ハロウィンへ
魔力をコントロールできるようになって、数日が過ぎた。
俺はレイとハンドが使えるようになった。
レイは灯り程度の光を出す魔法。ハンドは本くらいの物を浮かせて動かす魔法だ。
どちらも地味だが、使えるようになると嬉しい。
問題は燃費だった。
三回も使うと、猛烈に腹が減るのだ。
というわけで今日も、俺はミロとマロを連れてギル魔法店に来ていた。
「ふわあぁ。おいしそう」
棚の上の瓶に、魔法のマシュマロが並んでいた。
中でぷかぷか浮いている。
「ミロもたべたいよね」
振り返ると、ミロが瓶を凝視していた。
目がきらきらしている。
「お、おう。食べたい」
「そう言って、昨日お小遣い全部使っちゃったじゃない」
「うるさいなあ」
マロに突っ込まれても、ミロの目はマシュマロから離れない。
「ルナのわけてあげる」
「ふえ!? いいのか?」
「ルナさん、甘やかしちゃダメだよ。ミロが悪いんだから」
正論だ。
俺もそう思う。ミロは自業自得だ。
と、頭では思っているのに。
俺はみんなで食べたいお年頃になってしまっているのだ。
「マロもいっしょにたべて! みんなでわけっこするの」
「え」
「だめ?」
――上目遣い。
やってしまった。
自分の首が勝手に角度をつけた。信じて欲しい。
男に上目遣いをする日が来るとは思わなかった。
やめろ。やめろって。
「ま、まあ。ルナさんがいいなら、いいけど」
マロが目を逸らしながら答えた。
効いてしまった。
「みんなはお菓子が好きなんだね」
カウンターからギルさんが声をかけてくる。
優しい声だ。この人の声を聞くと落ち着く。
「うん! だいすきなの」
「それはよかったよ。お菓子コーナー、もっと広げようかな」
その言葉に、ミロがそわっと動いた。
何か言いたそうにマロのほうをチラチラ見ている。
「自分で言えばいいのに。お菓子大好きだから増やしてほしいって」
「う、うるせえ!」
※
「そういえば、そろそろハロウィンだね」
ギルさんが棚を整えながら言った。
「あ、もうそんな時期なんですね」
「え、ハロウィンって、もっとさきじゃ、ないの?」
考えなしに聞いてしまった。
「それは地球の人たちのでしょ? 僕らはこの時期じゃない」
マロが不思議そうに首をかしげる。
まずい。
「う、うん。そうだったね」
「クロエを連れて夜にいろんな家に行ったっけなあ」
「俺、やったことねーや
「ぼくもです」
「それなら今年はやってみなよ」
ギルさんが笑う。
「僕のお店もハロウィン用に特別なお菓子を用意するからさ」
「ハロウィンのおかし!」
想像してしまった。
この世界は、普通のお菓子でもとんでもないのだ。
舌の上ではじける飴。勝手に浮くマシュマロ。
そのハロウィン特別版。
もともと俺は甘いものが好きだった。
そこにルナの分が上乗せされている。
ぜ っ た い に で る
「うん! みんなで、でよう!」
「べ、別に俺は、行ってやってもいいけど」
「ミロ、顔ニヤけてる」
「そんなわけねえだろ!」
ミロが慌てて口元を押さえる。
こうして、三人でハロウィンに出ることが決まった。
※
薬草の棚の陰で、クロエは完全に出るタイミングを失っていた。
ルナちゃんに声をかけるつもりだった。
しかし、「ハロウィン」という言葉が耳に入った瞬間、足が止まり想像してしまったのだった。
「る、ルナちゃんの仮装……」
普段でもあの可愛いルナちゃんだ。
小さなお化けの衣装を着たルナちゃん。
とんがり帽子の魔法使いのルナちゃん。
いや、もしかしたら。ドレスを着たルナちゃん。
そんなルナちゃんが、夜、自分の家の前に立つ。
扉を開けたら、袖の余った手を必死に持ち上げて、こう言うのだ。
「クロエおねえちゃん。おかしくれなきゃ、いたずらしちゃうよ!」
「……それは、困ったわね」
嘘だ。
本当はイタズラしてほしい。
いたずらされたい。何をされてもいい。
いや待って。
もしお菓子をあげたらどうなる?
あの子はきっと、両手でお菓子を抱えて、目を丸くして。
それから、ぱあっと顔を輝かせて。
「クロエおねえちゃん。だいすき!」
抱きついてくるかもしれない。
ぎゅっと。
あの小さい体で、正面から。
だめだ。
クロエは棚に手をついた。
心臓がもたない。
息を整えようとするが無駄だった。
「……お菓子、たくさん買っておこう」
彼女は静かに、心に決めた。




