マロ、かっこよかったよ
午後の授業は、魔法の迷路だった。
先生が杖を振る。
すると、何もなかったグラウンドに木々が生え始めた。
「わぁ……」
あっという間に、辺りは夜の森に変わった。
暗い空。生い茂る木々。
空気まで変わっている。
土と葉っぱの匂いがした。
不思議だ。
「今日は、ハロウィンのカボチャ探しを行います」
「かぼちゃさがし?」
「森のどこかに、魔法で隠されたカボチャがあります。二人一組で探してください。もちろん、魔法を使っても構いません」
先生の説明を聞きながら首をかしげていると、マロが教えてくれた。
「ハロウィンでもやるやつだよ。街の外れの森だったかな」
「ああ。見つけたチームは、なんか貰えるんだよな」
ミロが思い出したように言う。
「うん。すごいお菓子だったと思うよ」
「すごい、おかし……」
それはぜひ食べたい。
やる気が出てきた。
「じゃあ、ペアを発表します」
先生が順番に名前を呼んでいく。
俺はマロとペアになった。
「マロ、いこう!」
「あ、ルナさん、待って!」
森の中へ、どんどん入っていく。
こういうの、なんだかワクワクする。
樹だった頃なら、学校の授業で宝探しか、くらいにしか思わなかったかもしれない。
でも、今は違う。
心までルナに引っ張られているせいか、冒険に出るみたいで楽しかった。
――だけど。
楽しかったのは、最初だけだった。
※
「みつからないよー!」
森は思っていたよりずっと深い。
そして、暗い。
レイを使えば、周りを明るくすることはできる。
「レイ!」
ぽうっと光が浮かぶ。
それでも照らせるのは、せいぜい近くの木々までだ。
入り組んだ森の中では、どこにカボチャがあるのかなんて全然わからない。
「ほんとだね。僕も全然見つからないや」
「かぼちゃー! どこー!」
「あはは。呼んでも出てこないと思うよ」
「むぅ……」
どこかで動物の鳴き声がした。
「ひっ」
思わずマロの近くに寄る。
暗いし、変な音はするし。
これ、本当に授業なんだよな?
『皆さんにお知らせします』
突然、先生の声が森に響いた。
『ミロさんとミミさんのペアが、カボチャを見つけました。皆さんも頑張りましょう』
「えええ! ミロ、すごい!」
「うん。さすがだよね」
「ミロ、こういうの、とくいなの?」
「ううん。そんなことないと思うよ」
マロが少し笑った。
それから、何か思い出したように続ける。
「たぶん、すごく頑張ったんだと思う」
「なんで?」
「ジンクスがあってね」
「じんくす?」
「うん。カボチャを見つけたペアは、願い事が叶うって言われてるんだ」
「おねがいごと……」
ありがちな話だと思った。
「ミロ、なにか、おねがいごとあるの?」
「……うん」
マロは少しだけ黙った。
足元の葉っぱを踏む音だけが続く。
「お父さんさんとお母さんに、認めてほしいんだと思う」
「え?」
マロが前を向いたまま話す。
「……まだ、ミロが男の子だって、なかなか受け入れられなくてさ」
「そっか……」
「うん」
マロはそれ以上、何も言わなかった。
俺も聞かなかった。
更衣室でのことを思い出す。
家族のことは、簡単じゃない。
それくらいは、俺にもわかる。
ミロが願い事をしなくてもいい日が来ればいいのにな。
そんなことを考えた、その時だった。
ガサッ。
「……え?」
すぐ横の草むらが、大きく揺れた。
足が止まる。
樹の体だったら、なんてことはなかったと思う。
たぶん、何がいるんだろうと覗き込んでいた。
でも、今の俺はルナだ。
頭より先に心なのだ。
簡単にいうと、怖い。
すごく、怖い。
ガサガサッ。
「ま、マロ……」
声が震える。
足が動かない。
その様子を見て、マロが何かを察したらしい。
すっと俺の前に出た。
「……マロ?」
長めの黒髪が、動きに合わせて揺れる。
普段から中性的で、おとなしい印象のマロ。
そんなマロが、今は両手を広げて俺を背中に隠していた。
「こわいよぉ……」
俺はマロの背中にしがみついた。
背丈はそんなに変わらない。
なのに、その背中が少しだけ大きく見えた。
「大丈夫だよ。ルナさん」
そう言うマロの声も、震えていた。
怖いんだ。
マロだって怖い。
それなのに、一歩も下がらない。
ガサガサッ!
草むらが、さっきより大きく揺れた。
「ひっ……!」
俺は身を小さくすることしかできない。
マロのシャツを握る手に、ぎゅっと力が入った。
「……こっち来ないで」
マロが言った。
小さな声だった。
だけど、草むらはまだ揺れている。
マロの膝が震えた。
それでも。
「こっち、来ないでっ!」
二回目の声は、大きかった。
俺は顔を上げた。
いつも穏やかで、ミロとの間に入ってばかりいるマロが、俺の前で足を踏ん張っている。
膝はまだ震えている。
怖いはずなのに。
それでも、俺を庇って立っている。
ガサッ。
草むらが揺れた。
そして――音が遠ざかっていく。
ガサ、ガサ……。
だんだん小さくなって。
やがて、聞こえなくなった。
「…………」
「…………」
森が静かになる。
しばらく、二人とも動けなかった。
「……いった?」
「うん……いったと思う」
「ほんと?」
「たぶん」
マロが大きく息を吐いた。
そのまま、ぺたんと地面に座り込む。
「はぁぁぁ……怖かったぁ……」
俺も隣にしゃがんだ。
「マロ、ありがとぉ」
「あ、う、うん。何もなくてよかった」
マロが手をぱたぱたさせて、顔を仰いでいる。
額には汗が浮かんでいた。
「マロ」
「なに?」
「かっこよかった」
「え?」
手が止まった。
「まもって、くれた」
「……っ!」
マロの顔が一気に赤くなる。
「そ、そんなことないよ!」
「あるよ」
「ないよ! だって僕、めちゃくちゃ怖かったもん!」
「でも」
俺はマロを見る。
「こわいのに、まえに、でてくれた、よ?」
「…………」
「だから、かっこよかったよ?」
マロは長い前髪を落とすように俯いて、両手で顔を覆った。
黒髪の隙間から見える耳まで、真っ赤になっている。
『そろそろ時間です。皆さん、戻ってきてください』
先生の声が森に響いた。
「あ、おわっちゃった」
「い、行こう、ルナさん」
「うん!」
マロが勢いよく立ち上がる。
俺もその隣に並んで、来た道を戻り始めた。
少し歩いたところで。
「あの……」
「うん?」
マロが前を向いたまま言った。
「手、繋いだほうが……いいかもしれない」
「なんで?」
「ほ、ほら。暗いし」
「そっか!」
マロがそっと手を差し出す。
俺は何も考えず、その手を握った。
「えへへ! いこ!」
「……うん」
マロの手は、まだ少し震えていた。
でも。
さっきより、ほんの少しだけ温かかった。




