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【片道切符で異国を旅歩く 〜婚約者の浮気で結婚式が中止になりまして〜】  作者: 恋せよ恋
ニュージーランド編 懐かしい場所と自分の気持ち

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169/201

第169話 マイクさんとディナータイム

 三日前、アイリスおばあちゃんと散歩中に偶然マイクさんに会い、立ち話の後に誘われた夕食の約束。それが今晩だった。


 私はバスに揺られてダウンタウンへと向かった。

 大聖堂から歩いて十分ほどの場所にある『Paola’s Italian Restaurant パオラズ イタリアン レストラン』。遠目からでも目を引く温かみのある赤い屋根が特徴的な、街並みに溶け込んだ雰囲気のある人気店だ。


 南半球のこの街はまだ冬の冷たい空気に包まれており、夏場なら賑わうであろうテラス席は今は閉鎖されている。重厚な木製のドアを開けて店内に足を踏み入れると、食欲を誘うガーリックの香りと香ばしいチーズ、そして薪窯で香ばしく焼き上げられる美味しそうな生地の匂いが満ちていた。


 店名の『Paola’s パオラズ』という名は、創業者のイタリア人シェフが故郷の母親の名を冠して付けたものらしい。その由来の通り、家庭的でありながら洗練されたぬくもりのある空間で、店内は地元の人々だろうか、多くの客で賑わっている。手打ちのモチモチとした生パスタと、石窯で焼き上げるナポリ風ピザが評判の人気店だ。


 入り口でスタッフにマイクさんの名前と予約時間を告げると、奥にある窓際の四人席へと案内された。外の静かな街並みが窓越しに見える、落ち着いた良い席だった。


 席についてダウンコートを脱ぐと、スマホにメッセージが届いているのに気づいた。


(あれ? マイクさんからだ……。何かあったのかしら?)


“Something came up with a client. I might be a little late. Grab a drink while you wait.”

『クライアントに問題があって、少し遅れちゃうかも。何か飲んでて』


 弁護士という彼の仕事柄、突発的なトラブルはつきものなのだろう。


 私は『お仕事お疲れ様です。気をつけてお越しください』と返信を送り、ウェイターを呼んだ。


「サンペリグリノを一つお願いします」


 グラスに注がれた炭酸水の気泡を眺めながら、のんびりとマイクさんの到着を待つ。


 テーブルに置かれた籠には、細長いグリッシーニが何本か入っていたが、私は手をつけずにスマホを眺めてマイクさんを待つことにした。



 それから三十分ほどが過ぎた頃、店のドアが開き、少し慌てた様子でマイクさんが店内に入ってきた。店内を見回して私を見つけると、笑顔を浮かべながら席へと急ぎ足で歩いてくる。


“Sorry, Sumire! I’m late. Hey, you haven’t had a drink?”

『ごめん、すみれ! 待たせちゃったね。あれ? 飲んでないの?』


 マイクさんがコートを脱ぎながら、カバンを隣の椅子に置き席に着く。


“Sorry I kept you waiting. So, what do you want to drink? How about some wine? Red Okay?”

『はあ、待たせちゃって、本当にごめんね。さあ、何か飲もうか? ワインは? 赤でいい?』


「あ、はい。マイクさんが飲まれるなら、私も。赤で大丈夫です」



“The chef here is from Naples. They make really good authentic Neapolitan food. Is there anything you don’t like, or anything you’re in the mood for, Sumire?”

『ここのシェフはナポリ出身なんだ。本場のナポリ料理が本当に美味いんだよ。すみれは何か苦手なものとか、食べたいものはある?』


「苦手なものは特にないです。マイクさんのおすすめを教えていただけますか?」


“Sure, leave it to me!”

『よし、任せて!』


 マイクさんは、メニューを指差しながら手際よく料理を選んでくれた。



“For starters, let’s get the buffalo mozzarella and ripe tomato caprese. The mozzarella here is shipped straight from Campania, so it’s incredibly fresh. And we should also get the zeppoline, a Neapolitan specialty. They’re little pieces of dough mixed with seaweed and deep-fried. They’re wonderfully chewy when they’re fresh out of the fryer.” 

『まずは前菜に「水牛モッツァレラと完熟トマトのカプレーゼ」。ここのモッツァレラはカンパニア州から直送されていて、すごくフレッシュなんだ。それと、ナポリ名物の「ゼッポリーネ」。青のりを練り込んだ生地を揚げたもので、揚げたてはもちもちで最高だよ』


「美味しそう! ぜひ食べてみたいです」



“For the main course, we definitely have to get a pizza. Let’s go with the Margherita con Bufala. It’s simple, but it’s the best way to judge the quality of a pizzeria. The crust is baked quickly in a wood-fired oven, and it’s wonderfully crisp and fragrant. And for the pasta, let’s get the pescatore with linguine—it’s packed with the rich flavor of the seafood. Sumire, do you think that’ll be enough food for you?”

『メインはやっぱりピッツァだな。シンプルだけど一番実力がわかる「マルゲリータ・コン・ブーファラ」にしよう。薪窯で一気に焼き上げる香ばしい生地が絶品なんだ。それからパスタは、魚介の旨味が詰まった「ペスカトーレ」をリングイネで。すみれ、これで量は大丈夫そうかい?』


「はい。どれも魅力的で楽しみです」


 マイクさんはウェイターにテキパキと注文を伝え、赤ワインをハーフリットルのデカンタで頼んだ。



“All right, let’s start with a toast. Welcome to Christchurch, Sumire! Or should I say, welcome home? I’m sorry I kept you waiting. So tonight, enjoy some seriously delicious Neapolitan food on me.”

『さあ、まずは乾杯しようか。すみれ、クライストチャーチにようこそ! ……いや、「お帰り」って言うべきかな? 待たせてしまったお詫びに、今夜はとびきり美味しいナポリ料理を楽しんでね』


 気さくでスマートなマイクさんの気配りに、私も緊張がほぐれ、これから運ばれてくる料理への期待が高まっていった。



 ほどなくして、料理が次々とテーブルへ運ばれてきた。


 まずは前菜のカプレーゼ。厚切りにされた完熟トマトと、ふっくらとした水牛のモッツァレラチーズに、フレッシュバジルと黄金色のオリーブオイルがたっぷりと回しかけられている。


“Come on, dig in, Sumire! It’s really good.”

『さあ、召し上がれ! 美味しいよ』


「はい。いただきます」


 トマトとチーズを一緒にすくって口へ運ぶと、まずトマトの濃厚な甘みとほどよい酸味が広がった。それに続いて、モッツァレラのまろやかなコクが口いっぱいに広がる。驚くほどみずみずしく、噛むたびに素材本来の美味しさが感じられた。


「……すごく美味しいです! チーズがびっくりするくらい……違いますね!」


“Told you! The mozzarella here is seriously something else.”

『だろ? ここのモッツァレラは本当に別格なんだ』


 嬉しそうに頷くマイクさんに勧められ、続いて揚げたてのゼッポリーネに手を伸ばす。


 表面はサクッと香ばしく、中は驚くほどモチモチとした食感だ。噛みしめると磯の香りがふわりと鼻に抜け、絶妙な塩気が後を引く。シンプルながら癖になる味わいに、思わず笑みがこぼれた。



 そしてメインのピッツァ『マルゲリータ・コン・ブーファラ』が運ばれてくると、薪窯特有の香ばしい焦げ目が食欲をそそった。


 熱々のうちに一口かぶりつくと、薪窯で焼かれた生地のパリッとした食感と、中のもっちりとした弾力がたまらない。爽やかなトマトソースととろけるチーズ、バジルの香りが絶妙なバランスで調和している。


「生地自体がすごく美味しくて……香ばしさが全然違いますね」


“Exactly! Apparently, the oven temperature and the way they bake it are part of the chef’s secret.”

『そうなんだよ! この窯の温度と焼き加減は、ここの秘伝らしいからね』


 最後に運ばれてきた魚介のペスカトーレは、ムール貝やアサリ、手長エビの旨味がたっぷりとリングイネに染み込んでいた。一口食べるたびに、魚介の濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。


 本場のナポリ料理を堪能しながら、マイクさんとの会話も自然と弾んでいった。


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