ移動する予定になっている。ナナちゃんの撮れ高を考えて選んだのは、冷房付きの寝台列車。二十一時間にも及ぶ列車の旅は少し大変そうだけれど、どこか楽しみでもあった。
(他の誕生石の『ターコイズ』は『旅の安全』、『翡翠』は『忍耐と安定』だったっけ……)
しばらくの間は、エメラルド以外の石を身につけていたいな、と思いながら露店を眺めて歩く。ターコイズも翡翠も、今の私にとってはきらびやかな「宝石」というよりは、優しく寄り添ってくれる「石」のイメージだ。この旅の思い出と、自分へのお守り代わりに、何か一つ小さなものを買うのもいいのかもしれない。
そこで、私はふと気がついた。
ナナちゃんと出会ってからの私の旅は、ちゃんと観光をする「旅」の形を成している。
ただ苦しみから逃れるための『現実逃避の彷徨い』から、少しずつ、新しい景色を楽しむ『本当の旅』へと変化し始めているのだ。
日本を飛び出して、もう三週間が経つ。
けれど、心に負った傷がそんなにすぐ癒えるはずもなかった。今でもふとした瞬間に、胸が苦しくなるような突然の動悸や眩暈に襲われることがあるし、夜は夢を見て何度も目が覚めてしまう。どうしようもない漠然とした不安感が足元から湧き上がってきて、急に涙が出たり、自分の感情がコントロールできなくなる夜も、未だに続いている。
おそらく、ずっと一緒にいるナナちゃんも私のその異変に気づいているのだろうと思う。けれど彼女は、ムンバイの最初の夜に私の事情を優しく尋ねてくれた時以来、あえて何も聞かずに、ただ隣でそっと見守り続けてくれている。彼女自身、大失恋という辛い過去を乗り越えて間もないというのに。その無言の優しさが、今の私には本当に有り難くて、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
しばらく歩いていると、通りの一角から甘く香ばしい香りが漂ってきた。
露店で売られている、インド名物の素焼きの『チャイ』、ミルクティーだ。
『Kulhad クルハド』と呼ばれる、釉薬《《うわぐすり》》を一切塗っていない素焼きのテラコッタ製の小さなカップに、並々と熱い紅茶が注がれている。一杯わずか三十円ほど。これぞインドの風物詩といった趣だ。
二つのチャイを注文し、二人で並んで一口すする。
「……! 美味しいですね! さすがは本場の紅茶の産地です。ちょっとピリッとしたスパイスの風味も感じるし、これ、チャイ用のマサラをお土産用に買って帰るのも絶対にいいですよね! あ―っ!」
ナナちゃんがそこまで一気にまくし立てた途端、ハッと息を呑んで自分の口を手で押さえた。私の「お土産」や「帰国」を連想させる言葉をうっかり口にしてしまったことに気づき、申し訳なさそうに顔を真っ赤にしている。
「ふふふ。大丈夫よ、ナナちゃん。そんなに気を遣いすぎなくて大丈夫。気遣ってくれて、ありがとうね」
私は素焼きのカップから伝わる温もりを手のひらに感じながら、愛おしい旅の相棒に向かって優しく微笑みかけた。
「そうね。いつか……私がちゃんと日本に帰国できるその日には、美味しい本場の紅茶の茶葉と、チャイ用のマサラをたくさん買って帰りたいわね」
私の言葉を聞いて、ナナちゃんはパッと顔を輝かせ、力強く何度も頷いた。
「はい! その日が来たら、絶対に山ほど買いましょうね、すみれさん!」
素朴な土のカップから伝わる熱は、驚くほどじんわりと、私の冷えた指先と張り詰めた心を温めてくれた。
Instagram用の写真では、『くまのスミレ』が、素焼きの小さなカップの中のミルクティーを覗き込んでいた。
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