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【片道切符で異国を旅歩く 〜婚約者の浮気で結婚式が中止になりまして〜】  作者: 恋せよ恋
北インド編 心強い三人旅と、波乱の予感

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第100話 聖地への列車と、優しさの裏側

 アグラでの怒涛の炎上騒動を乗り越えた私たちは、翌朝、次の目的地へと向かうため早朝のアグラ・カント駅にいた。


 目指すは、ヒンドゥー教最大の聖地——バラナシ。


 乗車するのは、インドが誇る最新鋭の特急列車『Vande Bharat Express ヴァンデ・バーラト・エクスプレス』だ。午前六時にアグラを出発して、終点のバナラシ駅までの所要時間は約七時間。


「うわぁ、見てくださいすみれさん! 車内、めちゃくちゃ綺麗ですよ!」


 車内に入るなり、ナナちゃんが目を輝かせてスマホのカメラを回し始めた。

 すっかり元気を取り戻した彼女は、すれ違う乗客やモダンなシート、大きな車窓を次々とフレームに収めていく。エグゼクティブシートは、二列の回転式リクライニングシートを向かい合わせて、日本のグリーン車に相当するような上質な空間で席についた。


「本当ね。日本の新幹線みたいに清潔で快適そう」


「はは、二人とも喜んでもらえてよかった。チケットを取った甲斐があったよ」


 座席に荷物を上げながら、コウさんが頼もしい笑みを浮かべた。


「今回は途中で温かい昼食が席まで運ばれてくるシステムなんだ。朝食はホテルでテイクアウトしたサンドイッチもあるし、食事の心配はないよ」


「さすがコウさん、完璧すぎます! 撮れ高的にも大助かりです!」


 ナナちゃんが感嘆の声を上げる。


 定刻通りに列車が滑り出すと、車窓には朝日を浴びるインドのヒンドスタン平原がどこまでも広がり始めた。昨日の緊迫感が嘘のように、車内には穏やかで心地よい時間が流れていく。



「コウさん、バラナシではガートの近くにある『Hotel Varanasi Palace パレス・バラナシ』っていう5つ星ホテルに泊まるんですよね?」


「ああ、そうだよ。Google マップで見る限りでは、駅からホテルまでは五キロくらいだから、車なら二十分ほどで着くみたいだね」


 今回もホテルの手配から移動のルートまで、すべてコウさんにお任せしてしまった。


「5つ星ホテルですかぁ! ガンジス川のボート遊覧も、毎晩行われるプージャの儀式も、絶対に撮影したいな! 気合入れて動画回しますね!」


 ナナちゃんはすっかり撮影モード全開で、すでに取りたい画コンテをスマホにメモしている。


「はは、ナナちゃんは本当にタフだな。でも無理はしないで。」


「はい、大丈夫です。 昨日はご心配をおかけしましたけど、もう完全復活です!」


 二人の楽しそうなやり取りを見つめながら、私は胸の奥でふっと小さな寂しさを覚えていた。



 バラナシを訪れた後、私たちは一度ムンバイへと戻る予定だ。

 ナナちゃんはそこから日本へと帰国する。そして私は……ムンバイに着くまでに、次の行き先を考えたいと思っていた。


(私の旅も、もうすぐ一つの区切りを迎えるのね……。このお二人に会えて、ありがたかったな)


 車窓を流れる景色を見つめながら、私はサンドイッチを静かに噛んだ。


◇


 列車がガタゴトと心地よい揺れを刻む中、私はポケットからスマホを取り出し、画面を開いた。


 実は昨晩、部屋に戻ってベッドに入る前、どうしても大原さんのことが頭から離れず、短いメッセージを送っていたのだ。


『大丈夫ですか? ちゃんと食べて、眠れていますか? 旅先で体調まで崩してしまっては大変ですから、今は無理にでも「食べて、眠ること」だけに集中してくださいね』


 画面には、今朝早くに届いていた大山さんからの通知が表示されていた。受信時刻を見ると、深夜の二時すぎ。


(やっぱり、眠れていないのね……。今はショックで仕方ないのかもしれないけれど……)


 胸を痛めながらメッセージボックスを開くと、そこには思いもよらない事実が書かれていた。



『すみれさん、お気遣いいただき本当にありがとうございます。実は昨夜、コウさんから直接ご連絡をいただきました。Web通話ではありましたが、日本にいる従弟とも直接話をしてくださり、「学校に行きづらいかもしれないけれど、ちゃんと反省したなら逃げずに学校へ行きなさい」と温かく励ましていただきました。

 コウさんからは、すみれさんが僕たちのことを心から心配してくれていたからこうして連絡したんだと聞きました。本当に、ありがとうございました。従弟も画面越しにボロボロと泣きながら、コウさんに何度も謝っていました』



「……え」


 私は思わず息を呑み、斜め前の座席でナナちゃんと楽しそうにカメラの設定を確かめているコウさんの顔を見やった。


 レストランでは「今晩は三人で気楽に食べたい」と私の提案を断り、クールに割り切っているように見えたコウさん。


 けれど、彼は部屋に戻ったあと、陰でわざわざ大原さんとその従弟さんのために時間を割いて連絡を取ってくれていたのだ。



(コウさん……食事の席で大原さんを呼んだら気気まずくなるからってわざと断って……裏でちゃんとフォローしてくれていたんだ……)


 どこまでも大人で、どこまでも優しいその気配りに気づき、胸の奥がギュッと締めつけられるような温かい感謝で満たされていくのだった。


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