第168話 ◇ マイクから届いた驚きの知らせ
ナナちゃんとの食事を終えて自宅マンションに戻り、ほろ酔いのままシャワーを浴びた。
バスタオルで髪をガシガシと拭きながら冷蔵庫から麦茶を取り出し、グラスに注いでリビングのソファへと腰を下ろす。
ふと、テーブルの上に置いたスマホの画面を見ると、メッセージの通知アイコンが点滅していた。
ロックを解除してアプリを開く。
送信者は、ニュージーランドにいるはずのマイクだった。
“Dude! You’re not gonna believe this! I met the woman you wanna see most today! Bet you’re jealous, huh? I’ll tell you all about it later.”
『おい! 驚け! 今日、お前が一番会いたい女性に会ったぞ! 羨ましいだろ? 後で話そうぜ』
「はあ!?」
あまりの衝撃に、静まり返った部屋で思わず大声が出た。
「おい! これだけかよ!? あいつ、弁護士のくせに語彙力も配慮もないのかよ!」
悪態を吐きながら急いでメッセージの受信時刻を確認する。
マイクからのメッセージは三時間前――ちょうど俺がナナちゃんとの待ち合わせ場所に着いた頃だった。
「クソっ! 今日に限ってなんでメッセージ確認しなかったんだ俺のバカ! あーもう! クライストチャーチは……今、夜中の二時かよ!」
ソファの上で頭を掻きむしる。
「ってか、マイクは今ニュージーランドの家にいるのか? それともどこかに出張中か? あーもう! 流石にこんな時間じゃ、ビデオ通話の呼び出しもかけられないだろ……!」
気になって気になって、イライラが爆発しそうだ。
俺は悶々としながら、すぐさまマイク宛てに返信を打ち込んだ。
『起きたら何時でもいいから絶対にビデオ通話してくれ! 朝でも夜中でもいい! 絶対だぞ! 待ってる!!』
送信ボタンを押したものの、そわそわとした焦燥感は収まらない。
俺は吸い寄せられるように、すみれさんのInstagramアカウントをタップした。
画面が更新され、新しい投稿がトップに表示される。
一枚目の画像は『香港の忠記粥品 Chung Kee Congee』という店の雰囲気のある立派な看板。続いて、湯気が立つ美味しそうな朝粥の写真が並んでいた。
「あ……香港の画像を投稿し始めたんだな」
画面に映る写真を見つめながら、俺はポツリと呟いた。
インドから香港、彼女は今どこにいるのか。そして、マイクは誰と会ったのか……。
遠い空の下にいる彼女に想いを馳せながら、俺は一刻も早いマイクからの返信を祈るように待つのだった。
◇
一晩中そわそわとしてなかなか寝付けず、ようやく朝方になって少しうとうとした翌朝。
待ちきれずにいた俺のスマホが、早朝六時に激しく振動した。画面にマイクの名前が浮かび上がった。
すぐに応答ボタンをタップし、ビデオ通話を繋ぐ。
「おいマイク! どういうことだよ! お前が会った女性って、すみれさんだよな! どこで会ったんだよ!」
寝起きだというのに、開口一番まくし立てる俺。
“Hey, Kō. Good morning. Starting with a greeting is basic manners for adults, you know. It’s nine in the morning here, and I’m calling before I start work. It’s only six over there, right? I was actually worried this might be too early. But then you left me a message saying, ‘Any time is fine, just call me right away.’ So here I am. …Now, calm down.”
『やあコウ、おはよう。まずは挨拶からが大人の常識だろう。こっちは朝の九時で、仕事を始める前に電話したんだけど、そっちは、まだ六時だろ? これでも早すぎるかなって気を使ったんだぜ。でも、お前が『何時でもいいから直ぐに』ってメッセージ残すからさ。……まあ落ち着けよ」
画面の向こうのスーツ姿のマイクは呑気にコーヒーカップを片手に笑っていた。
「それで? どこで彼女に会ったんだよ!?」
“Kō, man, you really don’t have any patience, do you? Anyway, it’s all good. Yesterday, I happened to run into Sumire while I was out for a walk. I was honestly surprised. I never thought I’d run into her in Christchurch, let alone right around my neighborhood. Life’s a funny thing, huh?”
『コウ、お前、余裕ねえな。まあ、いいわ。昨日、偶然、散歩中にすみれさんに会ったんだよ。本当、びっくりしたよ。まさか、クライストチャーチで、しかも、家の近所で会うなんてな。人生って不思議なものだな』
「は? すみれさん、クライストチャーチにいるのか?」
“Yeah. You know she studied abroad when she was in high school, right?”
『ああ。高校時代に留学してたのは知ってるだろ?』
「ああ。確か、一年間、ホームステイしてたんだよな」
“Yeah. Apparently, she’s staying with her old host mother from back then. And here’s the crazy part: her host mother’s ex-husband turned out to be the son of the owner of the law firm I work for.”
『そう。その時のステイ先に滞在しているそうだ。そこで驚きなのが、そのホストマザーの元旦那が、うちの法律事務所のオーナーの息子さんだったんだよ』
「えっ! じゃあ、すみれさんは、マイクの勤めてる法律事務所のオーナー夫妻とも知り合いだったってことか?」
“Yeah, exactly. Sumire was out for a walk with the owner’s wife. I stopped to say hello to her, and that’s when I noticed Sumire for the first time! I was totally shocked! Haha.”
『ああ。その通りなんだ。すみれさんが、オーナー夫人と散歩中だったんだよ。俺は、オーナー夫人に挨拶して、その時初めてすみれさんに気がついてさ! めちゃくちゃ驚いたよ! ははは』
「それは、驚くな……。すみれさん、元気だったか?」
“Yeah. She hasn’t changed. If anything, she seemed a little softer than when I saw her in Mumbai. Her host mother must be a really good person.”
『ああ。変わりなかった。ムンバイであった時より、明るい雰囲気になってた気がする。きっと、ホストマザーがいい人なんだろうな」
「……そうか。元気そうだったなら、安心したよ」
“Yeah. We’re planning to grab dinner together sometime soon, so I’ll let you know once we’ve settled on a day.”
『うん。近々、一緒にご飯でも食べに行く約束だから、その日が決まったらコウにも教えるよ』
「ああ、頼む。楽しみにしてるよ」
遠い異国で自分の大切な人たちが偶然にも再会したという不思議さに感心しつつ、俺はふと思い立って画面の中のマイクに切り出した。
「なあマイク。俺、右腕のタトゥーを消すことにしたんだ」
唐突な告白だったが、マイクは驚く風でもなく、優しく目を細めて頷いた。
“Well, if that’s what you’ve decided, Kō, then I think it’s fine. Some people get tattoos all over their bodies, while others have them removed. I’m sure everyone has their own reasons.”
『まあ、コウが決めたんだったらいいんじゃないか。タトゥーは全身に彫る奴もいれば、除去する奴もいるからね。みんな、それぞれに理由があるんだろうから』
「ああ。ボストン留学中にさ、タトゥーショップに十回くらい通ってさ。一回二・三時間くらいかかってたから、俺、あの当時かなりの時間と金をかけてたんだよな……。自分の中では一大決心だったんだ」
“Yeah. Come to think of it, Kō, you had that gauze wrapped around your arm for quite a while back then, didn’t you?”
『そうだな。なんか、コウ、あの頃ずっと腕に長いことガーゼ貼ってたよな』
昔を思い出したマイクが懐かしそうに目を細める。俺もクスッと笑って記憶を辿った。
「そうそう。でもさ、彫り師のお姉さんがめちゃくちゃ話好きでさ。店に通ってる間に、めちゃくちゃスラング覚えたわ。懐かしいなー」
“Hahaha! That’s true! Kō, there was a time back then when you started talking really casually. Man, those were the days.”
『ははは! 確かに! コウ、あの時期めちゃくちゃラフな話し方になってた時期があったな。本当、懐かしいな』
「だろ? あの頃はあれで必死だったし、本気で刻んだ覚悟だったんだけどな」
画面越しにマイクと昔話に花を咲かせながら、俺は右腕のタトゥーをそっと撫でた。
あの時込めた想いや決意に嘘はなかった。ただ、今の自分にはもう次の生き方がある。
自分なりに納得して選んだ節目として、綺麗に消して前へ進もう――そんな風に素直に思えた。
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