第130話 夜食の準備とマイクの到着
※会話文の表記について
本話では、マイクの発言のみ英文を併記しています。すみれとコウの発言は日本語表記のみです。英文をすべて併記すると文字数が増えすぎるため、このような形式としています。
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「明日からお友達のマイクさんがいらっしゃいますけど、お部屋は片山さんが帰られてからお掃除してあるので大丈夫でしょうか?」
金曜日の夕食後、お茶を飲みながら尋ねると、コウさんは嬉しそうに頷いた。
「うん、メイドさんが綺麗にしてくれたし、ベッドリネンも新しく洗濯してあるからバッチリ。二泊だけだし、あいつは別に神経質でもないから、何の問題もないよ」
「そうですか、良かった」
「明日の夕方に着く便らしいんだ。シンガポール発のSQ424便で、ムンバイ着が夜の十時過ぎらしい。空港まで迎えに行くけど、家を九時過ぎに出ようかな」
「分かりました。お久しぶりの再会、楽しみですね」
マイクさんが到着するのは夜遅くになる。きっと久しぶりに再会した二人は、夜遅くまで昔話に花を咲かせるのだろう。
翌日、土曜日。日中はのんびりと過ごし、コウさんが夜九時頃に空港へと向かった後、私はキッチンで手早く夜食の準備を始めた。
二人でお酒を飲みながら寝る前に軽くつまめるように、出汁をたっぷり含ませた卵焼きを作る。それから、口の中をさっぱりさせられるよう、冷蔵庫には昨日漬けておいたきゅうりの浅漬けも用意しておいた。コウさんからは、『マイクは日本食が好きだよ』と聞いていたからだ。
お腹が空いた時のために、ひとつずつ丁寧にラップで包んだおにぎりも握る。具材はツナマヨ、塩むすび、おかかの三種類。一目で分かるように、ラップの上におにぎりの具材を書いた小さな付箋を貼った。
「これくらい準備しておけば大丈夫かな」
どれも食べても食べなくても保存が効き、小腹が空いた時にサッとつまめるものだ。二人が昔話をしながら笑い合っている姿を想像すると、なんだか私まで少し胸が温かくなった。
深夜零時近くになって、玄関のカギが開く音と同時に、賑やかな男性二人の話し声が廊下に響き渡った。
一応、挨拶だけでもと思い、リビングへ向かうと、そこにはコウさんと同じくらいの背格好をした、インド系らしい男性が立っていた。褐色の肌に引き締まった目元、品のある洗練された佇まいが印象的な人だった。
「ただいま、すみれさん。マイク、連れてきたよ」
『マイク、彼女が小川すみれさん。今月いっぱいうちに住んでるんだ』
“Nice to meet you, Sumire. I’m Mike Davis. I’ll be staying here for two nights.”
『はじめまして、すみれさん。マイク・デイビスです。二晩、お邪魔します』
マイクさんが笑顔でとてもフレンドリーにあいさつをしてくれた。
『はじめまして、小川すみれです。遠くからお疲れ様でした。お料理とおつまみをテーブルに用意しておきましたので、どうぞ召し上がってくださいね。私は先に休ませていただきます』
“Oh, wow! You made Japanese food? Thanks so much!”
『わあ、日本食を作ってくれたんですか!ありがとうございます』
親しみやすい笑顔を浮かべるマイクさんにご挨拶を済ませ、私は「おやすみなさい」と告げて自分の寝室へ引き上げた。
扉の向こうから、コウさんの「うわ、すみれさんおにぎり作ってくれてる!」”Oh, onigiri! I love these!” 『おにぎりだ! 僕の好きなやつだよ!』という歓声の後に、楽しそうな乾杯の声がかすかに聞こえてくる。
翌朝。私が朝食の準備をしていると、コウさんよりも先に、マイクさんがリビングへ現れた。マイクさんは嬉しそうに目を細めて、夜食のお礼を口にした。
“Good morning, Sumire. How are you? I just wanted to say, the onigiri and omelet you made last night were absolutely delicious. I was really touched by the thoughtful note you left for me, too. Thank you so much.”
『すみれさん、おはようございます。昨夜のおにぎりと卵焼き、本当に美味しかったです。付箋の心遣いにも感動しました。ありがとうございました』
私は、笑顔で挨拶を返す。
『おはようございます、マイクさん。昨夜は、眠れましたか? 今、朝食を準備しますから、ゆっくりしていてくださいね。何か飲まれますか?』
“I’m fine for now, thank you. I think I’ll take a quick shower first.”
『今は大丈夫です、ありがとうございます。先にシャワーを浴びてきますね』
マイクさんは、伸びをしながら部屋へと戻って行った。
◇
「お二人とも、朝ごはんの準備ができましたよ。テーブルへどうぞ」
“Wow, that looks delicious! It smells amazing!”
『わあ、美味しそう! 最高の香りですね』
この日の朝食は、ほかほかの白ご飯と、豆腐とネギのおみそ汁、昨日から漬けておいたきゅうりの浅漬け、そしてメインには香ばしい香りが食欲をそそる『ベーコンとシャキシャキ野菜の炒め物』を用意した。長旅で疲れているだろうマイクさんに、しっかりスタミナをつけてもらいたかったのだ。
「いただきます!」
「イタダキマス!」
マイクさんは上手に箸を使い、野菜炒めを口に運ぶと、パッと目を輝かせた。
“Wow… this is delicious! The combination of soy sauce and sesame oil is amazing. You just don’t get this kind of warm, home-cooked flavor at Japanese restaurants in New Zealand.”
『……美味しい! この醤油とごま油の風味が最高です。ニュージーランドのジャパニーズレストランでは、なかなかこの温かい『家庭の味』が出ないんですよ』
「お口に合って良かったです。たくさん作りましたから、おかわりも遠慮なく言ってくださいね」
「マイク、お前ホント和食好きだな。ボストンにいた頃も、俺が作った雑な生姜焼きとか喜んで食ってたもんな」
“Ko’s Ginger Pork was delicious too, but Sumire, your cooking is on a whole different level. Even the presentation is beautiful, and this Miso soup is amazing… Ah, I wish I could stay here forever instead of going to Bali.”
『コウの生姜焼きも美味しかったけど、すみれさんの料理は次元が違うよ。盛り付けも綺麗だし、お味噌汁もうまい……あぁ、バリ島に行かずにずっとここにいたいな』
「おい、冗談でもやめろよ。彼女に刺されるぞ」
コウさんが苦笑しながら突っ込みを入れ、和やかな笑い声が広がる。
“Sumire, Ko is a lucky guy. I mean, getting to share such delicious home-cooked meals in Mumbai with someone as wonderful as you… he really is lucky.”
『すみれさん、コウは本当にラッキーな男ですね。こんなに素敵な人と、ムンバイでこんなに美味しいご飯を食べられるなんて』
マイクさんが何気なく口にした言葉に、コウさんが少しだけ気まずそうに咳払いをした。
「……マイク、余計なこと言わなくていいから。早く食べろよ」
“Oh, are you blushing?”
『おや、照れてるの?』
からかうように笑うマイクさんと、耳を少し赤くして黙々と野菜炒めを口に運ぶコウさん。
二人のやり取りを眺めながら、私は静かに微笑んだ。
「ニュージーランドといえば、クライストチャーチは今頃もう寒いでしょうか?」
“Huh?”
『えっ!』
何気なく尋ねた私の言葉に、マイクさんが目を見開いて驚いたように声を上げた。
“Sumire, how do you know how cold it gets in Christchurch? Have you been there before?”
『すみれさん、どうしてクライストチャーチの寒さを知ってるの? もしかして行ったことがあるんですか?』
「あ、はい。実は高校生の時に一年だけ、クライストチャーチに留学していたことがあって……」
“Really!? That’s my hometown! I was born in London, but I grew up in Christchurch.”
『本当!? そこ、僕の地元だよ! ロンドン生まれだけど育ちはずっとクライストチャーチなんだ』
「そうだったんですね! じゃあ、ハグレー公園やカテドラルスクエアもよくご存知なんですね」
“Of course! Oh, if I’d known, I would’ve asked you what you wanted to eat from New Zealand! Let’s have some of the treats I brought later.”
『もちろん! なんだ、知ってたらニュージーランドで食べたいものを聞いておくんだった!』
思いがけない共通点に一気に会話が弾む。
「えっ……? すみれさん、ニュージーランドに留学してたの!?」
初耳のコウさんが目を丸くして驚いている。
「あ、はい。お話しするタイミングがなくて言っていなかったんですが……高校生の時に一年間だけ」
「へぇー! 知らなかった……」
驚いた様子のコウさんを見て、マイクさんがニヤリといたずらっぽく笑った。
“What, Ko? You didn’t know that either? Looks like I know more about Sumire than you do now.”
『なんだコウ、君も知らなかったの? 僕のほうがすみれさんのこと詳しくなっちゃったね』
「……別にマイクに自慢される筋合いはないんだけど」
コウさんが少し悔しそうに眉をひそめると、マイクさんは楽しそうに肩をすくめた。
「あ、そういえばマイク、お前ムンバイの街にもやたら詳しいだろ。昨日の夜も空港からの道、俺より知ってたし」
“My maternal grandparents are originally from India, and I have relatives here in Mumbai. I’ve been coming here to visit them since I was a kid. I stopped by this time on my way to Bali to see my relatives and say hello.”
『母方の祖父母がインド出身でさ、親戚がムンバイにいるんだよ。だから子供の頃から何度も遊びに来てるんだ。今回のバリ島の旅行のついでに寄ったのも、親戚にご挨拶するためだしね』
「なんだよそれ! お前、俺よりインド詳しいじゃん……」
コウさんの呆れたような呟きに、食卓に小さく笑いが起きた。
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