宝物
衣装は天使に決まった。
背中に白い羽根がついていて、頭の上に輪っかがのっているやつだ。
何故かお店の人が無料でくれた。
その後、なぜか俺の慰労会をしようということになって、俺たちは喫茶店に入った。
「ルナちゃん。好きなの頼んでいいからね」
俺の隣には月菜。向かいにはクロエが座っている。
メニューを開く。
ステーキ、ハンバーグ、スパゲッティ、ピザ。
ラーメンも何種類かある。
「むぅぅ。えらべないよぉ」
「みんなで分けっこして食べよっか!」
「それが良さそうね」
そして、三人で食べたいものを注文した。
しばらくすると、料理が次々と運ばれてくる。
気がつけば、テーブルの上はちょっとしたパーティーみたいになっていた。
女子って、こういうとき本当に全部頼むんだな。
……いや、この二人だけか?
「月菜、ここにはもう慣れた?」
料理を取り分けながら、クロエがふと月菜に聞いた。
「うん。クロエちゃんのおかげで、慣れたと思うよ!」
「嬉しい。まだここに来て一週間だものね」
一週間。
そうか。
まだ一週間しか経っていないのか。
いろんなことがありすぎて、もう一か月くらいいる気がしていた。
「まだ一週間なんだね。学校についていける自信ないよ……」
「大丈夫だと思うわよ」
クロエがフォークを置いた。
「今まで一人で何とかしてたんでしょ? 独学であそこまで魔力を使えるの、すごいと思う」
「そうなのかなあ。あ、飛ぶのだけは自信あるよ!」
「知ってるわ。飛ばしすぎて先生に怒られてたわね」
「あ、そうだった……あの時はお騒がせしました」
月菜が両手で顔を覆う。
クロエがくすっと笑った。
でも、その笑顔はすぐに消えた。
「……月菜が来てくれて、よかったわ」
「え?」
月菜が顔を上げる。
「私、こうやって話せる友達がいなくて」
月菜のフォークが止まった。
「言い方がきついって、よく言われるの。自分でもわかってるんだけどね」
「そう、なのかなあ」
「わかってても、直らないの」
クロエはグラスに目を落とした。
指先で、グラスの縁をそっとなぞっている。
「だから……月菜は、イヤにならない?」
「え? なんで?」
月菜が不思議そうに首をかしげる。
「ならないよ」
「……そうなの?」
「だってクロエちゃん、優しいもん」
クロエが顔を上げた。
「ルナちゃんのことも、私のことも助けてくれたよ」
「……そう」
「うん。ありがとう、クロエちゃん」
「……うん。どういたしまして」
クロエはそれだけ言って、水を一口飲んだ。
それから、誤魔化すように窓の外を向く。
頬が、少しだけ赤くなっていた。
※
もぐもぐしているうちに、あっという間に皿が空になってしまった。
「あ、ルナちゃん。ほっぺにご飯粒ついてる」
「ふえ?」
月菜がそっと手を伸ばして、俺の頬からご飯粒を取ってくれる。
そして、そのまま。
「あ」
ぱくっと食べてしまった。
「月菜とルナちゃん、本当に仲良いのね」
クロエが微笑みながら言う。
「つ、つい。食べちゃった」
「ありがと……」
だめだ。
月菜の顔が見られない。
幼いルナの姿でも、今のは恥ずかしかったらしい。
クロエが不思議そうに、俺たちを交互に見ている。
まずい。
不審がられたかもしれない。
「え? あなたたち、もしかして」
「な、なに!?」
何か勘付かれた?
クロエがじっと俺たちを見る。
「恥ずかしがり屋なのね?」
「そ、そうそう! 恥ずかしいの!」
「うん! ルナもこういうの、てれちゃうの! てれやさんなの!」
「…………」
クロエが俺たちをじっと見つめる。
なぜだろう。
メガネの奥の青い目が、だんだん輝き始めた。
「……素晴らしいわ」
「え?」
クロエが胸の前で両手を組んだ。
うっとりしている。
「ルナちゃんが天使なのは、それはわかってるの。でも、月菜との関係性も、尊いわ」
「と、尊い……?」
「そう。大切に育ててあげるわ。任せて。こういうの私、得意なの」
「何をそだてるの?」
「関係性よ」
「かんけいせい……」
わからない。
でも、なんだかすごく嬉しそうだ。
俺は思ってしまった。
この人、ちょっと変わった子なのかもしれない。
※
帰り道。
三人で並んで歩く。
夕方の風が少し冷たい。
さっきまで「尊い」と騒いでいたクロエも、すっかりいつもの調子に戻っていた。
「クロエおねえちゃん」
「なあに?」
「とっくんしてくれて、ありがとう」
「ああ。どういたしまして」
「おれい、したい」
クロエが立ち止まった。
俺の前でしゃがんで、メガネ越しに目線を合わせる。
風が吹いて、三つ編みが肩からさらりと落ちた。
「いいの。もう十分もらってるわ」
「そうなの?」
「ええ」
クロエは少しだけ笑った。
「今日の思い出。宝物なの」
「……そっか」
なんて返せばいいのかわからなかった。
だから代わりに、クロエの手を握った。
「……!」
一瞬だけ、クロエの手が固くなる。
それから、優しく握り返してくれた。
「クロエちゃん」
月菜が反対側からクロエの手を取った。
「私も」
「……もう」
クロエが困ったように笑う。
結局、三人で手を繋いで歩いた。
空には青い地球が浮かんでいる。
その光が、三人で歩く石畳をうっすらと照らしていた。




