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【片道切符で異国を旅歩く 〜婚約者の浮気で結婚式が中止になりまして〜】  作者: 恋せよ恋
香港編 美味しい中華料理と、ジュリアの家族

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140/200

第140話 ジュリアとの再会、朝粥と揚げパン

「Sumire!」


 雑踏の向こうから私を呼ぶ明るい声が聞こえた。人波を縫うようにしてジュリアがこちらへ走ってくるのが見えた。


 シンガポールで出会ったときは肩まであった黒髪が、今はすっきりしたマッシュボブに変わっている。雰囲気が少し大人っぽくなり、アクティブで少しキツめの彼女の魅力をより引き立てていた。



「ジュリア! 久しぶり。……髪、切ったんだね。すごく似合ってる」


Hehe, you noticed? Well, actually, I got my heart broken! It’s the worst!

『ふふ、気づいてくれた? 実はね、失恋したのよ! もう最悪!』


 ジュリアはあっけらかんと笑い飛ばしながら、私の肩を力強く抱きしめた。


“Anyway, Sumire, how’ve you been? You look so much better than you did two months ago. You were way thinner back then, and you looked awful. Are you eating okay? Can you taste things normally again? And are you getting enough sleep?”

『それよりすみれ、元気だった? 見た感じは、二ヶ月前に会った時よりもずっと元気そうに見えるけど。あの時は痩せてて、顔色も悪かったものね。食欲はある? 味覚は戻った? ちゃんと眠れてる?』



 矢継ぎ早に繰り出される質問に、私は思わず目を丸くした。


 シンガポールのカプセルホテルでほんの少し言葉を交わしただけの関係だったはずなのに。私の体調や様子をそこまで細かく覚えていてくれ、親身に心配してくれる彼女の温かい優しさが胸に染みた。



「うん、おかげさまで。食欲も戻ったし、毎日よく眠れてるよ。心配してくれてありがとう」


“That’s great! Then let’s go get some good breakfast. You must be hungry, right?”

『良かった! じゃあ早速、美味しい朝食を食べに行こう。お腹空いてるでしょ?』



 私たちは香港駅を出て、朝のオフィス街の賑やかさを感じながら歩き出した。

 

 『徳輔道中 Des Voeux Road Central』を越え、『皇后大道中Queen's Road Central』方面へ。そこから少し入った細い路地、『機利文新街 Gilman's Bazaar』に目的の店はあった。


『忠記粥品 Chung Kee Congee』


 間口はさほど広くないが、客席は奥の方に広がっているようで、地元の家族連れや若いカップルでごった返す店内は、活気に満ちあふれている。

 ローカル感の強い雰囲気に一瞬だけ気おされそうになるけれど、ジュリアと一緒なら心強い。



 相席のテーブルに腰掛け、壁のメニューを眺める。

 広東語は話せないけれど、漢字からなんとなくだがどんな料理かは推察できた。


 メニュー表には、広東語の他に英語の表記もあった。

 ジュリアに説明を受けながら、私は『皮蛋魚片粥 魚のお粥』。ジュリアは、『蛋牛肉粥 煮卵と牛肉のお粥』と『油条 ヤウティ 揚げパン』を指さしで注文した。


 注文を受ける店員さん達が忙しそうに働いていて、ムンバイとは、また違った活気があった。


 運ばれてきたお粥を一口すくって口に運ぶ。


 これまで、中華粥は、日本でも中華街で食べたことはあるが、興味本位で注文しただけで、それほど大好きなものでもなかった。


 熱々のお粥は、小ぶりの丼くらい。味付けは結構あっさりしていて、卓上の調味料で好みの味に調整するようだ。ゴマ、胡椒、スパイシーソースと、醤油のようなものもあった。


 お刺身のような魚の切り身は、ふっくらとした白身の旨味がスープに溶け込んでいる。日本人好みの、出汁の染みた味わいだった。


 ジュリアにならって、大きな揚げパン『油条』をちぎり、お粥のスープにひたして口へ運ぶ。毎回その大きさに「ひとりで食べ切れるかな」と心配になるのに、出汁を吸って少し柔らかくなった油条は驚くほど軽やかで、気づけばペロリと食べ進めてしまう。


“How is it? Good?”

『どう? 美味しい?』


「すごく美味しいわ。朝からお米と揚げパンを食べているのに、ちっとも重く感じないのが不思議ね」


“Hehe, right? It’s just a chain, but it’s always good. I love this place.”

『ふふ、でしょ? ここはチェーン店だけど、安定してしっかり旨いから大好きなの』



 店内に飛び交う広東語の威勢のいい声を聞きながら、温かいお粥を二人で平らげた。外へ出ると、香港の朝の風が心地よく頬を撫でる。


「とても美味しかったわ。それに、ごちそうさまでした」


“Hehe. Don’t worry about it. Now that we’re full, let’s head back home for a bit.”

『ふふふ。これくらい、気にしないで。さあ、お腹もいっぱいになったことだし、いったんうちに帰りましょうか』


 午前九時半、柔らかい光が差し込む路地で、ジュリアは満足そうに伸びをした。


 ◇


 私たちは路地を抜け、MTR 『Central 中環駅』へと向かった。


 通勤ラッシュの熱気が残るホームから、香港島内を横切る『港島線 Island Line アイランドライン』に乗車する。赤や青のラインが走るスタイリッシュな車内は清潔で、通勤途中と思われる人で混み合っていた。中環から乗り換えることなく、東へ揺られること約十六分。目的地の『太古 タイクー』駅に到着した。



 改札を抜けて地上へ出ると、目の前に広がっていたのは巨大な高層マンション《《群》》だった。


“This is Taikoo Shing, the neighborhood where I live.”

『ここが『太古城 タイクーシン』。私が住んでいる街よ』


 ジュリアが誇らしげに指さしたのは、整然と建ち並ぶ全六十一棟もの大規模マンション群だった。築年数はそれなりに経っているらしいが、手入れが行き届いたシックな外観と、駅や大型ショッピングモールに直結している抜群の立地の良さが一目でわかる。


“It’s only sixteen minutes to Central, and you can get to Tsim Sha Tsui on the other side in under twenty minutes, so getting to work is really easy. Plus, the waterfront’s close by.”

『中環まで十六分だし、対岸の『尖沙咀 チムサーチョイ』にも二十分足らずで行けるから通勤がすごくラクなの。海も近いしね』


「そうね。駅直結で、こんなに何でも揃っているなんて、すごく便利そうね」


 モールの中を通り抜け、緑豊かな敷地内を歩いていく。


 スーパーやカフェ、飲食店が敷地内にすべて揃っており、一つの完成された小さな街のようだ。香港の住宅事情の厳しさを聞いていただけに、そんな便利で落ち着いた場所で、ご両親と暮らしているジュリアの家に、私はしばらくお世話になることになった。


「さ、ここが私の家よ。入って入って!」


 オートロックのセキュリティを抜け、エレベーターでジュリアの部屋へと向かった。


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