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【片道切符で異国を旅歩く 〜婚約者の浮気で結婚式が中止になりまして〜】  作者: 恋せよ恋
ニュージーランド編 懐かしい場所と自分の気持ち

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163/200

第163話 ハグレー公園の冬空と、思いがけない再会

 アートセンターへ通う生活が始まって、あっという間に一週間が経った。


 この一週間、健一からは毎日短いDMが届いていた。


============


『洗濯のとき、香りビーズを使い始めたよ』

『ミーゴレンのうまい店を見つけた』

『初めてアボカドを切ったよ』

『アイロンがけは難しい』


============


(なんだか小学生の絵日記よね。一人暮らしを始めた息子の報告を受けてる母親みたいだわ)



 朝起きてDMを確認し、洗面を済ませてから、仕事に向かうアンと一緒に朝食をとり、午前十時にはアートセンターへ到着する。スーザンの隣に座り、お喋りをしながらパッチワークの小物を作るのが日課となっていた。今はパッチワークのソーイングポーチを作っているところだ。


 ランチは、出来上がった作品をスーザンにプレゼントする代わりに、美味しいお昼をご馳走になる。時には忙しいスーザンに代わってお店番をすることもあり、午後三時頃になると「また明日ね」と帰路につく。



 そんな穏やかで愛おしい毎日。


 よく晴れた今日は、帰りがけに『Hagley Park ハグレー公園』を散歩することにした。

 高校時代、学校帰りにぶらぶら歩いたり、休日に友人たちとピクニックを楽しんだりした思い出の詰まった大好きな場所だ。


 七月のクライストチャーチは真冬だ。

 早朝は気温がゼロ度近くまで下がり、芝生が白く凍てつく霜に覆われることもある。濃い霧が立ち込める朝は、葉を落とした木々が幻想的に浮かび上がって見える。


 けれど、こうして昼間に晴れ渡ると、冬ならではのどこまでも高く澄み切った真っ青な空――いわゆる『Bluebird day ブルーバード・デイ』が広がる。


 オークやプラタナスの木が長い影を芝生に落とし、すっきりとした美しい冬のシルエットを描いていた。


 足元をふと見やると、春の訪れを先取りするように黄色い水仙の花が健気に芽を覗かせている。冷たい空気の中で、深呼吸をひとつ。心がどこまでも透き通っていくようだった。


 七月のニュージーランドは日没が早い。午後五時には日が陰ってしまうため、冷え込む前にアンの家へと戻った。


 今晩の夕食は、海外で販売されている英語表記の日本の有名メーカーのカレールーを使ったチキンカレーだ。


 かつて留学中にもアンが「美味しいわ!」と喜んで作ってくれた定番の味。概ね好評だった日本食の中で、なぜか味噌汁だけはあまり口に合わなかったアンだったけれど、このカレーはお気に入りで、定番メニューだった。


 「やっぱり日本のカレーは最高ね!」と嬉しそうに食べるアンと食卓を囲みながら、ふと土曜日の予定について尋ねられた。


『ねえ、すみれ。土曜日は元夫の実家であるアイリスおばあちゃんの家に行くのだけれど、一緒に行かない?』


「アイリスおばあちゃんのお家ですか? ぜひ行きたいです!」


 当時も何度かお邪魔したことのある、懐かしいお屋敷だ。アンの家に比べると、山手にある高級住宅街にそのお屋敷はある。


 アイリスおばあちゃんの旦那さんは元弁護士で、経営していた法律事務所を次男に譲ってリタイアしたそうだ。当時は、事務所を引き継いだアンの元夫の弟さんと三人暮らしだった。


 けれど数年前に弟さんがアジア系の女性と結婚されて別居し、今は静かに二人で暮らしているのだという。


 ◇


 そして迎えた土曜日。アンの運転する車に揺られてお屋敷を訪問した。


“Oh my! Sumire, is that you? Look at you—you’ve grown into such a lovely young woman! I’m so happy you came!”

『まあ! すみれじゃないの! 素敵な大人の女性になって! 本当によく来てくれたわね』


 アイリスおばあちゃんとの再会。当時から、綺麗な白髪に、トラッドな服装を好む上品な雰囲気の女性だったが、今も変わらず素敵な女性のままだった。


 隣で微笑んでいる旦那様も、当時と同じく貫禄のあるメガネが素敵なおじいちゃんだった。


 アイリスおばあちゃんお手製のベーコンと卵のパイや、ほうれん草とチーズのキッシュ。そして、メレンゲに生クリームとキウイやベリーを飾ったニュージーランドの代表的なデザート『パブロワ』。美味しい手料理をいただき、高台からの美しい景色を堪能した。



 食後、日課にしているというアイリスおばあちゃんの散歩に付き添い、近くの閑静な住宅街をゆっくりと一時間ほどウォーキングしていた時のことだ。


「Sumire……!?」


 突然、聞き覚えのある男声に名前を呼ばれ、驚いて振り返る。


「えっ……!? マイク!?」


 そこに立っていたのは、インドのムンバイで出会い、休暇先のバリ島へと旅立ったあの『コウさんの友人のマイクさん』だった。



“There’s no way! What are you doing here?!”

『嘘だろ! どうしてこんなところに!?』


「あ、あの! 昔のホストファミリーを訪ねてニュージーランドに来ているんです」



“Oh, really?! You should’ve reached out! We should grab a bite to eat sometime.”

『ええっ、そうなの!? じゃあ、連絡してくれたら良かったのに! いつか一緒にご飯でも食べようよ』



“Oh? Mike?”

『あら? マイクじゃない?』


 楽しそうに声を弾ませるマイクさんに、隣のアイリスおばあちゃんが不思議そうに声をかけた。


“Oh! Iris, I’m sorry. Hello. …Why are you here with Sumire?”

『あっ! アイリス、失礼しました。こんにちは。……どうしてすみれと一緒にいらっしゃるんですか?』



“I’ve known Sumire since she was in high school. My son’s ex-wife is her host mother.”

『すみれとは、彼女が高校生の時からの知り合いなのよ。息子の元嫁がホストファミリーなの』


“Oh, really?!”

『ええっ! そうなんですか!?』


「あの……アイリスおばあちゃんと、マイクさんはお知り合いなんですか?」


 目を丸くする私に、マイクさんは笑って頷いた。


“Oh, I work at Iris’s son’s law firm. Wow, it really is a small world! I never expected to run into you again here. What a coincidence!”

『ああ、僕は、アイリスの息子さんの法律事務所に勤めているんだよ。いやあ、世間は狭いね! まさかこんなところで再会できるなんて、本当に奇遇だな』


 思いがけない奇跡のような繋がりに、クライストチャーチの澄んだ冬空の下、私たちは顔を見合わせて弾んだ笑い声を上げたのだった。


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