第29話 くまのスミレと、名物を楽しむ
「Of course, no problem! …Wait, look at this—what is that, a bear wearing a tudung?! That’s so cute! So it matches yours, Sumire!
(もちろん、OKよ!……ちょっと見て、何これ、くまがトゥドゥンを巻いてるじゃない! かわいい! すみれとお揃いなのね)」
エバとマイクも、「Wow, so cute! It has such a unique expression, doesn’t it? ( 可愛いわ。ユニークな顔をしてるわね) 」「That scarf really suits both of you. ( そのスカーフ、似合っているね)」と、ぶさかわなくまのスミレを囲んで盛り上がってくれた。
「実は、この旅の記録を残したくてInstagramを始めたの。この子は、シンガポールにいた時に、日本から持ってきた端切れで作った『くまのマスコット』。世界中を歩くこの子の姿を、旅先の風景と一緒に投稿していこうと思っているのよ」
「How lovely! That’s such a great idea. You’re such a professional to be able to make something like this! Memories may fade, but photos last a lifetime.
(まあ、素敵ね! 最高のアイデアだわ。こんなに上手に作れるなんて、あなた本当にプロなのね! 思い出は色褪せるけれど、画像は一生残るものよ)」
リリーがそう言って、早速その場で自分のスマートフォンを取り出した。エバとマイクも続いて「What’s your Instagram? ( アカウントを教えて)」と笑う。
わずか九日前、孤独に日本を飛び出したときには想像もできなかった光景。私の小さなスマートフォンの画面の中で、マレーシアで出会った新しい友人たちのアイコンが、フォロワーとして並んでいく。
その後、私たちは四人で並んで記念撮影をした。
看板メニューを前にした賑やかな食卓。みんなの弾けるような笑顔。その中心には、ターコイズブルーのスカーフを巻いたくまのスミレが、どこか誇らしげに座っている。
「First, try it with plenty of this special ginger sauce.
(まずは、この特製の生姜ダレをたっぷりつけて食べてみて)」
言われるがままにチキンをタレに潜らせ、ライスと一緒に口に運ぶ。
その瞬間、私の頭の中で幸福度が跳ね上がった。
(……美味しい。生姜ダレと鶏出汁のご飯、この相乗効果が最高の味を作り上げているわ!)
鶏の旨味を吸い込んだライスは、それだけで主役になれるほど奥深い。そこに生姜の爽やかな刺激が加わることで、脂の甘みが際立ち、無限に食べ進められそうな錯覚に陥る。セットのフィッシュボールスープも、ごくシンプルながら鶏の芯を感じさせる潔い味。
日中の散策で空っぽになっていた私の胃袋は、名物のチキンライスをあっという間に、文字通りペロリと平らげてしまった。
「本当に美味しいわ……。さすがは名物ね、最高だわ」
満足感に浸りながら呟くと、リリーが意外そうに目を丸くした。
「Oh, Sumire, did you already know this place is famous for its chicken rice?
(あら、すみれ。ここのチキンライスが有名だって知ってたの?)」
「リリーから送られてきたマップを見てから、すぐに検索したのよ。すごく歴史があって、みんなが絶賛しているお店なんだって分かったから、来る前からワクワクしてたの」
リリーは満足そうに、けれど少し誇らしげにエバとマイクを見つめて笑った。
「That’s right! Of course there are plenty of other great places to eat, but I thought your first chicken rice in Malaysia had to be here!
(そうなの!もちろん他にも美味しいお店はたくさんあるけど、すみれがマレーシアに来て最初に食べる鶏飯は、絶対にここじゃなきゃダメだと思ってたのよ!)」
「うん。本当に連れてきてくれてありがとう。こんなに美味しいチキンライス、日本じゃ絶対に食べられないわ」
美味しいものを囲むと、言葉の壁も、初対面の緊張も、驚くほど滑らかに溶けていく。
食事を楽しみながら交わす会話は、仕事のこと、文化のこと、そしてこれからの旅のこと。
鶏出汁の旨味が染み込んだライスを噛み締めながら、私は確信していた。
私のInstagramに並ぶ写真は、いつか見返したとき、ただの「景色の記録」ではなく、私が「自分を取り戻した軌跡」として輝くはずだ。
プタリン・ストリートの夜は更けていく。
かつては「ベタな観光地」と切り捨てていたかもしれない賑やかな街角が、今は世界で一番温かい、再出発の場所に感じられた。
つい1ヶ月前の私なら、高級なフレンチや寿司を「美味しいね」と健一に合わせて食べていた。けれど今、異国の喧騒の中で、皿に盛られた鶏飯を囲んで笑っている自分が、かつてないほどに自由で、ありのままの自分に戻っているのを感じた。
チキンライスの湯気の向こう側で、新しい友人たちの笑い声が、心地よい音楽のように響いていた。
「面白かった」と思っていただけましたら、
・ブックマーク
・作品ページ下部の「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎」欄にて
ポチッとクリックしていただけますと、とても励みになります。




