↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【片道切符で異国を旅歩く 〜婚約者の浮気で結婚式が中止になりまして〜】  作者: 恋せよ恋
香港編 美味しい中華料理と、ジュリアの家族

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
145/200

第145話 グラスを重ねたあとで

 十八時ちょうど、香港駅の改札前でジュリアと無事に合流した。


“Sumire! Everything go well? My brother is already waiting for us at the restaurant, so let’s go.”

『すみれ! 大丈夫だった? 兄はもうお店で待ってるから行きましょう』


 私たちは夕闇に包まれ始めた中環の街へと歩き出した。オフィスから流れてくる仕事帰りの人々や、これから賑やかな夜を楽しむカップル、楽しそうに笑い合う家族連れや友人同士の姿が行き交う。活気に満ちた街の喧騒の中を歩くこと約十五分。ジュリアに案内されて到着したのは、路地裏に佇むスペインレストラン『LA PAELLA』だった。


 店内に一歩足を踏み入れると、すでに席で待っていた男性が立ち上がり、爽やかに手を振った。


 長身に仕立てのいいスーツを纏い、おしゃれな銀縁メガネの奥から知的な瞳が覗く。ニュアンスのあるパーマヘアがよく似合う、文句なしのハンサムな男性だった。弁護士という職業通りのピシッとした品格を漂わせつつも、醸し出す雰囲気はジュリアによく似て気さくで社交的だ。


(……待って。この旅で出会う人って、みんなルックス勝ち組ばかりじゃない? ニュアンスパーマに、おしゃれなスーツ姿。健一と似ていて、私好みの雰囲気だわ)


 心の中で思わずツッコミを入れつつ、紹介されて挨拶を交わす。



“Nice to meet you. I’m Thomas. I’ve heard all about you from Julia. Welcome to Hong Kong.”

『はじめまして、トーマスです。ジュリアから話は聞いてるよ。香港へようこそ』


「はじめまして。すみれです。こちらこそ、お会いできて嬉しいです」


 彼のスマートなエスコートで席に着くと、まずは、すでに注文してあったらしい『CAVA カヴァ』で乾杯する。


 シュワッと弾ける爽やかな泡が、一日歩き回った喉を心地よく潤していく。


 カヴァは、スペインで造られる高品質なスパークリングワインだ。シャンパンと同じ伝統的な瓶内二次発酵製法で造られており、きめ細やかな泡立ちと奥深い味わいが特徴だ。


 テーブルには、色鮮やかなイベリコ豚の生ハム、ハモン・セラーノや、香ばしいニンニクの香りが食欲をそそる海老のアヒージョ、ふんわりとしたスペイン風オムレツのトルティージャなどの前菜が次々と運ばれてきた。


 どうやらすでにお兄さんが注文を終えているようで、メニューを開くこともなかった。


“Sumire, where did you go today on your own?”

『すみれ、今日はどこへ行ったの?』


 お兄さんに尋ねられ、昼間巡った『ビクトリアピーク』や『ヒルサイド・エスカレーター』、『大館 タイクン』の話をすると、二人は笑顔で聞いてくれた。


“You went to Tai Kwun? It’s one of my favorite spots too. The mix of old history and modern art is fascinating, isn’t it?”

『大館に行ったの? あそこは僕も好きなスポットだよ。古い歴史とモダンアートの融合が面白いだろう?』


「ええ、すごく素敵でした。夕暮れの赤レンガが特にきれいで……」


 お酒が進むにつれて場はさらに和らぎ、メインの魚介たっぷりのパエリアが登場した。サフランの黄金色に染まったお米に、エビやムール貝の旨味が凝縮されていて絶品だった。


 カヴァのすっきりとした炭酸と心地よい酸味が、魚介の旨味が凝縮された熱々のパエリアや香ばしいアヒージョの脂っぽさを爽やかに洗い流してくれる。色鮮やかな料理と相まって、テーブルが一層華やいでいった。


「本当にどれも美味しいです。カヴァとパエリアの組み合わせが最高ですね」


“I’m glad you enjoyed it. One of the great things about Hong Kong is that you can enjoy authentic cuisine from all over the world, not just Cantonese food.”

『口に合って良かったよ。香港は広東料理だけじゃなくて、世界中の本格的な料理が楽しめるのが魅力なんだ』


 お兄さんは銀縁メガネの奥の目を細め、スマートにグラスを傾けた。


“How long are you planning to stay in Hong Kong this time, Sumire? If you’re free this weekend, we could take a drive and explore somewhere a little farther out.”

『すみれは今回、どれくらい香港に滞在する予定なの? もし週末時間があるなら、ドライブがてら少し遠出してもいいしね』


「ありがとうございます。でも今回は、一週間ほどの滞在予定なんです。街歩きを中心に、のんびり過ごそうと思っていて」



“I see. A week is just about the right amount of time to enjoy not only Hong Kong Island, but also the different atmospheres of Kowloon and the outlying islands.”

『そっか。一週間なら香港島だけじゃなくて、九龍側や離島の雰囲気の違いも楽しむのにちょうどいい日数だね』


 弁護士らしい知的で落ち着いた語り口の中にも、ジュリア譲りの温かさが感じられた。



 賑やかな店内の熱気と、カヴァの程よい酔い心地。昼間、大館の赤レンガの前でふと胸をかすめた健一への切ない郷愁は、いつの間にか心地よい会話の波間に消えていた。


 食事がひと段落し、時計が二十一時を過ぎた頃、ジュリアが嬉しそうに提案してくれた。


“Hey, how about going to see the city lights? It’s Friday, so the Ferris wheel should be open until 11 tonight!”

『ねえ、夜景でも見に行く? 今日は金曜日だから、観覧車も十一時までやってるはずよ!』



“Sounds good. The Hong Kong Observation Wheel, huh? You’ll get a great view of the harbor and the city lights from there, and I think it’s perfect for a walk after dinner. I have meetings again tomorrow morning, so I’ll be heading home for tonight. Enjoy Hong Kong, Sumire.”

『いいね、『香港観覧車 香港摩天輪』か。海沿いの夜景を一望できるし、食後の散歩にぴったりだと思うよ。僕は明日も朝から打合せがあるから、今日はここで失礼するけど。すみれ、香港を楽しんでね』


「素敵なお夕飯をご馳走様でした。お会いできて本当に嬉しかったです」


 レストランの前でお兄さんとお別れの挨拶を交わしたあと、私とジュリアの二人で観覧車へと向かった。



 中環駅のA出口から地上に出ると、目の前からウォーターフロントへ向かって長い歩道橋が伸びている。夜風を感じながら輝くビル群の隙間を歩いていくと、迷うことなく目指す観覧車へと辿り着くことができた。


 金曜日の夜ということもあり、乗り場周辺はカップルや観光客で賑わっていた。

 近年の大都市にある観光用の大型観覧車は、どこも似たような造りになっているらしい。


 チケットを購入し、誘導されたのは八人乗りのゴンドラだ。他の観光客と相乗りで乗り込むと、ゆっくりと足元が宙へと浮き上がっていく。


 ゴンドラは三六〇度ガラス張りになっていて、十五分ほどかけてゆっくりと空中散歩を楽しめる。ぐんぐんと高度が上がっていくにつれ、目の前に広がる視界が一変した。


 ビクトリアハーバーの静かな海面と、対岸の九龍側、そして背後に聳え立つ中環の超高層ビル群。色鮮やかにライトアップされた光の群れが夜の海に映り込み、まるで宝石箱をひっくり返したような眩い夜景が眼下に広がっている。



“It might not compare to the night view from Victoria Peak, but this will make a wonderful memory too, don’t you think?”

『ビクトリアピークから見る夜景には敵わないかもしれないけど、これも素敵な思い出になるでしょう?』


 隣で輝く街並みを見下ろしながら、ジュリアが弾んだ声で微笑みかけてくれた。


「ううん、十分すぎるくらいきれいだわ。本当に綺麗……」


 ジュリアの弾けるような笑顔に、私も心の底からの笑顔で深く頷いた。


 心地よい揺れに身をまかせながら、煌めく香港の夜景を目に焼き付ける。

 一人旅の緊張も、ふと胸をかすめた過去の記憶も、今はこのあたたかな夜の光の中にやさしく溶けていくようだった。


「面白かった」と思っていただけましたら、

・ブックマーク

・作品ページ下部の「⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎」欄にて

ポチッとクリックしていただけますと、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。