さくせんかいぎ!
しばらく走って小さな公園の入り口までたどり着いた。月菜が息を切らして足を止める。俺のこの小さな体ももう限界だった。
二人でベンチの陰にしゃがみ込む。心臓の音が耳の奥でどくどく鳴っていた。
「はぁっ……はぁっ……」
「だいじょうぶ……?」
「うん……ちょっと腰がまだへなへなだけど……」
月菜は膝を両手で押さえてぎこちなく笑った。
ルナの前だからだろう、強がっている。
俺は少し彼女を見てから静かに口を開いた。
「……つきなおねえちゃん」
「うん?」
「あのね。こわかったらやめてもいいんだよ」
月菜の肩がびくりと震えた。
「きょうなったばっかりなのにあんなのむりだよぉ。ルナがなんとかするから――」
「やだ」
言い終わる前に月菜の声が重なった。
顔を上げると月菜がまっすぐ俺を見ていた。きっとまだ怖いんだろう。肩が震えている。それでもその奥で小さな火みたいな光が確かに見える。
「こわい。すっごくこわい。腰もまだ抜けてる」
照れくさそうに笑ってから続ける。
「でも助けたい」
「……なにを?」
「あの子」
月菜は俺たちが逃げてきたほうへ目を向けた。
「グリフォンさん。悲しんでるって、ルナちゃん言ったでしょ」
「……うん」
「かなしんでるなら助けてあげたいの。それに……」
月菜が俺を見つめる。
「ルナちゃんのことも」
「わたし?」
「うん。ルナちゃんも、助けてほしいって言ったでしょ」
俺は黙って頷いた。
「私も、何ができるかわからないけど、ルナちゃんを助けたいよ」
月菜は杖をぎゅっと胸に抱きしめた。
「こわいけど……わたし、やる」
胸の奥がきゅっと締めつけられた。
こいつは、すごいやつなんだ。俺の勝手な事情に巻き込まれて怖い思いまでして。それでも誰かを助けたいなんて言うんだから。
「……つきなおねえちゃん、つよいね」
「ぜんぜん強くないよぉ」
月菜は苦笑した。
「ほら、まだ足ふるえてるもん」
そう言って見せた膝は本当に少しだけ震えていた。でもその震える足で、ちゃんと立っている。
「でもね」
杖を握り直す。
「にげたままおわるのは、もっとやだ」
俺は小さく笑った。
「……うん」
「ルナちゃん。何か魔法使いの作戦、ある?」
俺は少し考えた。頭に浮かんだのは月菜が放った《レイ》。まっすぐ夜を裂いて伸びた一筋の光。きっと、あれを当てれば俺たちの勝ちなんだ。
「レイってまっすぐにしかとばないよね?」
「うん。曲がらないと思う」
「ならあのグリフォンが、まっすぐくるところでたたかえばいいの」
俺はちっちゃな人差し指で地面に簡単な図を描いた。
「ひろいところだと、はねがあるから、よこににげられちゃう。でもね――」
細い線を一本引く。
「さっきみたいな、せまいろじなら、うごけるむきが、すくないの」
「……なるほど」
「それでね、ルナがおとりになるの」
「えっ!?」
「グリフォンを、ろじにおびきよせるの。つきなおねえちゃんは、はんたいがわのでぐちでまっててね」
ちょんちょん、と指で矢印を足す。
「グリフォンがまっすぐ、がーってきたら、ルナがよこにぴょんってとぶの。そのしゅんかんに――」
「レイを撃つ」
「うん。それならきっと、あたるとおもうの」
月菜は地面の図をじっと見つめた。指で道筋をなぞって小さく何度も頷く。
「……そっか」
もう一度図を見る。
「せまいから、横に逃げられない」
「うん」
「ルナちゃん……」
ぱっと顔を上げた月菜の瞳がきらきら輝いた。
「天才だよ!」
勢いよく両手で俺の頬をむにっと包み込む。ちっちゃなほっぺが月菜の手のなかでぷにぷにに潰れた。
「ふぁ……いふぁいよぉ、つきなおねえちゃん」
「あっ」
月菜は自分の手を見てみるみる赤くなった。
「ご、ごめんっ! つい嬉しくなっちゃって……!」
「ふふ」
むにむにされた頬をさすりながら、俺は思わず笑ってしまった。さっきまで腰を抜かして震えていた月菜が、今はもう笑えている。それだけで不思議と、俺の中にも小さな勇気が灯った。
月菜が俺の手を取る。
しかし彼女は考え込み、顔を曇らせた。
「……ルナちゃん」
「うん?」
「やっぱり……ルナちゃん、あぶないよ」
月菜は俺の顔をまっすぐ見ていた。さっきまでの勢いが、少しだけ、心配のほうへ揺れていた。
「おとりって、いちばんこわいところじゃない。ルナちゃんちっちゃいのに、あんな大きいのに、襲われちゃうんだよ?」
「……」
「やっぱり私がなんとかするよ。ルナちゃんは、隠れてて」
握られた手が、震えていた。俺のためを思って、月菜は今、必死で怖さを飲み込んでいる。それがはっきり伝わってきた。
俺は、その手を、握り返した。
「ううん」
「え?」
「わたしも、たたかいたいの」
月菜の目が、大きく見開かれる。
「ルナちゃん……?」
「おねえちゃんだけに、こわいおもい、させたくないもん」
「でも」
「それにね」
俺は、自分の小さな指で、月菜の握る杖を、こつんと突いた。
「ルナ、ちっちゃいから、ひょいってよけられるよ。ちいさいのが、いちばんすばやいの。まほうつかいのせんぱいのルナをしんじて」
「そ、そうかな……」
「そうなの。だから、いっしょに、やろ?」
月菜はしばらく、俺の顔を見つめていた。
それから、ふう、と大きく息を吐いて、覚悟を決めたみたいに、こくんと頷いた。
「……わかった」
「うん」
「でも、ぜったい、無茶しないでね。危なくなったら、すぐ逃げて」
「うん。おねえちゃんも」
「うん。約束」
「じゃあ、いこう?」
「うん!」
二人はいっしょに立ち上がって、夜の路地へ駆け出した。




