第167話 ◇『BLUE MAP』の会議と男四人のランチ
番町の実家から自分のマンションへと戻った俺は、それから数日間、怒涛のスケジュールに追われていた。
自社のスタッフとの制作会議、近く控えている個展の打ち合わせ、そしてアイコンとして契約しているアパレルブランドとの契約更新に関する協議――そんな多忙な日々を送っていた。
「アパレルブランド『ECLIPSE』の契約更新どうしますか?」
田崎からの議題の提示に、俺は素直な気持ちを口にする。
「それさあ、もう更新しなくてもいいだろう。かれこれ五年だろ? ブランドのターゲット層に比べると、もう俺は年齢が合わないと思うんだよな。向こうだって、次の若手を探す頃だろ」
俺が大学時代の友人を誘って立ち上げた映像制作会社『株式会社BLUE MAP』の会議室。
代表取締役社長である俺と、副社長の田崎健二、映像ディレクターの小野田学、そしてマネージャーの山田透の四人でミーティングを行っていた。
「まあ、そうだな。コウの今の雰囲気にも合わなくなってくるしな。ここの契約が終われば、また次にどこかから申し出があるんじゃないか」
田崎も俺の意見に同意を示す。
一方、頭の中でそろばんを弾いているのだろう小野田が、経営者として冷静な見解を口にした。
「でもさ、ECLIPSEの契約料は破格だぜ? 向こうは継続を希望してるんだし、切るには惜しいぞ。月刊誌の広告に掲載されてるし、露出も増える。洋服の提供も受けられるし、会社としては捨てる理由がない相手ではあるよな」
収益面を考えれば小野田の言う通りだ。
その後、個展の打ち合わせとメディア取材のスケジュールを確認し、無事にミーティングは終了した。
時計を見るとちょうど昼過ぎ。四人で会社近くにある行きつけの町中華へと繰り出すことにした。
赤地に金の文字が躍る暖簾をくぐり、奥のテーブル席に陣取ると、それぞれ思い思いのメニューを注文し始める。
「俺、中華丼かな。あ、レバニラも食おうっと。誰かシェアする?」
山田の声に、俺も乗っかる。
「あ、じゃあ俺はエビチリ頼むからシェアしようぜ」
「ええ! 俺もシェアしたいよ。麻婆豆腐頼もうぜ」
小野田が乗っかり、田崎も「おい、俺だって青椒肉絲頼むよ!」と声をあげる。
結果、男四人でそれぞれのメイン以外に、一品料理を四皿頼んでシェアすることになった。
料理が運ばれてくるまでの間、案の定、奴らの矛先が俺へと向けられる。
「それで? コウ、例の彼女とはどうなったんだ?」
「ああ、それな! 初恋の彼女なんだろ? もう付き合ってるんだろ?」
「お前ら、聞くまでもないだろう。紹介してくれよ、コウ。写真見せろよ」
口々に言いたい放題言う友人たちに、俺は露骨にうんざりした顔を向けた。
「お前ら、人の恋路をネタにするな。たいして興味もないだろうが」
「おいおい。嫌だなぁ、コウ君はぁ〜。うちの大事な社長なんだから、興味ないわけないだろう。興味津々だよ。なあ?」
「そうそう。お前の歴代の彼女たちを見てきた俺たちだからこそ、わかることもあるんだよ。だろ?」
「そうだぞ。俺たちみたいに幸せな結婚をして欲しいんだよ。俺たちみたいにな」
ニヤニヤしながら気兼ねなく話す奴ら。
だが、茶化しながらも心底俺を気遣ってくれていることが伝わってくるだけに、強く無碍にもできない。
「……まあ、サンキュー。まだ、片想いだけどさ。はっきりとはフラれてないし、諦めてはいない。……でも、進展はない」
俺が正直に明かすと、三人は一瞬目を見開いた。
「お前をふるなんてすごいな」
「本当にな。コウをふるなんてさ」
「ああ。コウでもフラれるんだな?」
「……お前ら、フラれてないって言った俺の言葉、聞こえてたか?」
「「「……」」」
急にしんと静まり返り、哀愁を帯びた目で俺を見つめてくる三人に、俺はため息をついた。
「もういい、飯、食おうぜ」
「「「いただきます!!!」」」
絶妙なタイミングで運ばれてきた湯気立つ中華料理を前に、男四人の威勢のいい声が店内に響き渡ったのだった。
◇
数日後、俺はナナちゃんと夕飯を食べる約束をし、待ち合わせ場所へと向かった。
以前タージ・マハルで写真を撮られて騒動になった経緯もあるため、お互いのマネージャーを同伴させた上で、俺の馴染みの店を予約し、個室で会うことにした。
ナナちゃんが現れ、注文を済ませると、二人のマネージャーは「外で食べてますね」と席を外してくれた。
「コウさん、お帰りなさい! インドでは本当にお世話になりました」
「いやいや、大したことはしてないよ。ナナちゃんは元気そうだね。仕事は順調?」
「はい。うーん、まあまあでしょうか。本当はまたすぐ旅に出たいんですけど、メディア関係のお仕事を詰め込まれちゃってて、なかなか動きが取れないのが唯一の不満です」
「ああ。まあ、事務所としてはメディアへの露出も増やしたい時期だろうし、外せないのかもしれないね。それで、次はどこを狙ってるの?」
「経費的には今の円安傾向がちょっとキツいので、アジア圏でベトナムあたりを狙ってます」
「うん、いいね。ナナちゃん、アオザイ絶対似合いそうだから絵的にも映えるんじゃない?」
ちょうど運ばれてきた生ビールを手に持ち、「「乾杯!」」とグラスを軽くぶつけた。
冷えたビールを喉に流し込んだ後、ナナちゃんが身を乗り出してきた。
「それで? コウさん、何か嬉しい報告はないんですか~?」
いかにも恋バナが大好きな二十代前半の女子といった、ウキウキとした笑顔で俺を覗き込んでくる。
「……ないね」
「はー!? マジですか!? 嘘ですよね? え、本気で言ってます!?」
ナナちゃんの笑顔が一瞬で驚愕の表情へと変わった。
「ええっ!? コウさん、すみれさんと二人きりで過ごしてたんですよね!? 片山さんが帰国した後、二人きりだったって片山さん本人から聞きましたよ! それなのに、なんで!? どうしてですか!?」
「俺だって、分かんないよ……」
グラスを見つめながら、俺は力なく溜息をついた。
「もう! がっかりです! コウさんって、狙った獲物は逃さないガンガン攻める肉食系男子なんじゃないんですか!? 私、モデルの先輩たちから聞きましたよ! 『狭山コウには気をつけろ。一瞬で骨抜きにされるわよ』って!」
「どこの先輩だよ……。俺をなんだと思ってるんだよ。俺だって、普通の男なんだよ」
あらぬ誤解と過大評価に、俺は顔をしかめながら、ハイボールを一気に飲み干した。
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