第158話 街の記憶と、懐かしい思い出
翌朝、午前八時に目を覚ました。
静かなキッチンへ向かうと、仕事の支度を終えたアンが爽やかな朝の挨拶で迎えてくれた。
トーストの香ばしい匂いと、冷たい牛乳、そしてヨーグルト。十二年前と変わらない簡単な朝食を二人で囲む。
“Here’s the spare key, Sumire. Feel free to come and go as you like.”
『すみれ、これ予備の鍵よ。自由に使ってね』
当時と同じように家の鍵を受け取り、出勤するアンを笑顔で見送る。
それから一時間ほど、ゆっくりと今日の行き先を検索し、外出の準備を整えてから、私も家をあとにした。
住宅街から大通りに出て、かつて毎日利用していたバス停へと向かう。
当時は高校生で、今と同じような黒髪のロングヘアだった。けれど、留学して半年ほど経った頃、ふと髪を切りたい衝動に駆られたのだ。偶然見つけた街の美容室に飛び込み、美容師さんの勧めるままベリーショートにした時のことを思い出す。
家に帰ると、アンとケビンから『何かあったの!?』と目を丸くして驚かれたものだ。
けれど、一番心に残っているのはその翌朝のことだった。
いつものように通学バスに乗り、空いている席に腰を下ろした時、隣に座っていた若い女性が柔らかく微笑みかけてくれたのだ。
“Oh, you cut your hair! It really suits you.”
『あら、髪を切ったのね。すごく似合っているわ』
見知らぬ乗客からの、さりげない一言。
朝のバスの中にできあがっていた『いつもの顔ぶれ』。自分が単なる異国からの留学生ではなく、間違いなくこの街で生活しているのだと実感できた、かけがえのない瞬間だった。
(懐かしいな……。また髪、切ろうかな)
風に揺れるポニーテールに触れながら、心地よい気分のままやってきたバスに乗り込んだ。
バスが到着したのは、街の中心地にある『Cathedral Square カセドラルスクエア』だ。
高校時代、毎日バスの乗り換えで利用していた思い出の広場である。
バスを降りると、そこには当時とは少し違う、けれど逞しく復興を遂げつつある街の姿があった。
広場の象徴である『Christ Church Cathedral クライストチャーチ大聖堂』は、二〇一一年のカンタベリー地震で大きな被害を受け、長い復旧・再建の道のりを歩んでいる。
カンタベリー入植の中心人物の一人である『John Robert Godley Statue ジョン・ロバート・ゴッドリー像』。地震後の修復時には、像の足元に新たなタイムカプセルが埋められ、二〇六七年に開封される予定だという。
(四十一年後か。その時、私は……七十歳。 誰かと一緒にいるのかな。どうだろう……)
その傍らで一際目を引くのは、聖杯を思わせる銀色の美しい彫刻で、現代アートのモニュメント『チャリス The Chalice』だった。
二○○一年にカンタベリーの一五○周年記念として建てられたもので高さは約十八メートルあり、外観の模様は、クライストチャーチに植生する九種類の木をかたどったオブジェ。
見上げるほど高く、空へ向かって伸びるそのモダンな曲線に、色々な想いが込められているのだと思う。その横を、レトロなトラムがゆっくりと通り抜けていく。
広場を離れ、『Latimer Square ラティマー・スクエア』方面へ向かう。
日本人建築家の坂茂氏が設計した仮設大聖堂である『Cardboard Cathedral(Transitional Cathedral)トランジショナル大聖堂 カードボード・カセドラル』が佇んでいた。
当時、地震で傷ついたクライストチャーチの街に、新たな仮設大聖堂を早く届けるため、現地で調達できる紙管とコンテナを用いた建築が考案された。
そして、これまで幾つもの被災地で仮設住宅や教会を手掛けてきた坂茂氏の実績を知った牧師から、設計を依頼されたことも、その背景にあった。
あくまで臨時の大聖堂という名目で、五十年程度の使用を想定して建設された、紙管を主要な構造材とする建築物だ。
紙管を使っているとは思えないほど幻想的で美しい三角形の建物は、今や新しい街のシンボルとして世界中からの観光客を魅了している。
入り口には募金箱があり、入場料がない分、寄付金を募っていた。
中に入ると、三角形の大きなステンドグラスから、色鮮やかで優しい光が礼拝堂全体に降り注いでいる。紙管の持つ独特の温かみもあってか、一般的な教会に比べて、内部はどこか柔らかな印象を受ける。
(うわあ、十字架まで紙管なんだわ。なんだかとても落ち着くわね。日本人だから、余計にそう感じるのかしら……)
私にとって教会は、観光地でしか訪れない場所だ。私は一般的な教会の長椅子とは違う、紙管と木材を合わせて作られた椅子に座り、しばらく静かに目を閉じた。
◇
広場を抜け、『Avon River エイボン川』を渡る。
『ウースター・ブールバード Worcester Boulevard』沿いを十五分ほどまっすぐ歩いていくと、重厚なゴシック様式の石造りの建物が見えてきた。
『The Arts Centre アートセンター』だ。
かつてカンタベリー大学の校舎として使われていた歴史ある建造物で、地震で大きなダメージを受けたものの、長い修復を経て、少しずつ往時の姿を取り戻していた。
敷地内に足を踏み入れると、石畳の中庭を囲むように、センスのいいカフェやアートショップ、ハンドメイド雑貨の店がある。見上げれば、細密な装飾が施された尖塔と澄み渡るニュージーランドの青空が広がり、なんとも言えない格調高い雰囲気に包まれていた。
私が向かったのは、その一画にある小さなクラフトショップだ。
手作りのパッチワークキルトやバッグ、様々な色や素材の布地、色鮮やかな糸、ヴィンテージのボタンやリボンがところ狭しと並ぶ、宝箱のような大好きなお店。
私はここで、オーナーの『Susan スーザン』に会いに来たのだ。
彼女は、留学生の私がパッチワークや刺繍の手ほどきを受けた手芸の先生だった。当時の年齢は詳しく知らないけれど、アンより少し年上だったのだと思う。
当時、『手芸や絵画を習ってみたい』とアンに相談したところ、親身になって探してくれたのがスーザンのお店だった。彼女のおかげで、絵画サークルや老人ホームでのボランティアなど、留学生活の可能性が何倍にも広がったのだ。
(本当に……アンには感謝しかないな)
観光客が行き交うアートセンターの素敵な店内で、マンツーマンで刺しゅうを教わっていたあの頃。客観的に見れば、きっと店番をしている東洋人の少女に見えていただろう。
懐かしい思い出に胸を熱くしながら、私はショップの木製の扉に手をかけた。
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